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人生最期に口にしたいもの~末期の水をとる前に~

あの世への旅路を前に、人は何を口にしたくなるだろうか?

その時の体調に大きく左右されることは想像できる。お迎えがくる直前まで普段通りに生活し、軽く昼ごはんを済ませた後ちょっと横になる… 暖かい日差しを感じながらコロリと逝ければいい。
だけど、今の世の中そう簡単にはいかないらしい。

妄想で出てきた母の茶碗蒸しも、パートナーが作るスパゲティーのどちらも最後の晩餐にはなりえても、人生最期に口にしたくなるものではないような気がする。

なぜそう思うのか?


亡くなる数週間前の姉を思い出す。在宅療養だった。
水でさえ上手く飲み込むことが難しくなったので、口にするもの全てにとろみをつけるようにしていた。「酸味のあるものが食べたい」というけれど、どうしてもむせてしまう。介護する側の『誤嚥させたくない』という気持ちのほうが上回っていく。正直に言えば、食べさせること自体が怖い。
それでも、まだ食欲があるうちに好きなものを食べてもらいたくて、試してみたのが熟したいちごだった。
またむせてしまうかもしれない。だけど、果物好きの姉に楽しん欲しかった。小さく切った真っ赤な果肉をスプーンで口に運ぶ。咀嚼力は十分に残っていたこともあって完食した。

人生最期に口に出来るもの、身体が受け入れるものは、手間がかかった凝った料理ではなく、シンプルなものかもしれない。幼い頃に食べたようなものや、素材の味そのままの味。離乳食のような旬の野菜や果物をすりつぶしたもの、味噌汁の汁だけ、ももの缶詰のシロップなど… 

私は何を口にしたくなるんだろう?
身体は最期に何を求めるんだろう?


そんなことを考えながら数日が過ぎた。
そして、「これだったら現実的かも」とふと閃いたのが甘酒だった。

酒かすで作る甘酒ではなくて、米麹とおかゆを混ぜて55~60度で糖化させるほうの甘酒。食欲が落ちてても、喜んで飲んでくれる人が多いと聞く。
自家製でなくていいけれど、米と米麹だけの昔ながらの作り方のもの。
そんな甘酒を私の最期のひと口に選びたい。

口当たりのいい木製のスプーンで口に運ぶ。
米麹の栗のような香りが鼻をくすぐる。人肌に温められた滋味深い甘酒を、舌の上で転がし味わいつくしてからゆっくりと飲み込む。
喉がごくんと動く。

そんな映像が頭に浮かんだ。


人生計画通りにならない。
だけど、夢を持たなければ叶うこともない。

甘酒を人生最期のひと口にする。
そう宣言してみてもいいんじゃない?





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あっちん
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