残された時間
あとどれくらい時間が残されているか?
その人の顔を見ただけで母は言い当てた。
「まだまだ大丈夫よ」
「今日が山場だから、目を離さないようにね」
亡くなる前に母に会いたがる人が何故か多かった。
親戚だけでなく、近所の人たちも母に会いたがった。
母は医者でも僧侶でもはない。
祈祷師でもなかった。
呼び出しがかかると、母は出掛けていった。
お見舞いし、その人に少し声をかける。
それだけで相手は満足したという。
「仏様みたいに優しい顔になっているから、もうすぐね」
「鼻の周りが白くなってるから、近いはず」
帰宅後、ときどきそんなことを言っていた。
年々医療技術が急速に向上していく。
その一方、何かが急速に失われていった。
「人工呼吸器に隠れて見えなかった」
ある時から母はそう言い出した。
その頃から
人生最期に会いたいと
母を呼ぶ人達もいなくなっていった。
年老いた母は、日々を穏やかに過ごしている。
時折、野鳥に話しかける横顔を見ていると、
本当に会話が成立しているように思える。
どんな話をしているのかまではわからない。
母が持つ特殊な能力を私は受け継いではいない。
「あの頃が一番わかってたかもね」
と、思い出話を静かに語る。
余命を知る能力が発揮されることはもうない。
だけど
今が一番幸せなんだと母は言う。
残された時間がどれくらいあるのか
自分ではわからないらしい。
もちろん私にもわからない。
それでよかったと思う。
お互いにそれでよかったと
心から思う。
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