舘野さんはなぜ、きらわれ虫を描くの?
一度観たら固定観念を激しく揺さぶられる!?
話題のドキュメンタリー映画『うんこと死体の復権』(関野吉晴監督)にも出演されている絵本作家の舘野鴻さんと、前田亜紀プロデューサーをゲスト。
8/17(土)
浅草・Readin’Writin’ BOOK STOREにて行った、“インタビュー田原町・番外編”(前半)の記録(13000字)です。
ちなみに虫の話がたくさん出てきます。進行役は、虫が大の苦手です(苦笑)
ゲスト対話者
舘野鴻さん
(絵本作家
『うんこ虫を追え』など)
×
前田亜紀さん
(『うんこと死体の復権』
プロデューサー)
+
朝山実
(進行・構成)
✒️客入り後、開始前の雑談から
席に座ると舘野さんは鞄から「薫る昆虫」を入れた小さな透明容器をだし、身を乗り出す最前列席のお客さんに見せている。
掘り出し物を自慢する童のようなホクホク顔で、これからトークをするという緊張感がまるでない。おもしろいひとだ。
容器から人差し指の第一関節くらいの虫をつまんで、隣に座る前田さんの前にさしだす。
「あ、ほんとうだあ」
前田さんは素直だ。
「ね。すこしだけ、香ばしいでしょう」と笑みを浮かべる舘野さん。
━━どんなニオイがするんですか?
「桃とか、コパトーンのような甘い匂い」
鼻を近づけていたお客さんから「目をつぶって嗅いでみるといいいですよ」
??嗅ぐ、ということ。ワタシが? 標本ではなく、うわあっ! 動いているじゃないの。
━━目を、閉じる?
「そう。ちょっとずつ、歩み寄るというのも大事ですよ」
舘野さんにそう言われると、仕方ない。目をつむると逆にコワイので、見ながら鼻をちかづけてみる。
━━無臭ですね。
「もっと勢いよく、すってみて」
スーッとしてみたら、ビミョウに臭う。コパトーンが何かわからないけど……。
━━うーん、ニオイますが……これ何のために臭いを放つんですか?
「オスしか匂わないので、メスを呼ぶんでしょうねえ。あ、こういう話はあとにとっておいたほうがいいんだっけ?」
━━なんとなくなかんじで、いいんじゃないですか。
「えっ。むしろムシの話はいまのうちに出しちゃったほうがいい?」
━━気にされないで、いいですよ。
「いま、マイブームがカメムシでして。見つけたら、とりあえず嗅いでいて」
━━カメムシというのは、臭いんですよね、たしか?
「それがねえ。種(しゅ)によってちがっていて、なかにはチョコバナナのようなのもいるんですよ」
「えっ!? すごい、人工的じゃないですか」と前田さん。
「でも、いるんですよ」
この間、容器は会場前列のお客さんのところを回っていた。前列に座る、ありがたい特権?
舘野さんに訊かれたくないことはありますか?と問いかけると、何でも大丈夫という。開演までまだ10分ほどある。
「これ、昨日描いてきた新作なんですけど」
と、ポストカードサイズの額縁に入った絵を見せられる。「美しいでしょう」と。
事前に、舘野さんには企画者のアサヤマが虫ぎらいというのは伝わっていたからだろう。見えるか見えないかの距離のテーブル上に、そっと立てかけた。
容器を戻しがてら、絵を覗きこんだ女性が「ああ、きれい。なんていうムシなんですか?」
「でしょう。クロゴキブリ、です」
アハハハハ。聞きつけたお客さんの視線が集まる。「カワイイ」という声も。
「ね」と舘野さんは満足気だ。
「美しいんですよ。わかってくれよ、ですよね」
「まあ、動かなかったらねぇ」と前田さん。
「たしかにねえ」と舘野さんが同意する。
「もうすこしゆっくり動いてくれると。だけど、うちは滑りやすい床なもので、アクセル全開で逃げようとしてホイルスピンしているところを、パシッ!!(笑)」
虫がキライは、おもいこみ?
コワイものみたさで、額に手を伸ばしてみた。
5㎝くらい。白い紙の右端に、昨晩見かけたばかりの類のがいた。
けれども何か違うものに見える。なんで、だろうか。
━━これは何を使って描かれているんですか?
