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『五香宮の猫』のポスター貼りのお願いで町をまわる、想田和弘監督に話をきいてみた


映画は10/19(土)~
[東京]シアター・イメージフォーラム、[大阪]第七藝術劇場、
10/25(金)より[岡山]シネマ・クレールほか全国順次公開


ドキュメンタリー映画をめぐる、ざつだん的インタビュー

「何で好きなのか? あらためて考えると、何でだろう…」



コロナ堝で27年間暮らしたニョーヨークを離れ、プロデューサーでもある妻と二人して瀬戸内の港町・牛窓に移住した。『選挙』『精神0』など、独自の「観察」手法でドキュメンタリー映画を撮ってきた想田和弘監督の10作目『五香宮の猫』が10/19から、東京渋谷・イメージフォーラムほかで公開となる。

五香宮(ごこうぐう)は、古くから牛窓の高台にある神社で、「猫神社」と呼び、わざわざやって来る人たちもいるくらいノラたちが集まる場所でもある。
この神社を中心に猫と、猫を見守ろうとする人たち、神社の雑草を摘み植栽する人たち、未来を担うであろう健やかな子供たちにカメラを向けている。

通常ならば最新作の核心を掘り下げるものなのだが、それはまあちゃんとしたメディアの人たちにおまかせ。想田監督にはこれまでも幾度かインタビューもしてきたけれど、今回、映画が公開されるまで監督がSNSを使って発信していたある活動を中心に話をきいてみたくなった。
写真館、理髪店、食堂、ガソリンスタンド、カフェ、鮮魚店…
牛窓のお店を一軒一軒めぐり、ポスターの掲示とチラシを置いてくださいとお願いする。その場の写真がなんだかとっても愉しそうに思えたのだ。
で、インタビューを申し込んでみた(2024.9 取材場所は新宿.東風)




話すひと=想田和弘さん

聞くひと=朝山実(構成)

━━想田さんのX(旧Twitter)を見ていたら、あるとき(8月中旬頃)から、お店にポスターとチラシを置いてもらうことを始めていた。人がちゃんと写る。場所の空気が感じられる。一軒一軒、お店の人たちの写真を撮って載せられたのが新鮮でいいなあと思ったんですね。
今年、ポレポレ東中野でロングラン上映になった『映画 〇月〇日、区長になる女。』を撮られたペヤンヌマキ監督が、自主配給というのもあって自作の映画を宣伝するのに、サンドイッチマンみたいにしてダンボールにポスターを貼って肩から下げ、映画館近くの各地の駅頭に立って宣伝されていたのを見て、面白いなあと思ったんです。
ペヤンヌさんは演劇の演出家でもあって、こうすればお金をかけずにやれると面白がっていて。そうしたら手伝う人が現れる。
映画監督が行きつけの居酒屋さんにポスターを頼むというのはよくあることでしょうけど、想田さんは魚屋さんとか商店を回られていたのがユニーク。なんでまた?と思ったんですけど。初めての取り組みですか。

想田和弘監督(撮影©️朝山実)


想田さん(以下略
)「そう。初めてです。今回しようと思ったのは、地元だから。
これまでの作品では、撮影地に住むということはなくて。ずっとニューヨークだったので。
今回は牛窓に住みながら、牛窓の神社を舞台にした映画を撮ったということもあって、こういう映画が出来ましたというお披露目の意味と、できれば、牛窓のみんなの映画になっていったら理想的だなあというのもあって。
とはいえ、最初ちょっと抵抗はありました」

━━どんな?

「それは、まあ、ひとに何かを頼むのというのは緊張しますよね」

━━監督やっていても?

「緊張しますよ、やっぱり(笑)。だから最初は臆する感じがあったんですけど、でもやってみたら楽しかったんですよね。思った以上にみなさん目を輝かせてくれて、ぜひぜひと積極的にポスターを貼ってもらえるし、チラシを置いてもらえる。予想以上に喜んでもらえるんですよね」

━━スタートはどこだったんですか?

