あるご夫婦のこと
ゆきひら
ご主人は末期の肝臓がん。在宅で、貯まる腹水を抜きながらアルブミンの点滴を繰り返している。根本治療はしていない。最近は、小康状態が続いており、介入当初より体調は良さそうだ。
「杖を使えば外も歩けるんですよ。1年ぶりに床屋にも行けましたよ」
そう言って、うれしそうに笑っていた。
ある日の訪問日。奥様から、ご主人が出血して下着を汚している、と伺ったので肛門をみせてもらった。なるほど、少し脱肛してますね、と言いながら何か白い軟膏が塗ってあるのを確認した。
「何か薬をもらってます? このお薬は誰が塗ったんです?」
すると、奥様が青蓋の軟膏を差し出しつつ、
「これを塗ってます。私が塗りましたよ。」
と答えた。
「いくらご主人の介護とはいえ、肛門にお薬を塗ってくださる奥様は少ないですよ。愛ですね~。奥様の愛の力で病状も落ち着いているんですよ!」
「そんな素晴らしいものじゃないですよ!」
奥様が笑いながら大きく手を振る。ご主人はニコニコして、その様子を見ておられた。
寡黙で物静かなご主人で、余計な話はせず、いつも私と奥様のやりとりをニコニコしながら見ている。
ところで、介護とは本当に大変で、この介護の大変さのために、それまで良好だった家族関係、夫婦関係が壊れてしまうこともあるようだ。
これは別の利用者さんが語っておられたのだが、
「最後の3年間、夫の介護は私ひとりでやってたの。子供らも手伝ってくれなかった。ほんとに大変でね、最後はお父さんの顔を見るのも嫌だった。だから私、亡くなったお父さんの写真を一枚も家に飾ってないのよ」
助け合って長く二人を生きているご夫婦の、仲睦まじい様子を見ているのが私は大好きだ。
血の繋がりのない、他人同士であった男女が、どうやって血の繋がり以上の関係、婚姻届という紙切れ一枚以上の関係性を築いていくんでしょう?
子供の時からずっと疑問に思っていました。そして、憧れてもいたと思う。でも今もって、どうしてもこの疑問が解けない・・・。
ただ私、仲睦まじい彼ら夫婦の関係が壊れないよう、奥様の介護を手伝うことはできるんです。訪問看護師だから・・・
私が子供の頃から欲しても、どうしても得られなかった男女の愛。分からなかった男女の愛。彼らの上にあるその愛を、どうやら私は、第三者として守ってやることはできるみたいなのです。
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