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「何ンすか、これは?」

10/12(土)Readin' Writin' BOOK STOREで行った「インタビュー田原町14 キッチンミノルさんにききました」の記録(後編)です。

「写真のいいところは音声が載らないことなんですよね。だから、撮っている間、ぼくはずっとしゃべっています。『何ンすか!?これ』とか言いながら」


前編からつづく
前編は↓

「インタビュー田原町」はノンフィクションの書き手に「取材現場」のことをきくシリーズ。
しゃしん絵本『ひこうきがとぶまえに』を刊行。飛行場の隅の格納庫で、航空機の点検を行う航空整備士の仕事を撮影したその取材の様子をきくとともに、キッチンさんの写真家としての履歴をうかがいました。

そうそう。キッチンさんはテキサスブックセラーズという「ひとり出版社」をスタートさせています。その話もききました。

※有料イベントの記録につき有料設定にしていますが、只今全文無料でお読みいただけます。

Readin' Writin' BOOK STOREにて
参観者©️提供


話すひと=キッチンミノルさん

きくひと🌖朝山実(構成・文)


咄家の弟子入りを志願するも「その顔じゃ」と言われ、、



🌖キッチンさんはプロフィールにもともと噺家を目指していたけれども挫折、と書いていますよね。

「弟子入りしようとして、親を連れて来いとなって。金原亭伯楽師匠というひとなんですけど。馬生師匠の一番弟子。小三治師匠が乗りに乗っていた時期なんですが、寄席にお客さんが来なかった。で、『おまえの顔じゃ売れない』と言われたんですよね」

🌙顔?

「いまの時代は顔で売れるか、親が金持っているかなんだ。修行時代は無収入なので、親の援助がなければやっていけないんだと。で、片親でしょう。親からそんなお金はないと言われ。『おまえ、料理人になったほうが』と言われるんだけど、好き嫌いが多かったので、そっちは無理かなあ。頑張って大学を目指そうか」

🌙浪人して大学進学を選んだの?

「そう。受験せず、落語家の道がなくなって途方にくれていた。だけど、一緒に遊んでいたやつが大学に受かったのを見て、だったらぼくも受かるだろうというので一年勉強して」

🌙受かったのが法政。学部は?

「人間環境学部の第一期生だったんですよね」

🌙社会学部系?

「そうですね。そのときはSFCだったかな、慶応大学のそこの一期生の試験はめちゃくちゃ簡単だった。プラス浪人生は過去問がないから選ばないんですよね。
ぼくは敵がすくないところがいいというので。そうそう。浪人して4月に受けた試験の偏差値が37。これはかなりまずいなあとなって。人間環境学部は国語の現代文と、英語だけ。しかも英語の試験が『三四郎』の英訳だったんですよね。
えっ!? 漱石を読んでいたら誰でもわかるじゃないですか。これはあまりにも簡単すぎて落ちたなあと、その足で明治の二部に願書出しに行きました」

🌙でも、合格していたんだ。

「そう。国語の問題も環境問題を解決するにはどうしたらいいかというような設問で、こんなの新聞読んでいたらわかるだろう。大丈夫なのか?と」

🌙キッチンさんは新聞を読み、夏目漱石も読んでいた。で、大学で写真部に入部し写真の道を、となるんですか?

「そうですね。でも、まだ仕事にしようというふうには思ってなかった。落語はダメだけど、ひとりで喜怒哀楽を表現するのがいいなあぐらいで。
高校時代、ぼくは寄席と映画をめちゃくちゃ観ていたんですよね。家にBOWWOWがなかったので、友達にテープとテレビブロスに線を引いたのを渡して、録画しておいてと頼んでいたんです。ええ。すごい量の」

🌙そこで映画というのは選択肢は?

