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補完する秋【複数人版(0:0:2or3)】

ジャンル:サスペンス、ヒューマンドラマ
上演目安時間:40分前後
登場人物:不問×2or3(兼ね役推奨)

ラザロ:塔で暮らしている
マナ:塔に囚われていた
ロト:塔へ訪れた(※2人でやる場合マナと兼ね役)

#ハロモン  企画参加シナリオ
お題「怪物(モンスター)」「食べる」


【注意】
※人を食べるなど残酷な描写が多々あります。
暗い話です。苦手な方はご注意ください。


0:「補完する秋」

0:古い扉を開ける音
0:靴音

ロト:「…すみません。すみません、誰か」
0:人を探すように声をかける
ロト:「誰かいませんか」
ラザロ:「おや、いらっしゃいませ」
ロト:「ああよかった、人がいた…」
ラザロ:「ここに客が来るとは珍しい」
ロト:「勝手にすみません、吹雪がひどくて思わず飛び込んでしまいました。どうかここで一晩休ませてもらえませんか」
ラザロ:「構いませんよ、歓迎します。どうぞゆっくりしていって下さい」
ロト:「ありがとう、感謝します」
ラザロ:「外は凍えるような寒さだったでしょう、火を炊く位しか出来ないのでここも大差ないかもしれませんが…」
ロト:「風と雪がないだけで充分です」
ラザロ:「それはよかった。今お茶をいれますね」
ロト:「ありがとうございます」

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ラザロ:「落ち着きましたか?」
ロト:「ええ、体があたたまりました」
0:腹の音が鳴る
ロト:「…こんな時にも腹が減るなんて…」
ラザロ:「すみません。お力になりたいのですが生憎、ここも余分な食料がなくて…」
ロト:「いえ、休ませてもらえるだけで充分です」
ラザロ:「…その斧は?」
ロト:「あ、ああ。旅に出る時に護身用に…」
ラザロ:「そうですか…。こんな雪山に登山という訳ではないでしょうし、どうしてこんな所へ?」
ロト:「…私は、山間にある村から来たのですが…。実は村で事件がおきて…」
0:体を震わせる
ラザロ:「何かあったのですか…?」
ロト:「あれは、あれは地獄でした、」
ラザロ:「話しづらいことなら、無理には」
ロト:「いえ、どうか聞いてください」
ラザロ:「…ええ、勿論です」
0:ロト、深呼吸して話し出す
ロト:「街とつながる道が雪崩で埋まり、村が孤立してしまったのです。最初は備蓄している食料を分け合っていましたが、徐々に不足し始めて…」
ラザロ:「…」
ロト:「1人の若者が、ある家族が余分に食事をもらっていると言い出した事をきっかけに口論が始まり、喧嘩になりました。皆空腹で苛立っていて、どんどん争いは激しくなり、そしてついに武器を持ち出してしまったのです。…気づけば、村中を巻き込む殺し合いになっていました」
ラザロ:「そんな…」
ロト:「飢えと寒さが皆をおかしくしてしまったのです…!ああ、忘れたいのに忘れられない、白い雪に飛び散った、あの生々しい赤…!」
0:顔を覆い表情を歪める
ロト:「このままでは自分も殺されると思い、私は村を抜け出して旅に出ました。そして彷徨っているうちにここを見つけたのです」
ラザロ:「そうでしたか…。それはさぞ辛い思いをされたのでしょう。なんて声をかけたら良いのか」
ロト:「いえ、後味の悪い話を聞かせてすみません」
ラザロ:「大丈夫ですよ。人に話すと気持ちが落ち着きますよね」
ロト:「ええ…」
ラザロ:「慰めになるか分かりませんが、私も大切な人を亡くした経験があります。なので少しはあなたの苦しみが理解できるかと」
ロト:「この山の冬は厳しすぎる。私は何故、家族を連れて山を降りなかったのか、今は後悔ばかりで…」
ラザロ:「生き方を変えるのは難しい事ですから」
ロト:「あなたは、この塔に住んでいるのですか?」
ラザロ:「はい、ここに一人で暮らしています」
ロト:「どうしてこんな所に?」
ラザロ:「それを説明するには…少し昔話に付き合って貰うことになるのですが聞いていただけますか?どうせ外は吹雪ですし、ここにいる間の暇潰しに」
ロト:「ええ勿論。それは構いませんが…」
ラザロ:「ありがとうございます、では」