「投稿の順番どおりなんですけど(ノートパソコンで調べる)」

━━映画監督に言うことじゃないですけど、ワンショットの表情がいいですよ。

「アハハハハ。ありがとうございます。撮っているのはぜんぶ僕でもなくて。最近僕がこうしてキャンペーンで出かけることが増えてきて、キヨコさん(プロデューサーで妻の柏木規与子)がひとりで回って、どことどこにお願いしてきたよと送ってくれるのを僕がアップするということもしていたんですよね。で、彼女が撮るのがけっこう上手いのでびっくりしました」

━━そうなんですね。

「あ、ここから。マサモトさん。写真屋さんから始めたんですね。ここは牛窓の老舗の写真館で、白黒の写真がいっぱい残っている。マサモトさんのお父さん、お祖父さんが撮っていたんですよね」

━━学校の写真とか。

「そうそう。あと、昔は花街があったんですよね。花魁(おいらん)とお客のツーショットとかも撮っていたらしい。すごく栄えていたんですよね、牛窓は。万葉集の中にも出てくるくらい、かつては海運の要衝でもあったそうで、江戸時代くらいまでは岡山市に次ぐ経済の中心だったそうなんです」

━━へえー。お店は想田さんがふだん利用しているところですか。

「そうですね。利用しているお店ですね」

↑地元、牛窓での想田さんたちの映画ポスター貼りのスタートとなった写真館
以下、アトランダム(順不同で一部)に想田さんのX(旧Twitter)から写真をお借りしました
撮影©️は想田監督+柏木規与子プロデューサー


「じつは写真を撮ってアップしようと思ったのは、お店のことも紹介できるかなあ。映画の宣伝をしてもらうだけではなくて、僕が投稿することによって、こういうお店があるんだと知ってもらえる機会になったらいいなあと」

━━それは想田さんの発案?

「そうです」

━━これまで、牛窓と聞いても、想田さんが前に撮られていた『牡蠣工場』とかの風景の記憶があるだけで。すこし寂れた港町という印象だったんですけど、庶民的な定食屋さんに混じってカフェとかもあって、よさげなところだなあ。昔、ディスカバーなんとかというのがありましたよね。旅情を誘う。

「アハハハ。僕も、まずリストアップしてみて驚いたんですよね。こんなにイッパイお店があるんだ。ふだん何もないところだと言ったりするけど、リストアップして、回ってみたら、こんなにもというくらいお店や施設がある。これらがないことには僕らの生活が成り立たないんだということを再発見するというか。そういうプロセスでもありました」

━━カフェも、チェーン店にはない単店舗の素朴さとオシャレさがありますよね。

「そう。そうなんです。というのも、最近は移住者も増えているんですよね。若い世代の。その人たちがカフェとかレストランとかを始めていて。だから古い町並みの中に突然、都会的なお店が出現する。シェアハウスをやったり、一日一組限定の旅館をやったり」

━━それは新しく入ってきた人たちが。

「移住して来られた人たちです。たとえば、僕らがお米を毎月届けてもらっている農家さん。ええ。米屋さんではなくて、農家。それもウチのすぐ近くの田んぼで育てていて。無農薬。そのお米がすごく美味しいんですよ。
その米農家さんは、元ロンドンでDJだったひとで。日本人ですけど、家族で牛窓に移住して、有機農業をやっているんですよね」

━━へえー。移住して農業を。

「あと、定期的に野菜を届けてもらっている野菜農家さんがいて。その方は南米でサッカー選手だった。そう。プロです(笑)
引退して、しばらく東京でアパレルの仕事をやられていたそうなんですけど、自然農をやりたいといって家族で牛窓に移住された。見晴らしのいい畑で作った、すごいオイシイ野菜を僕らは二週に一回お任せパックで、そのとき採れたものを持ってきてもらっているんです」

━━へえー。その人たちも、ポスター貼りで訪ねていった中に登場してくるんですか?

「この中には出てこないですね。お店を構えていたりするわけでもないので、ポスターを貼らせてもらうというのはしていないんですよね。
ああそうか、でも、その方々に出てもらうというのも確かにありかもしれませんね(笑)」

━━想田さんは、移住者の中では新参組?

