見出し画像

補完する秋【1人読み版(0:0:1)】

タイトル:「補完する秋」
ジャンル:ヒューマンドラマ
上演目安時間:25分前後
登場人物:1人(不問1)

#ハロモン  企画投稿作品
お題「化け物(モンスター)」「食べる」


【注意】
人を食べる描写があります、苦手な方は注意


0:「補完する秋」

0:靴音
0:古びた扉が開く音

おや、いらっしゃいませ。
ここに人が来るとは珍しい。
外は酷い吹雪です、凍えるような寒さだったでしょう。どうぞゆっくりしていってください。
お腹が空いているのですね。力になりたいのですが、生憎、ここも余分な食料はなくて。すみません…。
ええ、私はここに一人で暮らしています。
どうしてこんなところにいるのか?ですか。
それを説明するには、少し昔話に付き合ってもらう必要があるのですが、聞いていただけますか?
何もない所ですから暇つぶしだと思って。
私も久しぶりに話し相手ができて嬉しいのです。

ありがとうございます、では…。

-----

あれはまだ成人を迎える前の子供だった頃、私は山岳部にある小さな集落で暮らしていました。
標高が高すぎるせいで植物は育ちづらく、生物は少ない。決して住みやすい土地ではありませんが、集落の人達は文句一つ言わず、助け合いながら生きていました。
ある日、父親と狩りに出かけた時、窪地に見慣れない建物があることに気がついたんです。
円錐形に作られた木組みの塔は、石灰のような白い壁、屋根や扉は水色に塗られていました。扉には鎖が巻かれていてなんとも近寄り難い雰囲気です。
私達は特定の土地を持たず、普段はゲルというテントで暮らし、数年に一度引っ越しをします。
だからあんなに立派な建造物を見たのは初めてで…。
私は父にその建物の事を尋ねました。しかし父親は険しい顔で「あそこには近寄ってはいけない」と言い、足早に歩いていきます。
後ろ髪をひかれながら歩き出すと、ふと建物から視線を感じました。気のせいかもしれません。ただその視線は、何かを訴える様にいつまでも私の背中に向けられている気がしたのです。
その後、どうしてもあの塔の事が気になった私は、父を説得しました。そして何度目かの懇願でやっと連れて行ってもらえる事になったのです。

翌る日、私たちは再びあの塔へ向かいました。
父は古い鍵で錠を開け、厳重に巻かれた鎖を外し扉を開けていきます。重厚に感じたその扉は、意外にも軽い音を立てて開きました。
建物の中へ入ると、天辺へ向けてぐるりと螺旋階段が続いています。階段の途中には幾つもの小さな扉がありました。どの扉も鍵がかけられているようです。
軋む階段を登り、やがて父は一つの扉の前で立ち止まりました。その扉には赤い塗料で数字が描かれて、鍵束から同じ数字の鍵を探して扉を開けます。
そこは6畳程の小部屋でした。明かりがないため暗く、空気は澱んでいます。壁には細長い窓が一つ。そこから入る日の光で、かろうじて室内の様子が分かりました。
ふと影になっている部屋の隅から目線を感じたのでみてみると、そこには何かがいました。ぼんやり浮かぶシルエットに初めは化け物かと思い驚きましたが、目がなれると、徐々にそれが人であることがわかります。それは父親が声をかけても答えず、動こうともしません。
次第に暗闇に縮こまる姿が怯えているように見えてきたので、私はおやつのパンを取り出すと、一口分を千切り影へ差し出しました。
それは遠慮がちにパンを取り食べ始めます。
強い日差しに焼けた私の浅黒い肌とは違い、一度も光を浴びた事のないような真っ白い腕でした。
面白くなりもう一度パンを差し出すと、先程よりも勢いよく取っていきます。
「怖くないから出ておいで」そう呼びかけてみると、ゆっくりとこちらへ近づいてきました。
光に照らされて見えたのは、私よりも背の低い子供。肌や髪は白く老人のようでありながら、顔立ちは幼くまだあどけなさを残している。
その姿は浮世離れしていて、同じ人間とは思えないほど美しく…まるで、天使のようだと思いました。
私は父に名前を尋ねましたが、名前はないといいます。その代わり皆からは「マナ」と呼ばれていると教えてくれたので、私もそう呼ぶ事にしました。