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ラザロ:(M)あれはまだ私が成人を迎える前の子供だった頃、山岳部にある小さな集落で暮らしていました。
ラザロ:父親と狩りに出たある日、窪地に見慣れない建物があることに気づいたのです。
ラザロ:円錐形に作られた木組みの塔は、石灰のような白い壁、屋根や扉は水色に塗られていました。
ラザロ:その建物の事を父に尋ねると、険しい顔で一言「あそこには近寄ってはいけない」と。
ラザロ:後ろ髪をひかれながら歩き出した時、ふと建物から視線を感じました。気のせいかもしれません。ただその視線は、何かを訴える様にいつまでも私の背中に向けられている気がしたのです。
ラザロ:その後、どうしてもあの塔の事が気になった私は、父を説得しました。そして何度目かの懇願でやっと連れて行ってもらえる事になったのです。

ラザロ:翌る日、私達は再びあの塔へ向かいました。
ラザロ:重厚に見えた扉は、意外にも軽い音を立てて開きます。建物の中へ入ると、天辺へ向けてぐるりと螺旋階段が続いていて、階段の途中には鍵のついた扉が幾つもありました。
ラザロ:軋む階段を登ると、やがて父は一つの扉の前で立ち止まり、鍵を開けて私に部屋に入るように促します。
ラザロ:そこは6畳程の小部屋でした。明かりはなく、壁には細長い窓が一つ。そこから入る日の光で、かろうじて室内の様子が分かりました。
ラザロ:ふと影になっている部屋の隅から目線を感じて見てみると…。

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ラザロ:「そこにいるのは誰だ?!」
マナ:「ひっ…!」

0:怯えるように体を丸める

ラザロ:「子供の声?なんだ人間か、化け物かと思ってびっくりした」
マナ:「……」
ラザロ:「驚かしてごめんね、そんな所にいたら暗くてよく見えないよ。ほら、おやつのパンをあげるから一緒に食べよう」
マナ:「…、、」
ラザロ:「怖くないよ、一口千切ってあげよう。食べてごらん」
0:少し迷ってから手を伸ばして食べる
マナ:「…美味しい…」
ラザロ:「ふふ、そうだろう」
ラザロ:「もっとあげるからこっちへおいで」
0:おずりと暗がりから出てくる
マナ:「あ…」
ラザロ:「ー!」
マナ:「あの、私」
0:驚いたようにマナを凝視するラザロ
ラザロ:「天使、様…?」
マナ:「え?」
ラザロ:「あ…。ああ、いやごめん」
0:落ち着くように息を吐く
ラザロ:「初めまして。私はラザロ、君は?」
マナ:「…マナ…」
ラザロ:「マナ?珍しい名前だね、よろしく」
マナ:「…」
ラザロ:「肌も髪も私とは別物みたいに真っ白でとても綺麗だ、ほら比べるとこんなに違う」
マナ:「天使様ってなに?」
ラザロ:「知らないのかい?そうだな、神様が作られた聖なる生き物さ。頭の上に光の輪があって背中に翼を持ち、私達を見守ってくださる」
マナ:「私には輪っかも翼もないのになんで?」
ラザロ:「はは、そうだね。でも君は挿絵に描かれた天使様にそっくりなんだ」
マナ:「そうなんだ…」
ラザロ:「君に翼があったらどこかに飛んでいってしまうから、神様が奪ってしまったのかもしれないね。なんて」
マナ:「もしそうなら残念だな。空、飛んでみたかったのに」