「どっちかというと、新参かな。移住の波は十年前、東日本大震災以降に起きて、コロナ禍でまた加速したのかもしれない」

━━映画を観ていると、移住者が増えている、そういう印象はあまり抱かなかったんですけど。どちらかというとノラ猫が集まる神社を中心に、高齢者の多いムラ社会の話ですよね。いっぽうで、子供たちの元気な姿もあって。けっこう小さい子がたくさんいるなあと。

「たくさんでもなくて。10人ぐらいかな、一年生は。映画に出てくるのは地元の小学校、牛窓東小学校というのがあるんですけど。一学年一クラスなんです」

━━子供と想田さんが話しているのがいいんですよね。ノラの耳を指して、なんで耳が切れているのと訊く。想田さんがカメラ越しに、去勢手術を受け、そのかわりと説明するも彼女は納得せず、うーんと猫を見ている。

「納得しなかったですよねえ。それで僕も、ハッとしました、彼女が言ったことには。そうなんだよなあ」

━━なんで仔猫が生まれたらいけないのかわからないという。この子たちが大きくなって、また新しい社会の価値観をつくりだしていくのかなあと。
いまは保護しながらもノラを減らす方向にあるけれど、それが正解なのか。猫がこの神社から姿を消すことが果たして……。彼女の納得できないという言葉に考えさせられますよね。

「そうですよね」

保護のためボランティアの人たに捕獲された猫たち
『五香宮の猫』から。以下同
©️2024 Laboratory X, Inc
猫の耳について問いかける女の子と撮る監督と、ノラと。

━━子供たちを撮るときは、いつもどうされているんですか? 猫もそうですけど。とても自然ですよね。パッと見つけたら近寄っていくんですか。

「そう。パっと見つけて(笑)。『撮ってもいい?』と訊くんですけど、逃げられたことはないなあ」

━━東京だと、ひとりで撮っていると警戒されそうじゃないですか?

「ハハハハ。いちおう、あとで親御さんを探して連絡を取って、許可をもらっています」

━━撮影後に?

「承諾を待っていると瞬間を撮り逃してしまうので。本人に『映画を撮っているんだけど、撮ってもいい?』『いいよ』と言われたら撮らせてもらう。
そのあとで『お父さんお母さんに連絡をとりたいんだけど、どうしたらいい?』ときいて。あの子の場合は、ちょうどあの子のことを知っている大人のひとが通りかかったんですよね。その方を通じて親御さんにコンタクトをとったら、じつは以前『牡蠣工場』のときに撮らせてもらった方の娘さんだった。当時彼女はまだ生まれてなかったんだけど」

━━へえー。あと、神社の石段を利用して、ジャンケンをしていた子供たちがいたでしょう。パイナップルとか、グリコとか言って。子供の頃にやっていたなあ。まだこういう遊びが残っているんだねえ。

「そう。あんな古典的な遊びをしているんだというのは、僕もびっくりでした」

━━それから、キザキさんというひとでしたか。神社の猫たちに餌をあたえている人たちを横目に、ひとり境内で植栽していく。一見気難しげなお年寄りに見えたんだけど、カメラが寄っていくにつれ、柔和な笑顔で会話が始まる。いい笑顔でしたね。とくにアップがよかった。

「いいでしょう。でもアップはねえ、いままでの映画でもそれなりに撮っていたんじゃないかなあ。『港町』という映画の中で、ワイちゃんのクローズアップはけっこう撮っていたと思います」

━━ごめん。ああ、そうかあ。でも時間とともに忘れちゃっていくのかもしれない。で、そのキザキさんの話がすごくよくて、88歳といったかなあ。昔、戦時中に東の方を向いて45度に背中をまげて礼をしたんだ。当時はよく意味を理解していなかったけれどと話す。

「最敬礼ですよね」

━━おだやかに当時の記憶を話されながら、猫の話題になると、「あんまり動物は好きじゃないんです」。あ、好きじゃないけど、調和をとろうとされているんだなあというのが伝わってきて、あとキザキさんの人生の一端もうかがい見えていいなあと。