「透明水性です。水彩絵の具なんですけど、色を重ねるほど黒くなるんですよね」
━━そうなんですね。で、この伸びたヒゲというのか長い触覚なのか、あと、翅(はね)のあわくて細い線は筆ですか、エンピツですか?
「これは事前にエンピツでうすーく描いておいて、そこに色をつけていくんですよね」
━━エンピツで下絵を描いて、筆でなぞる? エンピツはあとで消すんですか?
「消さないです。ええ。だから、消しゴムは持ってない」
「ええっ!? そうなんですか」前田さんも驚く。
━━それは、流儀?
「というか、私の先生がそういうふうに言っていたので。なんていうとカッコイイんですけど。まあ、使うときは使います」
━━どっち?
「基本的には使わない。きょうもこの前に子供向けの教室をやってきたんですけど、そういう場では使いません。いいカッコウをしないといけないから(笑)」
「ということは、」と前田さん。
「間違えたら、間違えを残しておきなさい。自分が納得できる線を描けるまで見極めなさい。うちの師匠は、そう言うんですね」
━━いまね、じっと眼を近づけて見ていると、翅の一本一本の細い描線がきれいだなあと思えてきたんですね。画を遠ざけると、アレ?なんですけど。近寄ると一瞬、忘れそうになる。
「おお、素晴らしい!!」と手を叩く舘野さん。
「そうなんですよ。コワイとか嫌いというのは、あとから刷り込まれていったものだから。だから、うんこでは前田さんも苦労したと思いますよ。ねえ?」
「はい。そうでした」
「あれっ、これも後にとっておかないといけないんじゃないの?」
ここまでのやりとりは、すこしざわざわした開演前。二階席のひとには聞こえていなかったのではないかとおもうので再録してみました。
「前田さんは、虫は?」と客席からたずねられ、「私は大丈夫なんですよね」と答えていた。
ちなみにゴキの画は、舘野さんが害虫イベントのために描き下ろしたもの。しかも昨日描いたデキタテほやほや。それを持って来られたというので、舘野さんの承諾を得て会場のお客さんに手渡しで巡回してもらうことにした。
━━ふだん目にするゴキは、一色の黒光りしたのを記憶しているんですけど、さっき見たのは、とくに翅の部分は繊細な色をしているんですね。これは別種類なんでしょうか?
「それこそ、ひとの印象ですよね。そんなふうにじっくり見るということをしないから。
たとえば、いま私が手にしているこの団扇(うちわ)にしても、平べったいモノ。だけども描こうとして見ると、何本あるのか、この竹(骨組み)の数をかぞえないといけない。扇をしている竹と竹の間隔もちがうし、材質は? どうやって作ったんだろうか。誰が、という物語がみえてくるんですよ」
━━そうなんですか?
「ゴキブリにしても、何でと思う。あれ(甲羅の形をした翅)にも、ぜんぶ脈があるんですよ」
━━ミャク、ですか。
「そう。だって、この団扇にしても、ただペラペラ紙を張り合わせただけだと破けてしまう。竹があるからパタパタできるんですよね。昆虫も、脈があるから風をとらえて飛べる」
━━ほおう。
「すごい仕組みですよ。しかもきれいにカーブしているんだから」
話しているところで一階席を巡回しおわった画が戻ってきた。女性のお客さんから「実物に見えました」と感動気味に言われ、「そうであってほしいんですよ」と舘野さん。
「本当に上手い人というのは、パッと見てゴキブリとわかるように描くんです。でも、私のは、よおーく見たら、一本一本の線から造形美、機能美が見えてくる」
不思議そうに女性が「ほんとうに、これ、ゴキブリなんですか?」
「そう。きのう、うちのゴキブリホイホイにかかっていたのを、あわてて描いた。もう死にゆくクロゴキブリに、すまん! と言いながら。まあ、見方によっては優雅にもなる。
いつもみんな、気持ちわるいと言うんだけど、ちょっとした意識の持ち方で変わってきたりするんですよね。
いま養老(孟司)さんのところで展示(※鎌倉文華館鶴岡ミュージアムにて9/1まで「蟲(むし)??? 養老先生とみんなの虫ラボ」展を開催中)をやっていますけれど、養老さんの本で『バカの壁』というのがありましたけれど、あの壁は人の思い込みですよね。私は、これは嫌いというのも。
ハエが肢(あし)をする仕草を見ていると、なんだか違うもの。人間に近いものを感じたりするんですよね」