「今村昌平監督の映画学校を受けたんですけど、それは落ちたんです。大学に入って映画サークルというのも考えたんですけど、先輩が『飲みに行くぞ』と言ったらゼッタイ参加だというので、ぜったいナイと思った」

🌙団体行動は嫌だと。

「そうですね。写真はひとりで撮って、ひとりで現像して、ひとりで喜怒哀楽が表現できるというので、いいなあと」

🌙ひとりがポイント?

「結局、雑誌にしても、それぞれが立って仕事している。映画はチームというか、上下関係を上っていかないといけないというのがありそうで」

🌙なるほど。ここで休憩を入れましょうか。

「まだ肝心のドキュメンタリーの話に何もすすんでいないんですけど、大丈夫ですか?」

🌙大丈夫でしょう(笑)

写真提供©️参観者


【休憩中に参加者から質問があった。
テキサスに行ったときに表札みたいなものがあったのか?
 住人が「チョウさん」という名前に気づいたのはどうしてなのか?

キッチンさん 「アメリカは家を売買するときに、誰が売って誰が買ったのか、ぜんぶ出るんですよね。それを建てたのがチョウさんだというのを知っていたということですよね」

🌖そういえば、チョウさんの名前は見たことがあったと?

「そうです。もう潰してしまったけど、この屋根裏に暗室があったという話とかを聞いたんですよね。あのときは、それがなかったら中に入らず帰ったと思うんです。断られただけでも、まあ、やり切ったという気持ちにはなっていたので。
気が弱いというか。だけども中に入れてくれるんだったら、となったんですよね。
30歳まで車も持ってなかったので、日本に帰ってから車を買うんですけど。『多摩川な人々』を出すためにお金がないので、その車を売っちゃうんですよね」

質問者  なるほど。ありがとうございます。

さらに別の人から。さきほど(前編に出てくる)の暗幕の写真のことは、聞いてなるほどと思ったけど、そうでないとわからないよねとの感想が。

「あれは、あそこの照明が見えたからよかったんですよね」

🌙照明を見たときに、照明を端っこに入れようと思ったということですか?

「そうです」

『春風亭一之輔の、いちのいちのいち』から


🌙キッチンさんが、Twitterに写真展の案内をするので店内の写真を撮られていて、さすがプロだなあと思ったのは、二階へとつながる写真を展示している壁面と、真下の番台に座っている落合さんの顔を端っこに小さく入れてあった。一枚で空間を撮っているんですよね。設営のときに写真撮っているなあと思ったんだけど、ワンショットで撮っていて見事だなあと。

「アハハハハ。ありがとうございます」

やりとりを聞いていたお客さんから、あれはどこから撮られたんですか?

「このへん(座っている場所のうしろあたり)からだったかな。でも、撮る前に見ていて。ずっと見て回りながら、この感じが好きだなあというのを感じとくんですよね。写真を撮るまでに」

🌙落合さんを端っこに入れるというのは?

「歩いていて、目の端に入るというのが好きだなあという」


©️キッチンミノルさん撮影のTwitterから

🌙左下に落合さんが自然に収まっているんですけど、インタビュー前に雑談をしていたときに聞いたら、シャッターを切る前に「落合さん」と声をかけていたんだという。素人だと、あっ、撮れなくて、もう一枚とか言いそうなんだけど。もちろんプロだから、ミスはないですと。逆にこのときどんな表情であっても、それはOKなんですか。

「いるということが大事なんですよね。表情はこうでないとないといけないというのはないので。もちろん、テーマが変われば、もう一枚撮らせてくださいということはありますけど。あの写真に関してはないです」

🌙なるほど。

「きのうも火鍋の店の店内を撮る仕事があって。真ん中に座っている女性が歯をシーシーしているので、なかなか撮れないということはありました。それは、なんでもいいわけではないので」

🌙そういうときはどうするの?

「店員が来て隠してくれるのを待つか、なんですけど。10分くらいぼくがカメラを構えているので、アイツけっこう撮っているんだろうなあ、とまわりは見ていただろうなあ。嫌だなあというのはありました(笑)」

🌙では、5分経ったので、再開しましようか。『キッチンミノルの写真教室』(筑摩書房)、これは何年前ですか?