「ありがとうございます」

━━想田さんは、キザキさんもそうですけど、カメラを向けながら相手の名前をきいて呼びかけるんですよね。

「そうですね。それは、たとえば『あなた』とかいうのは使いにくいですよね、日本語として。だからいちばん丁寧なのは、名前で呼ぶことかなあと」

━━いつもどのくらいしてから名前を訊ねるんですか。

「途中で、かなあ……。『お名前をうかがっていいですか?』とか。要するに何て呼んでいいかわからないときに『おじさん』『おばさん』と言うのも、僕は気が引けるところがあるものだから。そう。ふだんからそうしているんだろうなあ…」

━━今回の映画は最初、猫が主人公って、ずるいなあと思ったんですよ。

「アハハハ」

━━だけど二回観て印象がだいぶ変わったんです。とくに釣り場に集まる猫たちにカメラを向けていた男性。想田さんは、どんどん近寄って話しかけていく。映画を撮っているということもあるからでしょうけど、会話が面白くなるんですね。

「ええ。面白かったです、僕は(笑)」

神社の石段を降りると、釣り場。釣れた魚を目当てに猫たちが集まる
「猫神社」とも呼ぱれる


━━釣り場から神社の石段を登って移動するのにもついていく。人づきあいが苦手なひとで、だから猫にだけカメラを向けているんだと思っていたんですが、それはちょっと早計な決めつけだなあと考えなおしました。

「4月に出演者のみなさんだけをご招待して、牛窓町公民館で試写会をやったんですね。そのときにナカツカさんとおっしゃるんですけど、彼も来てくださって。
映画の中では、(僕が)映画を撮ることでこの場所が広く知られることになるのはよくないとナカツカさんは言われてたんですけれど、彼は今回映画を観て、考えが変わってきたという」

━━へえー。

「この映画を観たら、ここに猫を捨てに来るのは間違っている。そんなことはしてはいけないんだと思うから、そういう意識を広めるのにはいい映画かもしれない。そう言ってくれたんですよね。
だから、自分の意見に固執するというタイプの人ではない。映画ともコミュニケートするし。結果、考えが変わったということを言うことに臆さない人だなあと思いました」

━━なるほど。村の寄り合いの場面を見ているとノラ猫ひとつとってもフン問題があって猫嫌いの人もいる。それで反目するのかというと、いやいや、住民同士が歩み寄ろうとしている。そうかと思うと、昔ながらの「男社会」「村社会」なんだなあというところもあって。会合で女性は末席に控えるとか。

「伝統社会ですからね。男女の役割に対する考え方もそうですし、そういうことに疑いを抱かずにやってきたんだろうなあというのも。中心になっているのが70代、80代、90代だったりする。70は若手。僕なんかはいちばん若いほうかなあ。
で、ジェンダーに対する考え方は、たとえば五香宮で行われるお祭りのときにはスーツの男の人たちばかりが揃うんですよね。
なぜかというと、牛窓にはいくつかの地区があって、五香宮は本町地区の氏神様。ほかにもいろいろ地区があって、それぞれの自治会長、神社の総代が集まる。必然的に集まってくるのは男になる」

━━なるほど。寄り合いで神社の寄付をめぐる議題をおえたあと、キヨコさんが神社の境内に集まる猫たちを捕獲して去勢手術をしてもらって放つという活動の説明をする場面がありますよね。男衆の中で女性は数人、アウェイ感のある末席から、今日はその話をさせていただきますという意気込みが伝わってくる。男衆からしたら、なんか言いよるなあという。

「アハハハハハ」

━━猫に餌をやる人たちと、フンにイライラしている人たちの微妙な空気というか。

「そうです。キヨコさんはあそこではかなりの勇気を振り絞って話していたと思います。そもそもあの寄り合いは役員会。役員が参加する場であって、キヨコさんは役員でもないし。
役員会で猫のことを議題にするというのは聞いていたんですよね、区長さんから。ああ、自治会長のことを『区長』さんと呼んでいるんですけれど。
それで、わたしも出て話を聞かせてほしいというので参加していたんですよね」

━━牛窓はキヨコさんの実家になるんでしたか?

