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100キロ走れた私がALSになり老人ホームに入るまで #3「投薬開始」

(前回まで)


投薬開始

 ALSの進行を遅らせる薬はリルゾールという経口薬とラジカットという点滴薬(当時)の二種類があり、私はまずリルゾールを服用し始めた。口以外の変化はまだ感じておらず生活はそれまで通り。日課のランニングも続けた。
 検査入院から数ヶ月過ぎた頃にはますます呂律が回らなくなり、発音できる言葉が限られてきた。カ行とラ行は特に言いづらく、飼い猫ラッキーの名前を呼び続けても猫は怪訝な顔をするだけで、こちらに来てくれなくなった。「おいしい」は唯一言いやすかった。
 そして次第に利き手の右の指に力が入りづらくなり、缶ビールのプルタブを起こせなくなった時初めて
「本当にALSなんだ」
 と思った。

 点滴薬のラジカットを始めるため再び二週間入院した。ラジカットは投薬期間二週間と休薬期間二週間で1クール、これを繰り返す。退院後、私は訪問看護を利用して家で点滴を受けることになった。点滴には時間がかかるため勤務時間を減らしてもらった。
 呂律が回らないから職場の電話対応はできない。一度電話に出てみたが、
「ほかの人にかわってください」
 と言われた。当たり前だ。右手の指を動かしづらくなってからのPC操作は左手でマウスを握り、右手の関節でキーボードを叩いた。

 しばらくして脚の回転が遅くなっていることに気づいた。歩く時は変わりないが、走る時思ったように脚が回らない。必死に足掻いて息を切らして、ようやく以前のジョギングペースなのだ。誰かに操られているマリオネットのような気分だった。

 働けるのも走れるのもあと少しだな、と思った。

つづく

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