「3年くらい前だったかなあ」

🌙面白いなあと思ったのは、「アングルとは、文章でいうところの主語に似ています。アングルによって、この写真が誰から見た世界を表しているのかが決まります」という一文を見て、いい文章を書くなあと思ったんですよね。アングルは角度を意味するんでしたっけ?

「僕は、寄り、引きも含めてアングルと言っていて。たとえば一之輔さんの写真集でいうと、落語を演じている一之輔に寄って撮る場合、一之輔さんが写真の主語になるんですよね。逆にお店の店内を写した、引いている写真の主語は、見ているぼくが主語なんですね」

🌙なるほど。あと、ローアングルの写真。思い切り下から撮られている写真がありますよね。

「床にカメラを置いて撮った写真ですね」

🌙それと、子供を撮った写真。
子供の目線と同じところまで屈んで撮るということをされることが多いんだけど、この一枚については自分の目線で撮ったという。被写体が、そのため、見上げる恰好の視線になっていて。「なに!?」と見返しているその子と、キッチンさんとの関係性が見えてきて面白いなあと思ったんですけど。

『キッチンミノルの写真教室』から


「ぼくが立ったまま撮るというのは、ぼくの目線で、相手との距離があり、その間の空気が写るんですよね。思春期になりかけた女の子の緊張感が。
子供を撮るというよりも、あの写真はぼくの感情が見えてきたほうがいいので、屈んだりせずに撮っています」

🌙その「ぼくの感情」というのは、自分を出したいというのともちがうんですね。

「そう。『ぼくの感情』を共有したいということです。これ以上近寄ると、どっかいっちゃうかなあとか。こういう時期あるよねえとか。一種、甘酸っぱい感情を撮りたいんですよね。
で、写真を見た人が感情を共有して、あるある、というような話になればいいという」

🌙なるほど。次々訊いていっていいですか? ヨコとタテ。二通り、同じ場面を撮った写真を並べてあるんですよね。
タテ写真には、鰹節が詰まった箱が写っていて、迫力がある。仕事を見せるということでは、ヨコよりタテだなあと思うんですけど。タテとヨコ、それぞれ撮る際、使い分ける意図を訊いていいですか?

「まずヨコは安心感があるんですよね。テレビも、映画もヨコですよね。ケータイが出てきてタテで見ることにも慣れてきたんですけど。それに対してタテは緊張感があるのと、見える風景が変わりますよということがある。
あと、写真はどうしても、切り取るから四角くなるんですよね。
写真が日本でなかなか売れるところまでいかない理由のひとつが四角さ、硬いんですよね。角(かど)があるために。
それで絵本にするときには、角をなくしているものが多くなる」

🌖へえー、なるほど。

「だからぼくも本にするときには、角の強さを意識しています。とくに『しゃしん絵本』の場合、角があることで絵よりも強いものになる。だけど、やさしさを出そうとすると丸みをつけないといけないので、レイアウトでまるく切り取ったりして。写真のもっているポテンシャルを意識しています。その、だいぶ手前にタテとヨコがあるという感じですかね」

🌙聞いていて、自分がいかに無意識に撮っているのかわかりました。あと、この本の中でこの写真が好きなんですけど。


写真は一個しか言えない


「これは消防の訓練のところに絵本を置かしてもらって撮ったんですね」

🌙写真の中央のところに、本がみえますね。これはわざわざ?