アサヤマが二階席に画をもっている間。前田さんが「最近はどうしているんですか?」と訊いていた。
ヘクソカズラと、サオトメカズラ
「こないだ小峰書店というところで『どんぐり』という絵本(どんぐりが落下してからの森の一年の文章のない物語)を描いて、やっとムシから解放され、植物を描くことになったんですよね。
私だってわかっているんですから、どれだけムシの絵本を売るのに苦労してきたことか。もともとの『しでむし』(偕成社)なんかは、誰かが死んでくれることで生きていける。考えてみたらヒサンな話ばかり描いてきたんですよね。
『どんぐり』も、一個一個は生命の可能性をもっているわけですよね。落ちているすべてに。
だけども粗末に扱われがちなんですよね。子供たちが投げ合ったりして。
生まれてきたからにはぜんぶ芽をだす可能性をもっている。だけども、芽をだす前に動物に食われていったりする。そういう(視点から)、どんぐりを描いたんですけど、次はヤマユリを描こうとしている。きれいなアゲハチョウが飛んで……」
ここでお客さんが入ってきて、前田さんが舘野さんが描いたムシのポストカードを説明しながらトランプのババ抜きふうに選んでもらい、話がその一枚の絵の話にそれてゆく。
「で、ああそうそう。この『うんこ虫を追え』を本にするときに、表紙のまわりにあるこの草、これは何だという話になったんですよね。どうですか、わかりますか?」
会場に訊くと、「へくそかずら」という少年の声。
「あっ、もう答えがでちゃったなあ」
ちょっぴり残念そうだ。
「そう、ヘクソカズラ。どうしてそういう名前なのかというと、葉っぱをちぎると、もうすごい臭いんだよね。
だけど別名が、サオトメガスラ。花を嗅ぐと、甘い香りがする。このギャップ、いいでしょう。まさにうんこにたかる、宝石」
開演3分前。ここで会場の参加者に、虫がダメな人がどれだけいるのか訊いてみたところ、22人中6、7人くらい。
舘野さんが胸を張る。
「アサヤマさんは、今日は少数派だよ」
アウェイだなあとつぶやくと、「そらあ、そうでしょう。ゲストが舘野鴻なんだから」と嬉しそう。というところで定刻になった。ここから本編トークに入ります。
━━進行役のアサヤマです。これまで12回やってきた「インタビュー田原町」ではノンフィクションの書き手をゲストに、どのように取材し書いているのかを聞いてきました。
今回は絵本作家ということで番外編としていますが、最新作の『うんこ虫を追え』を読むと長い期間をかけて観察した絵本で、観察するというのはルポルタージュの取材現場に似ている。というので舘野さんにゲストに来ていただきました。
もうひとり、映画プロデューサーの前田亜紀さんにもゲストで来てもらっていますが、自己紹介をお願いできますか。
前田 この映画(『うんこと死体の復権』のチラシを見せながら)のプロデューサー兼現場担当として、関野吉晴監督と同行しながら、舘野さんのところにも通っていました。
それで、今回のこの企画は、映画の試写会にアサヤマさんに来てもらったんですが。帰られるときに、どうでした?と聞いたら、『うーん、、、面白かったです』と暗い顔をして帰られたんですね。
そのあとメールが送られてきて、いかに自分はこの映画がダメだったのか。長文の。それがすごく新鮮だったんですね。
ほめてもらうのはとっても嬉しいんですけど、こんなに虫が苦手な人がいるというのが驚きでもあり、虫ぎらいの目で見てどうかというのを記事に出してほしいとお願いしたら、『いやあ、それも、、』というやりとりがあって、いろいろあってここに呼んでもらえたということなんですよね。
━━このためにポレポレ中野に映画を観に行ったりして。おれ、虫きらいなんだけど、、なんで嫌うのだろうかと考えこんだりして。おとなの態度で『面白かったです』と言って終わらせたらよかったのかなあと反省しました。
前田 それで、この映画は関野吉晴さんの初監督作品で、私は、現場では関野さんを横からフォローする。なので、直接的には舘野さんを取材したことはなかったんですね。
それでアサヤマさんから、現場で訊きたいと思ったことがあったけど、ということなら一度対話してみませんかと声をかけていただいたんですね。
舘野 ああ、そういうことだったんですね。
━━舘野さんはもしかして、きょう、自分が何を話すのかというのは?