「彼女の母親の実家ですね」

━━そうか。そこで生活しようと。

てんころ庵に集う女性たち。みなさん、元気(笑)
マンションはない。家々をまわり、賑やかな囃子の音とともに、軒先で子供たちの頭にかぶりつく獅子舞い。

「牛窓に住んでみて、わかったのは移住者と昔からの住人とが交わることが少ないんですよね。それはあまりにも文化がちがうからかもしれない。おたがい交わろうとは思っているんだけれど、なかなかそういう機会がないんですよね。
たとえば移住者がたくさん参加するようなイベントに地元の人たちは来ないし、地元の人のイベントには移住者は来ない。避けているわけではなくて、文化がちがうんですよね。ただ、キヨコさんは両方と交わろうとする。

たとえば映画に出てくる女性たちの寄り合い所は、80代、90代の女性が中心。もともとは生協の日が毎週水曜にあって、そこに集まっていた。それプラス、みんなでご飯を作って食べたり、体操したり、雑談したりするサロン的な場所。
そこにキヨコさんは毎週水曜日におじゃまして、指体操を一緒にする。そういうのを移住して間もないころから始め、ずっとやっているんです」

━━へえー。

「それはこの映画を撮るうえで、すごく助けになったところです。僕ひとりだったら入っていけないような、あの会合もキヨコさんが毎週参加しているから自然に撮れたというのはありますよね」

━━さっき言われた、新しく移住してきた人たちがやっているお店とかに地元の人は行かない?

「あんまり行かないかなあ。行く人もいると思いますけど。たぶん、価格帯もちがうんですよね。新しいお店は、値段設定は都会的というか。たとえば『てんころ庵』という女性が集まる場所でお昼をつくって、それ食べたいという人からもらうお金が百円、二百円。
そういう感じなのに対して、移住者がやるお店は生活するためにやっているので、そういう風にはならないですよね。あそこは高けぇなあ(笑)とか言うわけですよね。
いっぽうで新しいお店は、観光の人が利用しているのかなあ。観光バスで来る人たちも多いんですよね」

━━牛窓は観光地なんですか? いまさらですけど。

「風景はいいし、食べ物は美味しいし。で、旅館とかリゾートホテルもありますから。観光協会もあります」

━━そういう観光地のイメージをもたなかったんですけど、そうか、だから女性で、遠方から猫に癒されに通っていますという人がいたり、『猫神社』として売り出していこうと提案する人がいたりするということなんですね。
それで、あの神社を中心にした世界に絞り込んで撮られることにしたのは?

「たとえば、以前『牡蠣工場』と『港町』、同時期に牛窓で撮っているんですが、なぜ二つの作品に分けたかというと、まったくちがう世界を撮っていると思ったんですね。
『牡蠣工場』は現代、『港町』は近代以前の世界を描いている。
そして今回は、五香宮を中心にしたコスモロジーみたいなもの、コミュニティの真ん中に五香宮がある。その中を深堀していったほうが面白い映画になるだろう。
だから、観光地の景色は入らない。半径200㍍から出ていないんですよね、ほとんど」

━━なるほど。

「実際、僕らが住んでいるのもあの神社のすぐ近くなんですよね」

━━想田さんは、今後も牛窓に定住される?

「そう。そのつもりです」

━━年齢的に、最後に暮らす場所のことを考えるんですけど。ここ、よさげだなあと。

「めちゃくちゃいいですよ(笑)」

━━わたしの弱点は、虫なんですよね。だから田舎暮らしは選択外だったんですけど。

「虫は、いますね。ムカデとか(笑)。虫なんて、でも慣れますよ。慣れます。
そう。僕は年をとるのが、牛窓で暮らすようになって、こわくなくなりましたから。
まず、お金がかからないですし。物価が安い。たとえば中古住宅も安く買えるし、持ち家があれば家賃がかからない。
いま暮らしているのは借家なんですけど。それプラス、仕事場を別に借りて、さらにもう一軒、中古住宅を買ったんですよね。これは猫のことで、そうせざるをえなくなったんですが」

━━ノラに居場所を与えるため?