「そうです(笑)。この絵本を紹介する連載のために撮ったもので。この本に載せているのはぜんぶ何かの仕事で撮った写真なんです」

🌙この写真、消防車にカメラを向けながら、車体の一部分しか写っていない。ぜんぶは写さなくともいいという判断が面白い。

「この場合、ホースのラインが面白いんですよ。一回、外に抜けてこっちに水をやっている。だから、僕はこっち(ホースの曲がり)が面白いと思っている。逆に車は邪魔というか。情報を多くすると、こっちに目がいかなくなる」

🌙なるほどねえ。文章を書くときでも、すべてを書き込むよりも、伝えたいところの手前で切ってしまうことで想像をわかせるというのがありますけど。そういうのに近いのかなあ。

「そうかもしれません。ぼくがよくたとえに出すのが、グレープフルーツをくり抜いて、グレープフルーツゼリーを入れるのがあるでしょう。いやいや、グレープフルーツをそのまま食べたらいいだろうと思うんですけど(笑)
そうじゃなくて、グレープフルーツの雑味とかを押さえて、旨味を足して、強調して戻す。それが料理するということなんですけど。写真もそうで、風景を濾(こ)して、言いたいことで会話をしたい。そこで車を入れてしまうと、車がカッコイイになってしまう」

🌙なるほど。

「写真は何でも言えそうなんですけど。一個しか言えないんです。だから一個になるように切っていくんです。だけども、仕事で三つくらい言ってくれといわれることがあるので、そういう場合にはすごい技術が要るんですよね」

🌙カメラマンというか、写真家はみなさんそうやって考えてカメラを構えているものなんですか? 凡庸な質問なんですけど。

「僕は修行をしていないので、ほかのひとのことまではわかりませんけど。考えて撮る人もいるし、そうでない人もいるかもしれない。
というのもカメラは撮れるんですよね。条件さえよければ何も考えなくても撮れる。だから、考えてなくとも撮れることはあります」

🌙なるほど。では、お待たせしましたが、メインデッシュの『ひこうきがとぶまえに』の話をしましょうか。

「ああ、よかった(笑)」

航空整備士の「しゃしん絵本」を出すために、出版社をつくっちゃった


🌙キッチンさんはこの本のために「ひとり出版社」をつくられるんですけど、その経緯から話してもらえますか。

「もともとは『ひこうきがとぶまえに』は、『たいせつなたまご』『たいせつなぎゅうにゅう』と同じ、コドモエ(『kodomoe』)という雑誌の付録だったんですね。それでこれもハードカバーの本にしてほしいと思ったけど、最終的にならなかった。だったら、自分でと」

🌖前々から出版社をつくるというのは考えていたんですか?

「選択肢のひとつとして考えてはいました。このあと林業の本を考えているんですけど、それも5年くらい取材しているんです。でも、なかなか出版社で企画が通らない。編集者には面白いと言ってもらえるんですが、その先がなかなか。2年後くらいに自分で出そうかと思っていたところに、今回の絵本が宙ぶらりんになり、それならと」

🌙『ひこうきがとぶまえに』をきっかけに出版社を立ち上げた。

「そうですね。ただ、問題だったのは、まだ一冊も本を出したことのない、これからのところにJALが承諾してくれるかどうか」

🌙ハードルが高そうですよね。

「だから、考えに考えて広報の人あて手紙(メール)を書いたんです。このままでは、あの本は出ないと思います。だから、ぼくが出版社を立ち上げて出そうと考えています。それはどうでしょうか?  そこで広報からOKの返事がもらえたんですよね」

🌙よかったねえ。

「ええ。ひとによっては、そんなに出したいんだったら自費出版でもいいじゃないかという考えもあるとは思うんです」

🌙出版社をつくるまでせずに?

