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ガチャガチャで始まる朝。(2)

(1)はこちらから。

 バタンと扉が閉まると、校長先生は「そこに座りなさい」とにっこり笑った。
 校長室に入るのは初めてだった。僕はドキドキして、ソファに腰を下ろした。昔の映画に出てくるような緑色のソファはふかふかで、僕のお尻はすっぽりと沈みこんだ。
 窓にはソファと同じ布のカーテンがかかっていて、金色の飾りがついていて、劇場の幕みたいだ。カチコチカチコチという音の方をみると、壁にかけられた大きな時計があった。文字盤の下で、金色の振り子の円盤がゆっくり左右にゆれている。
「ケンヤくんも今日の授業を受けないといけないから、ここで一緒に勉強しよう」と言うと、校長先生はテレビをつけた。なんと5年1組の教室が映っている!
「朝礼はじめるぞー!座れー!」とコージ先生が大きな声を出している。ケンゾウくんは?と探すと、ちゃんと僕の席に座っている。隣のハルトに何か話しかけられているようだけれど、内容までは聞こえない。僕じゃないってバレちゃうんじゃないかと、僕はドキドキして見ていたんだけれど、ハルトもクラスのみんなも、どうやら気がついていないようだ。

 1時間目は国語の授業。
「あ、ケンゾウくんに教科書渡してない!」思わず僕が声を上げると、校長先生は、大丈夫、と言って、画面を指差した。ケンゾウくんは、ちゃんと5年生国語の教科書を開いていた。
「ほら、君も教科書出して」
 僕は自分のランドセルから、教科書を出して、画面の向こうから聞こえるコージ先生の声に耳をすます。
『ギオンショウジャノカネノコエ……』
 う、苦手な古典だ。なんだか眠くなってきたぞ……。


「ケンヤくん、そろそろ起きなさい」
 声が聞こえて、目を開けると、え、ここはどこ?そうだ、校長室だった。顔を上げると、校長先生が給食のトレイを持って立っていた。
「えー、もう給食の時間?僕ずっと寝てたの?」
「どうも、そのようだねえ」校長先生は、ハハハと笑って、給食をテーブルにおいた。
 国語の時間の「平家物語」はちょっと覚えている。2時間目の算数と3時間目の社会と4時間目の音楽は全く記憶がない。ちらっとテレビを見ると、教室でも給食を食べている。ケンゾウくんは、5班のみんなと一緒におしゃべりしているようだ。
「さあ、食べよう!今日はカレーだぞ」
校長先生が手を合わせて大きな声で、いただきます、と言ったので、僕も慌てて、いただきます、と言った。校長先生と向かい合って、給食を食べる。なんだか変な気分だ。

「あのう、質問してもいいですか?」
「はい、どうぞ」
「えーっと、ケンゾウくんって何者なんですか?とっても僕に似てるけど……」
 校長先生は、カレーのスプーンをおいて、牛乳を一口ゴクリと飲むと、ハンカチで口の周りを拭いて、僕の目をじっと見た。眼鏡の奥の先生の目がぐっと大きくなった。朝と同じ、真剣な目だ。
 僕も思わずスプーンを置いて、姿勢を正した。

「出会いというのは、偶然のようで、実は必然なんだ。必然て意味、わかるかい?必ずそうなる、ということ。意味があるってことなんだ。君が出会う人は、会うべくして会うっていうことだよ。『ガチャガチャ』で出てくる『朝のトーク』の相手もそう」
 ちょっと難しいな、と思ったけれど、僕はコクンとうなずいた。
「ケンゾウくんも、そうだ。金のカプセルに入っているのは、ちょっと特殊な相手なんだ。今回は……はじめてのケースで僕も驚いたんだけれど、ケンゾウくんは、君のおじいさんのお兄さんだ」
 おじいさんのお兄さん?校長先生の言ってる意味がわからなくて、僕はきょとんとした。だって僕と同じぐらいの年だよ?
「普通は理解できないよね。僕も最初はそうだったんだ。夏休み中に学校にきていたら、ケンゾウくんが現れて、僕はてっきり君だと思って話をしていたんだよ。でも、ケンゾウくんは、戦争の時に空襲で亡くなった、と言うんだ。だけど学校が大好きで、もっと勉強したかったって。自分とそっくりな君にも会いたいと言ったんだ」
 僕は驚いて目を丸くした。
「じゃあケンゾウくんは幽霊なの?」
「うーん。そういうことになるかな……だけど全然幽霊ぽくないよね」
 僕はだまってうなずいた。
「それで約束したんだ。ケンヤくんと会わせてあげるって。1日だけケンヤくんと交代して、授業を受けさせてあげるって」
 なんだか信じられないけれど、だけど校長先生がうそをついているとも思えなくて、僕は考え込んだ。おじいちゃんのお兄ちゃん?戦争?空襲?

 「さあ、食べよう!」校長先生は、またカレーを食べ始めた。僕もスプーンを持ち上げて、カレーを口の中に入れた。大好きな給食のカレーなんだけど、頭の中はケンゾウくんのことでいっぱいで、味なんてよくわからなかった。

 給食が終わって、お昼の休憩の時間だけど、僕はケンゾウくんと交代しているから、外には行けない。
 ケンゾウくん、クラスの中でうまくやっているかな、と心配になって、テレビを見てみると、ハルトとノートになにか落書きしているようだ。

 その時、教室の入口に低学年らしき女の子がふたりやってきた。あ、ひとりは昨日の「朝のトーク」の相手のレンちゃんだ。レンちゃんは教室に入っていった。ケンゾウくんのところに行って、何か渡したようだ!な、なに?なに?手紙?となりでハルトが何か言ってるようだけれど、僕には聞こえない。
「校長先生、緊急事態です!僕、じゃなくて、ケンゾウくんが、2年生の女の子から手紙もらったみたいなんです!」
パソコンに向かっていた校長先生は、顔を上げて、画面をちらりと見て、
「お、ラブレターか」と言って、ふふふと笑った。
「えー、ラブレター⁉︎」
 これまでラブレターなんてもらったことないのに!なぜよりによって、ケンゾウくんと変わってる時に!
 目を白黒させている僕を見て、校長先生は、大きな声で、はっはっはと笑った。

(続く)

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