「そう(笑)。あと、キヨコさんも自分で蔵を借りて、太極拳の道場を設立して教えているんです。
でも、これを都会でやろうとしたら、ものすごいお金がかかる。だからその家賃を払うために働いているんじゃないかという気持ちになりそうですけど、それがまったくない。
気楽に、しかも、人と人のコミュニティがあるので、このコミュニティを維持していければ、孤独の問題もない。たとえば、てんころ庵に集まる人たちのほとんどはダンナさんが先に亡くなっているんですけど、すごい元気なんですよね」

━━その、てんころ庵だったかな。自分もカメラを持っていてと話しだす女性がいましたが。どうも本格的に撮影している人だというのがわかってくる。

「あの方はあのとき、87歳なんですよね」

━━若々しく見えていましたけど。昔何やっていた人なんだろうと。

「ふつうの主婦をされていたんだと思います。カメラの機種を次々と言われていたのも、趣味なんでしょうね。
あの方も早くにダンナさんをなくされて、でも、ご近所さんが家族の延長のようにしてお互いの家を行き来するし、週に一回はみんなで集まってご飯を食べる。そうすると、孤独に感じることはないんじゃないのかなあ。
すごく楽しそうなんですよね。それを見ていると、俺も歳をとったらこうやればいいんだなあというロールモデル。お手本のようにして見ています」

━━へえー。

「男の人たちも、ずっと、猫と遊んだり、釣りをしたりしているでしょう」

━━猫派と、植栽派、神社に通う男の人たちはふたつに分れているようですけど、それぞれ共存している。

「そうそう(笑)。ああやって生活するのって、いいなあと思うんですよね。あの方々も一人暮らしをしているひとが多いんですけど、ご近所でつながっていますし。
僕は大都会で、とくにニューヨークで年をとるというのが想像つかなかったんですけど」

━━想田さんは、ニューヨークが長かったんですよね。

「27年いたんですよね。でも、ここで老いて死ぬのはゴメンだなあというのがあった。だから、いつかは日本に帰ろうとは思ってはいました」

━━牛窓は、想田さんの目にはほかと何がちがっているんですか?

「なんだろう。不思議なところなんですよね。ほんとうに」


━━わたしが惹かれたのは、想田さんがこの映画の宣伝でポスター張りをお願いしてまわった先のお店の人たちの顔を見ていて、一度行ってみたくなったんですよね。

「とにかく住みやすいところなんですよ。万葉集の頃から、この町があったんだろうなあというのが伝わってくる。ここは特別に開発したりしなくても住みやすいところだったんだろうなあという感じ。
人口は少ない、交通も発達しているわけではない、そういう時代に人間はどこに住むかといったら、何もしないでも住める処なんですよね。
その何もしないでも住める場所という条件がもともとそなわっていたから、居ると心地がいいというか。気候は穏やかだし。お腹が空いたら、魚を釣ろうとか。
一生懸命、開拓して、人間が住めるようにしたという感じがしない。だから安心感がある」

━━田舎暮らしのブームがあって、でも住むと面倒なことがありそうに思えたりもするんですけど。

「ぜひ、一度来てみてください(笑)。たしかに田舎暮らしといっても、どんな田舎でもいいわけではなくて。人間、ここが好きだと思えないとハッピーに暮らしていくことは難しいと思いますから」

━━最後に。想田さんにとって、住むのに大事なことって何ですか?

「何だろう……。自然があること。インターネットがないと困るなあ。……あとは水道と電気。……牛窓に来て、朝起きて、窓を開けて、きょうもいい日になりそうだなあ、と思える」

━━なんだかもう、加山雄三に話を聞いている気になってきたなあ。

「アハハハハハ。でも、好きだなあと思うところで暮らすというのは大事なことで。なんで好きなのか、あらためて考えると、何でだろう?となるんだけど。僕は、牛窓は好きですね」


想田和弘
そうだ・かずひろ
1970年栃木県生まれ。リサーチをしない、台本を書かない「観察映画の十戒」をもとにドキュメンタリー映画を撮影・監督・編集。代表作に『選挙』『精神』『Peace』『精神0』など。著書に『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)ほか。
五香宮の猫たちをめぐる、映画では見えてこないノラたちの話と、想田和弘らしい考察を綴った『猫様』(ホーム社・集英社)が10/18刊になる。

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