それからというもの、私は時間が空くたびにその建物へ向かいました。
マナは最初こそ怖がり、中々暗がりから出てこようとしませんでしたが、何度かおやつを分けて食べている内に、次第に自分から近づいてくるようになりました。わたしはそれが嬉しかった。
この集落には子供が少なく遊び相手もいなかったので、新しい友達に浮かれていました。表情こそ覚えていませんが、マナも喜んでいたような気がします。
一緒におやつを食べながらいろんな事を話しました。マナは病弱で、この部屋から出たことがないといいます。確かに細く頼りない手足はお世辞にも丈夫には見えません。
ここに来る前の事は覚えておらず、気づいたらずっとこの部屋でひとりだといいます。…私には家族がいましたから、それは想像も出来ない孤独でした。
身の回りの世話は、その度に人が来て面倒をみていくというのですが、この集落でそんな話は一度も聞いたことがありませんでした。

マナは私の話も聞きたがったので、私は家族のことや住んでいる場所のこと、間も無く実りの秋が来るのだという話を聞かせました。
すると不思議そうに「秋とは何か?」と尋ねてきます。
ずっとここにいるから季節も知らないのでしょう。
私は哀れに思い、秋は唯一この土地にも実りが訪れる一番重要な季節だと話しました。そしてその後には、長く厳しい冬がやってくることも。
私達は毎年、短い夏から秋にかけて、冬の間生きぬく為の食料を集めます。それでも厳しい寒さに毎年、死人が出る。それはこの土地で生きる上で仕方がないことでした。
マナはきょとんとした顔で話を聞いていたので、難しい話をしてしまったと反省した私は、次に春の話をしました。
雪がやみ、日差しが出ると山の中腹にあるケシの花が一斉に咲き始めるのだと。
マナは目を輝かせて「見てみたい」と言います。
あの子が楽しそうに笑うのを初めてみた私は嬉しくなり、この冬を耐え抜いたら、父に頼んで一緒に見にいこうと約束しました。
その後、おばあちゃんが焼いてくれたナツメヤシのパンを二人で分け合って食べました。

…その夢が叶う事を、あの時は本当に心から信じていたのです。

やがて短い秋が終わり、ついに冬がきました。
容赦なく降り続ける雪は何もかも飲み込んでいきます。私達は食料を分け合いながら、耐えるように生きていました。
私はマナのことが気がかりで、雪が止んだ時を見計らい、何度かあの塔へ様子を見に行きました。
マナは少し痩せていましたが変わらずにそこにいました。部屋へ行くと嬉しそうに笑い、新しい話をせがみます。
私は変わらない姿に安心して、こっそり持ち出した食料を与え、暖めあうように毛布の中で寄り添いながら話をしました。この雪が今すぐ降りやめばいいのに、と思いながら。

しかしその年の冬は、例年以上の厳しさで私たちを苦しめました。食料は次第に底をつき、老人や幼い子供が死に始めたのです。それでも私達には対処する術がなく、耐えることしか出来ません。
やがて私は、マナの元にもいけなくなりました。今頃あの子は死んでいるかもしれない、そんな考えが頭に浮かびます。
だけど人の心配ばかりしていられません。今日、明日、次に死ぬのは私かもしれないのですから。
空腹は絶えず私達を苦しめ、救いを求めて神に祈り続ける日々。皆、生きる事に必死でした。
それでも無情に雪は降り続けます。

その日は突然訪れました。
村長が皆をあの建物へ集めたのです。
私はマナに会えることが嬉しかった。
しかしその喜びは次の瞬間、絶望へと変わりました。

私が塔についた時、マナの部屋には既に何人かの大人達がいました。祈祷師が祈りを捧げる中、マナは縄を噛まされ、石の台に縛り付けられています。 その異様な雰囲気に、私は目の前の状況を理解することができませんでした。
怯えた目で涙ぐむマナは、私に気づくとくぐもった声で助けを求めてきます。その声にハッとして助けにいこうとすると、父をはじめとする数人の大人に押さえられ、身動きがとれなくなりました。
今からここで何が行われるのか、私は理解したくなかった。しかし無情にも儀式は進んでいきます。
祈祷師の祈りが一際大きくなり、ぴたりと静かになると、村長がマナの体にナイフを突き立てました。
くぐもった叫び声を気にする事なく、淡々と、まるで獲物を解体するように無駄のない手つきで村長は作業を続けていきます。

そこから先の記憶は、まるでノイズがかった映画のように曖昧で不鮮明で。

一口分の肉を切り取だした村長は、おもむろにそれを食べ始めたのです。
そして隣の人にナイフを渡しました。
皆の目は異様なまでにぎらぎらと輝き、まるで神聖な儀式のように次々に肉を削ぎ口へ運んでいきます。
マナの白い体は真っ赤になり、次第に再び白い色が見え始めました。叫び声もだんだん小さく、聞こえなくなっていく。