0:狭い窓から空を眺める

ラザロ:(M)それからというもの、私は時間ができる度にその塔へ向かいました。

ラザロ:「マナー!来たよ、出ておいで」
マナ:「…、、」
ラザロ:「この間話したんだから怖くないだろ?ほら、今日はヨーグルトの干し菓子を持ってきたよ。一緒に食べよう、おいで」
マナ:「お菓子…」
ラザロ:「やっと出てきたね」
マナ:「食べていい?」
ラザロ:「うん。でも今日は先にお祈りをしよう」
マナ:「おいのり?」
ラザロ:「食べ物をくれてありがとうって神様に感謝するんだよ」
マナ:「でもこれはラザロがくれたものだよ」
ラザロ:「確かにマナにあげたのは私だ。でもヨーグルトは動物の乳から出来ていて、動物は神様が与えてくれた物だからお礼をするんだ」
マナ:「神様ってそんなに偉いの?」
ラザロ:「うん。この世界を作られた方だからね。だから神様に伝えたいことや願いたいことがある時は、手を合わせてお祈りをするんだ」
マナ:「ふぅん」
ラザロ:「私に続いて言ってごらん」
マナ:「うん」
ラザロ:「『神様、日々の糧に感謝します』」
マナ:「かみさま、日々のかてに感謝します…」
ラザロ:「いただきます」
マナ:「いただきます」
ラザロ:「ちゃんと言えて偉かったね。さあ食べてごらん」
マナ:「うん。あーん…。ー美味しい!」
ラザロ:「ふふ、それはよかった」
マナ:「これ、ずっと食べたい。もっと頂戴!」
ラザロ:「あ、こら!ナイフに触ったら危ないよ」
マナ:「いた、」
ラザロ:「ああほら、だから言っただろう。血が出てしまったね、見せてごらん」
マナ:「うん…」
ラザロ:「大丈夫、少し刃が触っただけみたいだ。そんなに深くないよ。でも錆が入ってたら大変だから傷口を吸っておこう、手を貸して」
マナ:「うん」
0:マナの指を吸う
ラザロ:「ーー」
マナ:「ラザロ…?どうしたの?指、そんなに強く吸ったら痛いよ、もう大丈夫だから離して。…ラザロ?」
ラザロ:「あ、うんそうだね。ごめん」
マナ:「大丈夫?」
ラザロ:「大丈夫。もっと欲しかったら私が切ってあげるから、次からはいうんだよ」
マナ:「うん、ごめんなさい」

ラザロ:(M)その時に吸ったマナの血は、鉄の味がして決して美味しい筈はないのに、何故か頭の芯が痺れるような甘い余韻があった。

ラザロ:「君はどうしてこんな所にいるんだい?」
マナ:「わからない」
ラザロ:「ご飯はどうしてるの?」
マナ:「持ってきてくれるよ」
ラザロ:「わざわざここまで?そんな話は聞いた事ないな」
マナ:「そうなの?」
ラザロ:「うん、この塔もこの間初めて見つけて…」
マナ:「知ってるよ、ここからみてた」
ラザロ:「やっぱりあれは君だったのか」
マナ:「うん」
ラザロ:「ここに来る前は?村では見た事ないし…」
マナ:「分からない。気づいたらここにいて、それからずっとここにいる」
ラザロ:「ずっと?ここに一人で?」
マナ:「うん」
ラザロ:「…これからもずっと?」
マナ:「体が弱いから外に出てはいけないんだって」
ラザロ:「…そうか。確かにマナは細いし、髪や肌の色も変わってる。なにか病気があるのかもしれないね」
マナ:「病気…私は死んでしまうのかな…」
ラザロ:「まさか。きっと守る為にここにいるんだ。だから大丈夫だよ」
マナ:「ずっと一人だったから、死ぬ時もここで一人なのは怖いな」
ラザロ:「ここにいるって事は君も家族だ。家族の絆は強いんだよ。もしもそんな事があれば、みんなが君の死を悲しむさ」
マナ:「本当?ラザロも?」
ラザロ:「ああ。その時が来たらきっと泣くよ。まあ、まだずっと先の話だけどね」
マナ:「一緒にいてね。もしも私が死んでも忘れないでね」
ラザロ:「うん、もちろんだよ」
マナ:「…死んだら一緒にいれたらいいのに」
ラザロ:「え?」
マナ:「そうしたら自由になれるでしょう?」
ラザロ:「…その時はきっと天国の神様の所に帰るんだよ。翼をもらったらまたここにおいで。それなら一緒にいられる」
マナ:「本当?」
ラザロ:「うん、多分ね」
マナ:「そっか。それなら死ぬのも怖くないね!」
ラザロ:「あ、ああ。そうだね…」

