男女平等に関するちょっとした頭の体操
オリンピック絡みの一件から、女性蔑視について色々と表立って話がされるようになったものの、男女不平等を感じている人は結構いると思います。
International Women’s Day (国際女性デー)も3月上旬にありましたが、自分の住むカナダでは男女平等が進んではいるものの、それでも不平等さを感じている人もいるようです。
最近、女性向けに男女平等に向け声を発信することを応援するような、カナダのある銀行の動画広告がYouTube上で流れることがあるぐらいです。
(この記事を書いていて気づきましたが、カナダの銀行は、男女平等問題解決やセクシャルマイノリティをサポート支援する姿勢を取って発信することが多いです。)
自分はゲイ且つ女子部員の多い吹奏楽出身というのもあり、女性が上に立つことに何の抵抗もないし、できる人間が上に立てば良いと思っています。また、女性がやるような事を男性がしてもいいなとも思っています。
男女平等という点ではオープンな方かな、と感じていました。
ところが半年ほど前、とあるニュースから、少し違う角度で自分の考えを改めて知ることができました。
視点を変えてくれたニュース
ケベック州の高校で、女子の制服規則 が男子よりも厳しいため(ブラ必須とか肌見せすぎない等)、教師に文句を言った女子生徒に賛同した男子生徒が、現状を逆手にとって、「じゃ、僕らは何してもいいんだよね」と男子自らがスカートを履き、「これって性差別じゃないの?」と、教師らへアピールしていた、というような記事でした。
自分の高校時代も制服チェックがあり、女子の場合はスカート丈がチェックされていることがありました。風紀を正すのと同時に「変な男達から女子を守るため」みたいに聞かされていたことを思い出しました。
カナダのルームメイト(同じくゲイ)に、「このニュースあるけどさ、女の子の安全のためなんだよね」と言うと、
「それこそsexisme(性差別)なんじゃない」
と言われました。
何で???と正直理解不能でした。
そこで、ルームメイトが説明をしてくれました。
「変な男から女の子を守るって、主軸が男だよね。なんで女の子側が、そんな奴らに適応しないといけないの。」
と言われて、なるほどと思いました。
人間が動物である以上、男女の体つきが違うのは当たり前で、動物の本能的要素も持っているため、差別と区別を混同しないようにしていたつもりですが、確かに男基準の考え方だなと知りました。
記事中の高校生の行動に、もちろん賛否もあるだろうし、正しいかどうか意見を言うことはしませんが、そのような姿勢を取った男子生徒の行動力にも、社会の将来性が詰まっているんだろうな、と感じました。
自分と同様、根本的な考え方に問題/男女の違いがあると気付いていない人も多いのではないでしょうか。
男女平等については、文化の歴史が長い程、簡単に変えることはできないのかもしれないと個人的に感じることもあるのですが、根本的な考え方の違いを知ることで、少しずつ理解できるかもしれません。
ニューヨークでの過去のニュース
いつだったかは忘れましたが、ニューヨークで、男性が上半身裸でランニングすることは許されるのに、女性は同じように出来ない、女性差別だということで、上半身裸の女性達がランニングする、というニュースを見た記憶があります。日本でもニュースになっていたので、ご存知の方もいるかもしれません。
やりすぎだし極端じゃない、と当時考えていました。また、日本では男性が上半身裸で走ることもあまりない(アジア人の基礎体温が元々違う)ので、文化の違いなどもあり、ニューヨークっぽいな、としか感じていませんでした。ただ、今であれば理解もできます。
男女平等が進んだのも、ここ数十年間
男女平等が前進したのも、ここ数十年だと理解しています。
おそらく、100年前の一般人が現代を生きた場合、自分たちの考え方の違いにおそらく驚くだろうと想像できます。
女性が社会で働くことが少なかった時代に、今のように女性が企業でバリバリ働く姿は、100年前の人には不思議に思えるかもしれません。
同じように、現在問題となるような男女平等については、何十年もすれば問題もなく当たり前になっているかもしれません。個々が少しでも理解を深めようとする、発信することで、何かしらの変化は生まれるのではないでしょうか?
今は、ネットの力もあるので、少し発信することで変化も加速するのではと感じています。
自分は、高校生のニュースがキッカケで、ルームメイトに違う角度から見た意見を教えてもらいました。
真正面に物事を発言しても理解されない場合、もしかすると根本的な理解・認識がズレているため、相手に伝わらないかもしれません。そんな時は、根本的な相違にフォーカスを当てることで、物事が簡単に伝わるかもしれませんね。
男女平等の話がでると、女性らしさや男性らしさという考えが問題だという意見も耳にします。中性的な自分からすると、「らしさ」は個性にもつながるので、必ずしもそれ自体が悪いとはあまり思っていません。ただ、その「らしさ」に捉われ、女性もしくは男性が差別を受けたり選択肢がなくなることが問題なのではと、付け加えておきます。
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