「そう。でも、それだけど、いろんな人が関わってきたものに対して、ぼくの自己満足でしかない。まず図書館にも入らないし。人が関わるかぎりは図書館には入れたい」

🌖図書館に、というのがキッチンらしいですね。

「たとえば絵描きが絵を描きたいと思ったときに、誰にも止めることができないですよね。とても自由です。それが売れるかどうかは別にして。
出版社の立ち上げは、作品を作る自由を持っておきたい。しゃしん絵本作家のぼくが、本屋さんや図書館に流通する本を最終完成形だと考えたときに、自分が決定権をもつシステムを確保しておきたかったんです。
だから、基本は大手の出版社に企画を持ち込んで一緒に作っていく。なので、日々、うなりながら企画書を書いてはダメ出しをもらい、胃が痛くなりながら書き直しています」

🌙なるほど。

自分に投資する


「ただ、この本に関しては、これだけ取材が出来ていて写真も撮れているんだから、ほかの出版社をあたったら通ったのではないか。そうしないで、出版社を立ち上げることを選んだのは、落合さん(Readin’Writin’ BOOK STORE店主)もそうですけど、自分で投資をして、仕事を作っているのがカッコイイなあと思うんですよね。
多くのカメラマンは、本を出すときに時間の投資はしてもお金の負担はしない。だから、出す出さないは出版社任せになる。あと、どこからかお金を引っ張ってこようというのがフリーランスは多いんですけど。
そういうのじゃなくて、自分が稼いだ金でやる。自分の値段を自分で決める。これはとくに雑誌の世界でいるとやれないんですよね。原稿料は決まっていて、受けるかどうか。日ごろ不健全だ思っていたし、一度自分で自分に値付けしたい。そのチャンスだなあとも」

🌙なるほど。部数、聞いたことを話していいのかなあ。

「いいですよ」

🌙初版2500部。東販日販には小さな取次を間に入れて委託扱い。それ以外の書店は直取引で買い切り。刊行から5か月経って返品が70冊。増刷を1000部決めたというけれど、どこの書店でどれだけ売れているのかはわかってはいない。

「ぼくもよくわかっていないんですけど、売れたらしいことは確かでなんですよね」

🌙カメラマンで出版や書店との取引の具体を知っている人は稀少だと思うんですけど。自分でやってみたら、なんで重版してくれないんだという理由が掴めたとか。

「そうそう。なんで在庫がなくなっているのに重版してくれないんだろうと思っていたのが、戻ってくるんだと言っていたのはこのことか(笑)。あとは、類書を出すでしょう。似たよう本を。これは自分で本を出すまで気づかなかったんですけど、本はシャンプーとかとちがうんですよね」

出版社をやってみて流通の仕組みや本屋さんに対する見方も変わった



🌖シャンプー、ですか?

「シャンプーって、1ダース仕入れたとします。買ってくれる人が3人いて、一人がめちゃくちゃ気に入ったら残りぜんぶ買ってくれるということがある。だけど、本はその人しか買わない。擦り切れるほど読みましたと言ってくれても、それはお金にはならないんですよね」

🌙なるほど。

「しかも、その一人の目にとめてもらうために平置きしないといけないんですよね。
その人が度々やって来ては買ってくれるというのだと棚差しでもいい。毎回初めて手にする人を一本釣りするには、平置きでその本を広告にしないといけない。だから、スペースをつくるために、返品もする。そういうシステムになっているんだというのは、出版社をやってみてやっとわかったことで。
あと、街の本屋さんが、たとえばぼくのこの本を買いそうな人が三人浮かんだとしますよね。でも、3冊を売るためには最後まで平置きしないといけない。そのために多めに仕入れるんだけど、残ってしまう。
何が言いたいかというと、本がシャンプーみたいなものだったら、販売数によって一個の単価を下げられもするけれど、そうはならない。たいへんだなあと」

🌙出版社として、これからは

「一年に2冊くらいは出したいとは思っています。これをやったことによって、考えていた企画が通ったりもしたので、それもやりつつ。まあ、売れないだろうなあというものでも売り方によってはというのもあるでしょうし」

🌙すこし、話が飛びますけど。「赤袋」というのを写真展にあわせて、物販もされているんだけど。あの袋も自作しているんでしたっけ。


「妻がイラストを描いているんですけど、家で布にプリントできるシステムをつくって、ロゴマークを入れて販売しているんですね」

🌙赤袋の話を聞いて面白いなあと思ったのは、整備士の人が腰か何かに下げているんでしたっけ?