現実離れした光景に呆然としていると、ついに私の元にナイフが回ってきたのです。

私はそれを。
私は、それを……。

記憶はそこで途切れています。そこから先の事を、今までどうしても思い出せませんでした。
ただその事件があった翌日、久しぶりに体中に血が巡っているのを感じました。冷えきっていた体に温もりがある事を思い出したのです。
それが何故なのか、私は考えるのをやめ思考を放棄しました。あの忌まわしい記憶を早く忘れたい一心で…。そのせいか私は、あの子がいなくなった後も泣く事ができなかった。

やがて成人を迎えた私は、父に一族の秘密を教えられました。
……私達は、化け物だったんですよ。おぞましい、人食いのモンスター。
かつては町に住み人と共存していましたが、影で人を狩り食べていたのです。やがてその実態が明るみになると、この山へ追放されました。
祖先は自分達の行いを恥じて人食を禁じ、ここでの暮らしを試練だと思うようになりました。この苦難を乗り越えればいつか神が我らを許し、約束の地へ導いて下さると…。
マナは私達の最後の理性でした。欲望に打ち勝ち、あの子を生かしている内は、普通の人間でいられると信じていたのです。だけど人肉への憧れは消えず、その肉体を求めていました。
そしてあの日ついに禁忌を犯しその肉を口にしたのです。…なんて愚かな事でしょう。
あなたも、そう思うでしょう?
醜く浅ましい生き物だと。けれど恥ずかしい話ですが、それが私達の生きる術だったのです。
満たされている時は、人を食わなくても正気でいられる。だから自分たちを普通の人間だと錯覚するのです。
だけど飢餓に襲われた時、どうしようもなく渇望する。腹を満たすには足りなくても、生きる気力を取り戻すには充分なほど、人肉は力を与えてくれました。
そして私達はあの厳しい冬を生き抜いてしまったのです。…あの子は、哀れな被害者でした。

私の記憶は、虫が食い穴が空いた本の様に一部が抜けていて、こうして話している今もうろ覚えの箇所があるのですが、他人に話すのが初めてだからでしょうか。一つだけ、しっかりと思いだせた事があるんです。

私はあの時、あの子の肉を食べたのだと。
だけどその肉はどんな味だったか…どんな食感だったか…覚えていません。でもきっと蕩ける程甘くて、絹の様な舌触りだったに違いありません。
マナが息絶える瞬間、目があった気がします。その時あの子はどんな表情をしていたのか。…確か、笑っていたような気がするんです。あの子は一人で死ぬ事を恐れていました、だからみんなに見守られて、私達の血肉になれて、安心したのではないでしょうか。
……それは、私が忘れていた記憶なのか、そうあって欲しいと思う私が補完する妄想なのかは分かりません。答えを知っているのは、あの世にいるマナだけでしょう。

枷を失った私達は、その後も旅人や迷い人を捕らえて同じ事を繰り返し、哀れな被害者を出しました。
私はその度に忘れようとしました。そうでなくては、自分を保てる気がしなかったのです。
神の裁きか宿命か、人肉を得てもこの集落の人口は減り続け衰退していきました。…最後まで生き残った私は、それでもここを出ていく勇気がなかった。

そしてここからが先ほどの質問へ戻ります。
私は自らこの部屋へきました。ここにいるとまだあの子が側にいるような気がして落ち着くのです。…仮にあの子がここにいたら、決して私を許さないのでしょうが…。

私はここで誰かが来るのをずっと待っていました。そして今、あなたがこの部屋に訪れた。
私は神に…。この出会いに感謝します。
あなたもお腹が空いているのでしょう?
奇遇ですね。私もずっと空腹を感じていたのです。
もう耐えらなれないほどに。
さあ、このナイフを使いましょう。

切れ味は、私が保証しますよ。

--------

お疲れ様でした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
久しぶりの一人読みが書けて楽しかった!
この作品は後で掛け合い台本にも仕上げます→

「補完する秋」2〜3人台本が出来ました。
 https://note.com/monookiba/n/n5068d9d935af?sub_rt=share_b

全然ハロウィン関係なくなってしたいましたが、ぎりぎりお題はクリアかな?と思うので、ハロモン企画に参加させていただきます。

どうでも良いタイトルの掛け言葉
(食料を)保管する秋
(記憶を)補完する秋

#ハロモン企画 


いいなと思ったら応援しよう!