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サンタさんからの贈り物

クリスマスの日の朝。
その家の男の子は5時に目が覚めていた。
窓の外はまだ真っ暗。
家の中はしーんと静まり返っている。
隣のベッドでは、2歳下の弟が熟睡している。


おい、おきてるか?
ちぇっ!こんなひにぐーすかねてるなんて。
あーあ やだなぁ。
ベッドでじっとしてなきゃいけない。
あかるくなるまでおきてきちゃだめだって
ママにいわれたし。

ほんのり明るいベッドランプの光。
足元にクリスマス靴下が見える。
机の上に用意してたサンタさん用のミルクは、
きれいに飲み干されている。
チョコチップクッキーも消えていた。


あっ、プレゼントがとどいてる!
サンタさんは、いつきたんだろう?
ちぇっ! ことしもあえなかった。
がんばっておきてたんだけどなぁ。


クリスマス靴下を逆さまにして、
ベッドの上にばらまいた。
大好きなチョコレートバーにキャンディー。
欲しかったパズルに、アイスホッケー選手のカード。
そして、最後に落ちてきたものは、
白いおもちゃの救急車。

ふーん。
おとうとはなにもらったのかな?


そっとベッドから降りて、
弟のクリスマス靴下の中に手をつっこむ。
中から赤いおもちゃの消防車が出てきた。

ぼくのよりかっこいいじゃないか。
あかのほうがいいなぁ。
あっ!いいことかんがえた!
かえっこしちゃえ。


朝7時。
まだ完全に夜が明けてない。
外は銀世界が広がっている。
男の子はパジャマ姿のまま1階に降りていく。
弟もそのあとに続く。
暖炉の火がパチパチと音をたてて燃えている。


「おはよう!サンタさんは何をくれたの?ママにも見せて」

「パパ達からもクリスマスプレゼントがあるぞ」


男の子と弟にそれぞれひと箱ずつ。
2人とも包装紙をバリバリに破いていく。

男の子が開けた箱の中から出てきたのは、
サンタさんがくれたのと同じ赤い消防車。


あれ?どうして?
しょうぼうしゃが2だいになっちゃったよ。


弟が叫んだ。


「ぼく、このきゅうきゅうしゃもってるよ」


びっくり顔のお母さん。
何が起こったのか全然わかってないお父さん。


「どういうことなんだ?」
「ありえない!絶対にありえないわ!」

ふたりが言い合っている。

「私、何度も確かめたのよ」


といいながら男の子のほうを見ている。


ぼくがサンタさんからのプレゼントを
こっそりかえっこしちゃったことが
ばれたのかな。
ママにおこられそうだ。
あっ! いいことかんがえた!


男の子は両親に聞こえるように、
大きな声で弟に言った。


「ぼくのしょうぼうしゃとかえっこしよう。これで1だいずつだ!」


ふたたび穏やかさが戻る。
パチパチと音をたてる暖炉の火。
朝日で輝くクリスマスツリー。


サンタさんからのプレゼントと
パパたちからのプレゼントが
しょうぼうしゃときゅうきゅうしゃ。
おとうととおんなじだ。
けんかしないように?
でも、やっぱりしょうぼうしゃのほうがいいや。
サンタさん、ありがとう。
またきてね!




翌年、『サンタクロースはいない』と友達から聞いた男の子は、家に帰ってママに確かめた。

「サンタさんはいないわ」

「じゃあ、イースターバニーもいないんだね」


その時、男の子は7歳だった。

***


サンタクロースの真実を知ってからも、クリスマスは毎年やって来た。
苦手なローストターキーの味を、クランベリーソースでごまかしながら食べた。叔母さん自慢のパイナップル入りチーズケーキにパイナップルが入っていなかった。大学生の時、ガールフレンドの家に招待された。

社会人になると、帰省せずに海外で過ごしたこともある。サンタクロースに扮装した配達員に、一杯のウォッカをごちそうした。

クリスマスディナーの時だけ顔を合わせる母と別居中の父。妙な雰囲気が漂う中、みんな普通のフリをした。

早くに父が亡くなり、その後で母も亡くなった。中年の男兄弟だけのパーティーでは会話が弾まず、早々に帰宅した。


***


赤い消防車の男の子はおじいさんになった。

12月に入るともみの木を買いに行き、ひとつひとつに思い出があるオーナメントを飾りつける。薄暗くなる夕方4時ごろからライトアップして、道行く人の目を楽しませるためにカーテンは開けたままにする。

SNSが当たり前のこの時代に、わざわざクリスマスカードを郵送する。
届いたカードをリビングに飾っていく。

買い物に出かけたり、家の中を綺麗に掃除したり、プレゼントを包装したりしていたらあっという間に時が駆けて行く。薄くスライスしたフルーツケーキを食べながら、ワクワクした気分でクリスマスを待つ。


あの時30代だった両親はこの世にいない。弟とも離れて暮らしている。
大きなローストターキーがクリスマスの日にテーブルを飾ることはない。
けれど、赤い消防車と白い救急車を入れ替えた日の記憶は、毎年必ず戻ってくる。だから、クリスマスは今でも特別な日のまま。
サンタクロースを信じていた男の子がおじいさんの中で生きている限り、
その世界は目に見えなくてもある。

サンタさんからの本当のプレゼントは、信じるこころの中で実在する。











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