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マナ:「次はあなたの話を聞かせて!」
ラザロ:「いいよ。何がいい?」
マナ:「ここ以外のこと」
ラザロ:「そうだな、じゃあ家族の話をしようか」
マナ:「うん!」
ラザロ:「私は曽おじいちゃん、お爺ちゃん、お婆ちゃん、お父さんとお母さん、嫁にいった姉さん、後は弟、妹の9人家族」
マナ:「そんなにたくさん人がいるの?」
ラザロ:「うん、皆で大きなテントに暮らしているんだ。普段は父さんと狩りに出たり家事を手伝ったりしてる。もう直ぐ秋が来るから、そうしたら収穫を手伝うよ」
マナ:「あき?あきって何?」
ラザロ:「秋を知らないのかい?」
マナ:「うん」
ラザロ:「そうか、ずっとここにいるんだもんね。秋は一年で一番重要な季節なんだ。ここは殆ど植物が育たないけど、秋だけは芋や果物が取れるんだよ」
マナ:「おいも、くだもの!大好き!」
マナ:「秋っていいね。ずっと秋ならいいのに」
ラザロ:「私もそう思うよ。でもその後には冬が待っているんだ。長い冬が来る前に食べ物を集めておかないと私達は飢えてしまう」
マナ:「ふゆ?」
ラザロ:「秋の次に来る季節だよ。…何もかもが雪に埋まり、ひどく寒くて外には出れない。どれだけ準備しても毎年必ず死人が出る。恐ろしい季節なんだ」
マナ:「そうなんだ…。冬、きらい…」
0:しゅんとする
ラザロ:「マナには難しい話だったね。この壁は雪も風も避けれるから、ここにいれば大丈夫。次は楽しい話をしよう」
マナ:「楽しい話?うん!聞きたい。なに?」
ラザロ:「冬が終わるとね、次は春が来るんだ」
マナ:「はるはどんな季節?」
ラザロ:「春は一瞬で終わってしまうけど、雪がやんで日差しがでると、山の中腹にあるケシの花が一斉に咲き始めるんだよ」
マナ:「ケシの花…」
ラザロ:「赤や白、桃色の花が辺り一面を埋め尽してとても綺麗なんだ」
マナ:「ー見てみたい!」
ラザロ:「え?」
マナ:「ケシの花、見てみたい!」
ラザロ:「ふふ。君のそんな顔は初めてみた。うん、冬を越えたら私から父さんに頼んでみるよ。体が弱くても、きっと一日くらいなら大丈夫。春になったら一緒に見にいこう」
マナ:「うん!約束!」
ラザロ:「約束だ」
0:指切りをする
マナ:「う、食べ物の話してたらお腹すいた」
ラザロ:「はは。さっきのでは足りないだろう。ナツメヤシのパンを持ってきたから、半分こして食べよう」
マナ:「うん!」