舘野 いや、何もないです。その場でいつも対応する。ノープランです。
━━そうなんですね。では、あらためて前田さん、お願いします。
撮影日誌を見返すと、なぜか、、
前田 私もつごう舘野さんのところに3年くらい通ったんですけど。関野さんは『グレートジャーニー』というテレビ番組を観られた人はわかると思うんですけど、8年3ヵ月かけて逆ルートで、南米最南端からアフリカまで辿った。その8年で何を得ましたか? と聞いたら、関野さんがすごいのは、『風が強かった』
舘野 らしいねえ(笑)
前田 つまり、そこから人類は風とともに拡散していったのではないのか。そう読み取れるんですよね。勝手な読み解きとしては。
舘野 関野理論。
前田 それはあるかなあと。
舘野 そうなのかあ、と聞こえてしまう。たまに、錯覚かなあと思うんですけど。映画を撮りに来ているんだけど、そういう雰囲気がまったくない。遊びに来ている。『これ、面白いねえ』『これ、どうなっているんだろう?』と、話が常に脱線していくんですよね。で、私の前田さんに対する印象は、ずっと関野さんを怒っているんですよ。
前田 ええっ。怒ってないですよ。
舘野 怒ってるよ(笑)
前田 まあ、たまーに足を踏みたくなるときはありましたけど。
舘野 だから、いつもイライラしているんですよ。
前田 そう見えていましたか。
舘野 そう。関野さんをコントロールしなきゃという。関野さんも、『マエダアキにまた怒られるからねえ』と言うんですよね。
前田 それは、現場で言ってましたね(笑)
でも、それは仕方ないんですよ。関野さんは、自分が撮られることはあっても映画の監督はやったことがない。だから、それは映像としては伝えづらいですよ、というやりとりをしていたんですよね。
舘野 だから、余計な映像はいっぱい撮れていたでしょうねえ。だって相当、通われていたから。
前田 まあまあ。私の初監督映画が『カレーライスを一から作る』という映画を1年かけて、関野さんの大学の授業に通って作った。このときに思い知ったんです。
関野さんは、時間の感覚がまったく違う人なんだと。あのときと同じことをまたしたら、これは私がこわれると思ったんです。だけど、企画としては面白そうだなあ。で、やってみたら、やめたくなるわけですよ。
舘野 ハハハハ
前田 なぜかというと、パンフレットに撮影日誌というのを書いているんですけど。これ、じつは72時間だったかな、映像をぜんぶ紐解いているんです。
文字にしたときに、ひどいなあと思ったのは、2020年に取材が始まる。まず8月30日、次が9月22日。ここでピタッとロケは止まるんです。
舘野 そうだったねえ。
前田 再開するのが、翌年の11月。つまり1年以上、空いている。
舘野 だから、俺はもうなくなったんだと思っていた。関野さんの、とっかかりがルーズなんですよね。
『舘野さん、しでむしの本、読んだんだけど。観察してもらえませんか』って。ええっ!? もう『しでむし』(偕成社)の本は2007年から1年くらいかけて描き終わっていたので。だから一度お断りしたんですよね。
うんこと死体というのなら、一番うんこに関心があった時期だから。なのに、また過去に戻ってくれって嫌じゃないですか。
前田 たしかにね。同じことをするのは。
舘野 だけど、あのひとはしつこいんですよ。マウスの死体をもってやって来て、『舘野さんがやりたくないのならボクがやりますから』って、植木鉢の観察装置を作りはじめるんだよね。
その、けなげさを感じるというのか。仕方なしに、やりましょうかとなるんだけど、それがワナだった。というのが、こないだトークショーをときにシメシメという顔をされていて。
前田 そうでしたね。
舘野 やりましょうと言ったはものの、なかなかやる気が起きないんですよね。『しでむし』の絵本はヨツボシシデムシの話なんですけど、観察したのは春の繁殖期の4月から6月上旬まで。その間は相当調べたから、もう終わったとしていたんです。
おれの人生、なりゆきだから。
ここから先は
¥ 300
最後までお読みいただき、ありがとうございます。 爪楊枝をくわえ大竹まことのラジオを聴いている自営ライターです🐧 投げ銭、ご褒美の本代にあてさせていただきます。