「いえ、ビスとか小さな部品がバラバラにならないように入れてパネルのところにテープで止めています」

メモなし。質問しながら撮って覚える


🌙それを気に入って、これは何ていうものですか?とこまめにインタビューしているんですよね。

「そうですね」

🌙カメラマンは撮るのが仕事ですよね。でも、インタビューもする。どのタイミングで訊いているんだろうか。

「写真のいいところは音声が載らないことなんですよね。だから、撮っている間、ぼくはずっとしゃべっています。『何ンすか!?これ』とか言いながら」

(会場 笑う)

🌙メモは取らないの?

「記憶するというか。たとえば、この袋の中にはビスが入っていると言われると、そのビスを撮る。『これですね』と言いながら。
そうすると、ぼくは気合を入れて写真を撮り、気合を入れて訊いているから、写真を見ると思い出すんですよね。
さっきの、もう10年以上前の写真でも見たら思い出す。で、それが間違っていないかどうかはあとで確認しますけど」

🌙メモを取ることは?

「数字とかはします」

🌙数字ね。巻末付録の文章は、短いけどちゃんと話を聞いたんだなあという文章になっているのは。

『ひこうきがとぶまえに』附録頁

「ああ。取材する人がするように、あとで別室で聞くということはしています」

🌙現場で撮っているときには。

「『何スか?』ですね。レコーダーとかは使わないです。でも、興味をもって撮っているので、ああ、これはこういうものなんだというのは人に説明もできるし。逆に、これなんだっけ?と写真を見て考えたりしていたら、おかしいですよね」

🌙まあ、そうか。本でビスをスクリューと書いているのは。

「ああ、これは直されました。僕はいまでもビスと言うんですけど、それはスクリューですと。そういうチェックは何回かしてもらっています」

🌙展示しているところで、赤袋の説明しているのを見ていると、キッチンさんのお気に入りなんだなあというのが伝わってきました。たぶん取材の現場で何度も名前を聞いたんだなあというのも。

「これ、アカブクロですと言われて、最初聞き間違いかなあと思ったんですよ。ほかのものは、インパクトドライバーとか、カッコイイんですよ。だからどういう英語のつづりなんだろう? 三回ぐらい、いろんなところにあるので違うひとに聞いても、アカブクロ(笑)。たぶん昔からそう呼ばれているんでしようね。すげえ語呂が悪いのに」

🌙面白いねえ。あと、この機内の点検をしている写真は脚立とか使って?

『ひこうきがとぶまえに』から

「いえ。カメラを待ちあげて。俺のために脚立を用意してもらうわけにもいかないので」

🌙カメラを構える前にまず全体を確認してから撮るんですか?

「ふだんやっていることなので、あっちから撮るとこうなるなあというのは想像できるので」

🌙けっきょくこれは何日かけて撮ったんですか?

「ぜんぶで3日ですね。このときは、取材の前に機種を同じにしてほしいという要望をだしていたんです。ぜんぶを通して撮るのは難しいですけど、『機種が同じならすることも同じですよね』と確認して。
たとえば、このエンジンを撮っているのが全体を通して撮っている、この機体なんですけど。こっちの奥に一機見えるでしょう。同じ機種で、だけどそっちは国内線で、手前は国際線なんです。国際線はピョイと翼の先が上がっている。燃費をよくするために」

🌙へえー。

「だけど、あの先っちょを写さないかぎりは一緒ですからと教えてくれたんです。なので国際線はこの日に整備を終えて出ていくので、写真もそこで撮っているんですよね。
これはかなりのコミュニケーションをとっていないと意図がその場で伝わらなかったりする。現場でも本当に何回も『本当に(ちがいは)これだけですよね?』と訊いています」

「ぼく、よく怒られています(笑)。でも、気迫は伝わるみたいで」


🌙へえー。あ、もう時間ですね。最後に一問だけ質問したい方がいたら?