ラザロ:(M)そして短い秋が過ぎ、ついに冬がやってきました。容赦なく降り続ける雪は何もかもを飲み込み、私達は耐える様に生きていた。

ラザロ:「よし、雪が止んでる。やっと様子を見にこれた、久しぶりだけどマナは大丈夫かな…」
0:扉を開ける
マナ:「ラザロ!」
ラザロ:「マナ!ああ、よかった。無事だったんだね」
マナ:「うん」
ラザロ:「少し痩せたね、ご飯は?ちゃんと貰ってるかい?」
マナ:「置いていってくれたのを少しずつ食べてるよ」
ラザロ:「そうか、よかった…」
マナ:「ラザロ、お話を聞かせて」
ラザロ:「いいよ。でもそのままでは寒いだろう?毛布の中においで」
マナ:「うんっ」
ラザロ:「寒くないかい?」
マナ:「あったかいよ、ラザロは?」
ラザロ:「マナがいるからあったかいよ。ほら少しだけどおやつを持ってきたよ、お食べ」
マナ:「うん。…」
ラザロ:「どうした、食べないの?」
マナ:「一緒に半分。半分にして食べよう」
ラザロ:「ふふ、ありがとう。マナは優しいね」
マナ:「ケシの花、もう咲いた?」
ラザロ:「まだだよ。もう少し先だね」
マナ:「どれくらい先?」
ラザロ:「いい子にしてたら直ぐ、かな」
マナ:「本当?じゃあ、いい子でいる」
ラザロ:「うん…」
マナ:「早く春にならないかな」
ラザロ:「本当に。早く雪がやめばいいのに…」

ラザロ:(M)しかしその年の冬は、例年以上の厳しさで容赦なく私たちを苦しめました。村の食料は底をつき、ついに人が死に始めたのです。
  
ラザロ:やがて私は塔へいけなくなりました。
ラザロ:マナはもう死んでいるかもしれない、時々そんな考えが頭をよぎります。だけど人の心配ばかりしていられません。今日、明日、次に死ぬのは私かもしれないのですから。

マナ:「ラザロ、次はいつきてくれるかな」
マナ:「寒い。でもいい子にしてなきゃ…」
マナ:「春はあとどれくらい先なんだろう」
マナ:「ケシの花、どんな色かなぁ…」
マナ:「そうだ。お祈りしよう」

マナ:「神様、早く春になって沢山の花が咲いて、ラザロがまたここにきてくれますように」

マナ:「毎日こんなにお祈りしてるのに…。神様に届いていないのかな、お腹すいた、寂しいよ、助けて…。…ねえラザロ。神様なんて、本当にいるのかな」

ラザロ:(M)その日は突然訪れました。
ラザロ:長老が村の皆をあの建物へ呼んだのです。私は久しぶりにマナに会えることが嬉しかった。しかしその喜びは、すぐに絶望へと変わりました。

ラザロ:(M)私がついた時、部屋の中には既に何人かの大人達がいました。祈祷師が祈りを捧げる中、マナは縄を噛まされ、石の台に手足を縛り付けられています。

マナ:「んー!んんー!」

0:ラザロを見つけくぐもった声で助けを求める

ラザロ:「マナ!!!」
ラザロ:「お父さん、おじさん、離してよ!!」

マナ:「んん、んん…!」

ラザロ:今からここで何が行われるのか、私は理解したくなかった。心臓がどくどく鳴っている。祈りの声が一際大きくなりぴたりと静かになると、村長がマナの体にナイフを突き立てたのです。

マナ:「んんー!んんー!!」

ラザロ:そこから先の記憶は、まるでノイズがかった映画のように曖昧で不鮮明で。

マナ:「ぅ、…ぐ、うぅ…!ふ…!」

ラザロ:(M)一口分の肉を切りだした村長は、それを口に運んで食べ始めました。そして隣の人にナイフを渡します。
ラザロ:大人達はまるで神聖な儀式のように次々に肉を削ぎ口へ運んでいく。マナの白い体は真っ赤になり、次第に再び白い色が見え始めました。叫び声もやがて小さくなり、聞こえなくなった。

