エクアドルの国立公園と火山を
南北の距離8500kmに及ぶアンデス山脈の北部にある国、エクアドルに到着した。環太平洋火山帯の上に連なるこの山脈地帯では、地震も起きるし温泉も出る。
首都キトはアンデス山脈の中ほどの標高3000mの所にあり、農業が盛んでカカオやコーヒー、バナナがよくとれる赤道直下にある国エクアドル。東側は一部アマゾン地域となり、西側は太平洋に面している。
大きな街に行くと南欧系の見た目をしたメスティオが目に入るが、私が主に通過した名もないような小さな村々では、現住民であろうインディオたちが暮らしていた。
スウェード生地でツバのしっかりしたハット型の帽子を被って、厚手の生地で膝まで届く大きなポンチョを羽織っている。おそらくハットが肝で、洋服にハットの人もよく目に入り、頭の高さやツバの大きさに色は様々で、地域や好みに分かれるのかもしれない。
日本では西洋化を目指して日常着としての和服を使わなくなってしまった。かろうじてまだ使用されてることが幸いだが、こうして普段着として伝統的な文化をふつうに続けているところを見ると、着物や浴衣に袴や甚平に、特に和服について詳しいわけでもない私でも、少し考えただけでこれだけの種類が出てくる。つまりそれほど豊かであろう和服の文化がほとんどなくなってしまったことは、とても残念に思う。日本人の高い適応力の悲しい面だろう。
とはいえそんなエクアドルでも、若い人たちは今らしい洋服を好んでいる様子で、同じような憂いを抱えるエクアドル人も多いだろうと想像する。またこれはどこの国でもそうだが、女性の方が伝統的な服を着てる人の割合が圧倒的に多いのは一体どういうわけだろう。適応力の低い男性のほうが新しい事に順応しづらいように思えるが、女性のほうが身なりを気遣いがちということだろうか。または日本でも聞く話だが、母から娘へ受け継がれる衣装があったりするのだろうか。
そんなことを考えながら村を走り、あたりをキョロキョロ観察していると、大荷物を抱えて自転車に乗った東アジア人も住人にとっては相当珍しいのか、お互いに不思議なものでも見る様子で見つめ合ってしまい、変な雰囲気になりがち。そんな時はブエナスとかオラとか適当に挨拶して笑顔でごまかすのがコツ。
エクアドルでは6,000m級の火山や国立公園が多くあり、回り道しすぎない程度に1か月間を目安として、オフロードを選びながらアンデス山脈沿いに南に向かった。
コトパクシでは広大な道なき草原で自転車を漕いだ。エルアンヘルでは2日前の地震で土砂崩れが多発していて道が塞がれていて大変な目に合ったが、そこを抜けた国立公園では見渡す限りの見たことのない植物が広がっていた。チンボラゾでは標高4,800mで強風、曇り空の所でキャンプをして相当凍えたが、次の日は快晴で6300mの火山を横目に、この旅一二を争う気持ち良さの下り坂を滑走した。
街で人と会って文化に触れて新しい考え方を教わることも面白いが、人も動植物も住みたがらないような高地に身を置くと、静けさと雄大な地形に頭の中が洗われて、考えることもシンプルに透明になっていく。
とてつもなく静かな朝。タイヤが転がる音だけ聞こえる砂利道。すぐに疲労を感じる酸素の薄さ。太陽が近いことを切に感じる日差し。どこからともなく聞こえてくるロバの不思議な鳴き声。雲の影が絵を作る山や丘の模様。
数日ぶりに人里へ降りた時は、ホテルのシャワーやベッドを堪能し、なんでもない鳥のスープに感動して、チョコレートや果物を貪り食う。ありふれたものに感謝して一息つくと、次はどんな景色が見れるのかとまた楽しみになってくる。