質問〇 飛行機の撮影で、写真の説明をされていたときに胃が痛くなったというのはどの場面ですか?
もう一問。鶏が卵を産むところで、カメラの方を向いてくれない。何日粘って、あのカットは何枚ぐらい撮れたのか?

「飛行機の撮影からいうと、実際に運航している機体なので機内に入るのにすごい許可が要ります。かなりの交渉をしてようやく入っていいとなったんですね。ただ、ボールペン1本でも落としてしまうと、X線を通っていないものがあると大問題。引き返さないといけないから」

〇 それは胃が痛くなりますよね。

「落とすタイプなだけに(笑)。
あと、卵のほうはあの一枚だけです。鶏を観察しているといつも同じ穴に入るんですよ。向きも同じで、産むときは反対側を向く。顔をこっちに向けて。しかも朝まだ暗いときなんでピントが合わないんですよね」

『たいせつなたまご』(白泉社)から


「この鶏はこっちを向いて産むというのがわかってきたので、待ちかまえて撮った。この鶏と決めて。この時間になると産むなあというのがあって。それも胃が痛くなるというか。ずっと撮れなかったんですよね。いっぱい羽があるのでピントがそっちになって。で、産むときもポンと落ちるものだからピントを合わせている時間がないんですよね」

🌙もし、撮れてなかったらもう一日いるみたいなことに?

「まあ、そうなりますよね。牛が出産するときの写真もいつ生まれるかわからなかったんですよね」

🌙牛舎に寝泊まりしていたんですか?

「牛は夜産むことが多いんですよね。それで雨の日が多いんですよね。ニオイが消えるかららしいですけど。で、あの日は空港に着いたら、産みそうだからというのでクルマを飛ばして。
『破水して一時間くらいしたら出てきます』と言われるんだけど、破水って?と思いながら待っていたら水が出てきて。その間、夜ライトを当てているんですけど、産れなかった」

🌙ライトがよくなかったの?

「すげえ怒られました。牛も目を血走らせてぼくのほうを見ているし(笑)。破水したと思ってバシバシバシと撮っていたんですけど、じつはションベンだったんですよね。
そういうのもあって牧場の人にえらく怒られて。亡くなることもあるんだからと。でも、その日はもう一頭いて、そっちが産むんでくれたのを見て、狙っていたほうの牛も産んでくれたから、ああよかったと」

🌙話をきいているとキッチンさん、いろいろ怒られてますよね(笑)

「怒られています。でも、気迫は伝わっているみたいで。これで撮れないと。人生賭けてやっていますからと毎回言っていますから。ただ、卵を産む瞬間はスタッフのひとは『鍵渡しておくから』と言われて、ひとりで撮っている。鳥インフルエンザがあるので、外部の人が入ることにはいろいろ厳しいんですけどね」

🌙なるほど。時間なのでこれで終わりましょうか。ありがとうございました。

「ありがとうございます」

【インタビュー後記】
「インタビュー田原町」でよく訊いているのは、メモの取り方です。今回、キッチンさんには取材の際に使っているメモ帳を見せてくださいとリクエストしたところ、ないですとのこと。え?
では、航空整備士の仕事、たくさんの工具についての説明をメモなしにどうやってまとめたのか知りたいと思った。
答えは、なるほど。写真家らしいなあ。背筋がピンとなるというか。一方で、何度聞いてもビスとクチにしてしまうところにホッとしたり。
イベント開始前、写真展に来られたお客さんひとりひとりに「これは、」と写真の説明をしていた熱意も、「何ンすか?」と訊きながら撮ったからなんだろう。
参加者が大人数でなかったぶん、密度の濃い場になりました。なかにはこの場だけの話もあり、この再録ではカットしています。
お読みいただき、ありがとうごさいます!

©️Readin' Writin' BOOK STORE

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