ラザロ:そして呆然としている私の元に、ついにナイフが回ってきたのです。

ラザロ:私はそれを。

マナ:『死んだらラザロと一緒にいれたらいいのに』

ラザロ:私は、それを……。

マナ:『早く春にならないかな』
マナ:『約束!』

0:現代に戻る

ラザロ:「記憶はそこで途切れています」
ロト:「そんな……なんていう事を……」
ラザロ:「その後、私が成人を迎える時に父から一族にまつわる秘密を聞きました」
ロト:「秘密…?」
ラザロ:「……私達は、化け物だったんですよ。かつて町を追われた、人食いのモンスター」
ロト:「なんだって…」
ラザロ:「以前は町で暮らしていましたが、密かに人を狩り食べていたのです。その実態が明るみになると町を追放されました」
ロト:「それで、こんな何もない山の上に?」
ラザロ:「ええ。祖先は自分達の行いを恥じて人食を禁じ、ここでの暮らしを試練だと考えた」
ロト:「試練?」
ラザロ:「あの子を生かしている内は普通の人間でいられると信じたのです。そしてこの試練に耐えれば、いつか神が私達を約束の地へ導いてくださると」
ロト:「約束の地ですか、まるで紀元前の御伽話だ。随分と信心深いのですね」
ラザロ:「この場所で唯一我々が縋れるものは神の言葉だけでしたから」
ロト:「子供を殺す前は普通に暮らしていたのでしょう?町にいる時だって他に食べ物はあった筈なのに、何故、人を襲うのですか」
ラザロ:「理由は誰もわからないんです。確かに満たされている時は普通の人と変わらない。だから錯覚する。けれど人肉への憧れは消えず、その体を求めていました」
ロト:「私の記憶が確かなら『マナ』とは、荒野で彷徨う人々に神が与えた奇跡の食物、という意味ですよね?」
ラザロ:「…ええ」
ロト:「その子を生かす事を理性としておきながら、何故そんな名前で呼んだのですか?」
ラザロ:「それは…。どうしようもない弱さでしょう。もしあの子を食べてしまっても、神から与えられた物だから仕方ないと、その行為を正当化しようとしたんです」
ロト:「…食べても食べなくても『神』のせいですか」
ラザロ:「ここで生きていくには希望が必要でしたから」
ロト:「葛藤しながら人間として生き直そうと足掻いたあなた達は、極限の状況下で再び神と呼ぶ悪魔の手を取ってしまった…」
ラザロ:「ええ、あの子は哀れな被害者でした」
ロト:「…」
ラザロ:「…愚かな事です。あなたもそう思うでしょう?」
ロト:「残酷でおぞましい事だと思います。でもその犠牲で生き延びた人がいる以上、なんとも救いようのない話だとしか…」
ラザロ:「ええ。生きる活力を取り戻した我々は、あの冬を生き延びてしまいました。…あの時に滅びていた方がよかったのかもしれない…」
ロト:「え…?」
ラザロ:「タガが外れた私達は、その後も似たような状況下で哀れな被害者を出しました。その度に私は忘れようとした。そうしなくては、自分を保てる気がしなかったのです」
ロト:「この土地を出て行こうとは思わなかったのですか?」
ラザロ:「もしも自分がただ人肉を求めるモンスターだったらと思うと、ここを離れる事はできませんでした」
ロト:「…ここには今あなた以外に誰もいないようですが、他の人は一体どこに?」
ラザロ:「天の裁きか宿命か、この村はどんどん人が減っていきました。私は最後の生き残りです」
ロト:「そう、ですか…」
ラザロ:「そして先ほどの質問の答えですが…。私は自らこの部屋へきました」
ロト:「それほど悲惨な事件があった場所に何故」
ラザロ:「ここにいると、あの子がまだ側にいるような気がして落ち着くんですよ」
ロト:「まさか天使になり戻ってくるという言葉を信じているのですか?殺された子供が、あなたを許して戻ってくると?なんて身勝手な」
ラザロ:「それでも…信じていたいのです…」
ロト:「……」

