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タイマッサージとユニバース



私は終業時間を待たずしてめちゃくちゃに疲れていた。 

 天候の悪い月曜日なんて誰しも気分は落ち込むのだろうけど、今日の私は特段に抑鬱状態だった。 仕事中気持ち悪くなってトイレに駆け込んでは一人の時間を作った。 「まずい、このまま鬱に飲み込まれてはいけない」 そう思い私は人目もわきまえず社用パソコンでタイマッサージを予約した。 

ただ安いというだけの軽率な理由で店を選んだのだが、よく考えるとタイマッサージは初めての経験だった。 看板を見た時、(バナー写真の看板)、 我ながら良いチョイスをしたもんだと嬉しくなった。 

 お店に入るとお姉さんが迎えてくれて、着替えると足湯が用意されていた。 日本語があまり出来ないらしく、目配せで足を突っ込めと伝えてくる。 言われるがままにお湯に足を入れると、温度が結構高く、反射でアツ!と言ってしまった。 

すると姉さんは謝るでもぬるめるでもなく、「エ〜熱い?」と笑って、「まぁいっか」と言った。 

 まぁいっか!?!?

 台詞を横取りされた私が呆気に取られていると、私の膝のカサブタに気づいた姉さんは、「カサブタ〜どしたの〜転んだの〜?」とちゃんとイジってきた。 もうこの頃から色んなことがどうでもよくなってきた。

なんと可愛らしいお姉さんだろう。 

 エレベーター内ではボタンの近くに立ちましょう。

 先輩に話しかける時は「今お時間いいですか?」と断り、質問か依頼か報告か一言つけてから話しましょう。 

 ショートカットキーをたくさん覚えて効率良く作業しましょう。 

 日本社会で正義面してる社会人ルールは、会社から徒歩5分のタイマッサージ屋では通用しないんだぜ。

 じゃあうつ伏せね〜〜と姿勢を指示されたので寝転ぶと、次の瞬間姉さんは私の背中の上で正座をしていた。

 初タイマッサージだからなんだろうけど、まじでこの姉さんと何も共有してないなと急に思い始めた。 話せば予想外の返答が返ってくるし、予想外の行動を取ってくる。バックグラウンドも話す言語も、やってる仕事も何もかもが違う。 

 共有してるのはこの空間だけだ。 何も共有してないことがこんなに広大で自由で楽しいものだったか、と忘れかけていた感覚が蘇ってきた。

 地方に疲れた人間が東京に行きたがるのも、東京に疲れた人間が海外へ旅行したがるのも、きっとこれが理由なんだろう。 自分が何者でもない状態で初めてのことに触れるのは、やはりとても楽しいのだ。

 その後は雑な手つきでじゃじゃーん!と組体操みたいなポーズをしたり、そこそこ!というちゃんとコリに届くマッサージもしてくれた。 変な看板だしカサブタいじりするし雑な手つきで容赦ない方向に体を捻られたけど、あのお姉さんは確実に私を鬱ムードから引っ張り出してくれた命の恩人であった。

 抑鬱気分になった時、知らない人に触れ合うのは結構いいこと思う。一か八かだからオススメはしないけど。 ありがとうお姉さん。

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