0:目を伏せる

ラザロ:「ああ、そうだ」
ロト:「え?」
ラザロ:「私の記憶は、虫が食い、穴が空いた本のように所々抜け落ちているのですが、今一つはっきりと思い出しました」
ロト:「一体…何を思いだしたのですか」
ラザロ:「私は、あの子の肉を食べたんですよ」
ロト:「う、」
0:口元を覆う
ラザロ:「でもその肉はどんな味だったか…どんな食感だったか覚えていない。マナが息絶える瞬間、目があった気がします。だけど、どんな表情をしていたのか。…確か笑っていたような、そんな気がします。きっとマナもただ死ぬのではなく、私達の血肉になれて安堵していたのではないでしょうか?」
ロト:「私にはわかりません…!答えを知っているのは、被害者の子供だけではないですか」
ラザロ:「…そうですね」
ロト:「私にわかるのは、幼い子供が大人に囲まれて生きたまま肉を食われたという事実です。もしそれが本当の事なら、その恐怖は想像を絶するでしょう」
ラザロ:「仰る通りです。私は今あなたに話している事でさえ、忘れていた記憶なのか、そうあって欲しいという思いから補完する妄想なのかも、もう分からないのです」

0:重い沈黙が流れる

ラザロ:「私からも一つ聞いても?」
ロト:「…なんでしょうか」
ラザロ:「貴方は村で殺し合いがおきて逃げてきたと言いましたが、それは本当ですか?」
ロト:「え、ええ勿論…。どういう意味ですか?」
ラザロ:「飢えて、飢えて、どうしようもない時に、目の前に沢山の肉が落ちていたんですよね」
ロト:「それは……」
ラザロ:「あなたが手をかけた訳じゃないとしても、その肉を前に何も思いませんでした?」
ロト:「う…。やめろ、思い出させないでくれ!私は何もしていない。何も知らない!」
ラザロ:「やはり…」
ロト:「違う、私はなにも…!」
ラザロ:「仕方ない状況だったのです。そうするしかなかった。そのおかげであなたは今も生きているのですから」
ロト:「…ッ」
ラザロ:「…私はあなたのような人を待っていた…」
ロト:「そういえば、ここについた時『歓迎する』と…。それは、一体どういう意味ですか」
ラザロ:「私はここで誰かが来るのをずっと待っていたんですよ。そして今、あなたが訪れた。私は神に…。この出会いに感謝します」
ロト:「何を…」
ラザロ:「あなたもお腹が空いているのでしょう?」
ロト:「いや、空いていない、私は何も食べたくない。やめろ!こっちにくるな!!」
ラザロ:「実は私も空腹でしかたがないのです。もう耐えられないほどに」
ロト:「頼むから、それ以上近づかないでくれ!私はもう、誰にもこの斧を振るいたくないんだ…!」
ラザロ:「さあ、このナイフを使いましょう」
ロト:「まさか、そのナイフは…!」

ラザロ:「切れ味は、私が保証しますよ」

0:終わり


お疲れ様でした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
こちらはハロモン企画投稿作品。
そして補完する秋の複数人台本バージョンです。

掛け合いが自然になるように多少改変していますが、ラザロの語りは一人読みとほぼ同じです。
映画でも物語でも当人目線で語られる話って、屈折した事実を語られるようで好きなんですが、こうして登場人物が増えると意図しない会話が出来て物語の見え方が変わる気がしますね。
両方作ってみるのも面白いな〜と思ったので今回はダブルで仕上げてみました。楽しかった。

この台本は全てフィクションです。
実在する人物や話とは関係ありません。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
ではまたどこかで。

【補完する秋】一人読み版はこちら→
https://note.com/monookiba/n/n8fdf8572afd1?sub_rt=share_b

#ハロモン企画

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