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ガチャガチャで始まる朝。(5)

(1)はこちらから。

「おはようございまーす」
 いつもと同じ学校の玄関。だけど、今朝は少し違って見える。ちょっと緊張して、朝のガチャガチャのレバーを回す。
 ガチャガチャガチャ……ことん。カプセルが落ちてきた。今日のカプセルは、緑。よかった。普通のカプセルだ。
「ケンヤ、おはよっ!」
 肩をたたかれて振り返ると、ハルトだった。
「お、今日は金じゃないんだな」
「うん」
 なんか気の利いたことが言えればよかったんだけれど、うっかりケンゾウくんのことを話しちゃいそうで、僕は口をつぐんだ。
 ハルトはそんな僕の返事を気にもせずに、ガチャガチャとレバーを回した。ことん。
「あー、ちょっと金を期待したんだけどなあ」ハルトは口をとがらせている。
「ほらほら、カプセル開けて」カナコ先生がパンパンと手を叩いた。
 僕のカードは、〈尾根田先生〉
「あー、ホネダ先生だ!」
「僕は3年1組の子だ」
 さあ、朝のトークに行っておいで、とカナコ先生に背中を押されて、じゃあ、後でね、とハルトと別れた。

 トントントン。理科室の扉をたたくと「どうぞー」と声がした。ガラガラと扉を開けると、細身の体に白衣を着たホネダ先生がぐるんと椅子を回転させた。
「おー、ケンヤか。こっち座れ」
 ホネダ先生は、白い丸いすを指差した。なんだか病院の診察室に来たみたい。他の先生は職員室にいるのに、ホネダ先生はこの理科室にいることが多いんだ。
「さーて、今日は何話そうかな。何か、話したいことある?」
 トーク相手が大人の時は、テーマが決まっていないんだ。今日のトークの相手がホネダ先生ってわかった時に、聞いてみようと思ったことがあった。
「あのう、幽霊っているんですか?」
 え、と言ってホネダ先生は、ずれたメガネをかけ直した。
「うーん、難しいこと聞くねえ。朝のトークでは語りきれないテーマだね」
 ホネダ先生は、お湯のみのお茶をずずず、と飲むと口を開いた。
「ケンヤは、その……幽霊を見たのかい?」
「えーっと、うーんと、えーっと……」
 ケンゾウくんのことは、校長先生とケンゾウくんと僕の3人の秘密だから、詳しいことは話せない。
 ホネダ先生は、ふふん、と笑うと「答えなくていいよ」と言った。
「これは先生として話すんじゃないよ。実は……僕は幽霊を見たことがあるんだ。幽霊とは言いたくないんだけれど。ちょうど親父が危篤って連絡があって、急いで実家に向かう飛行機に乗ってる時に、窓の向こうに親父がいたんだよ。笑ってたんだ。臨終には間に合わなかったんだけど、亡くなった時間を聞いたら、ちょうど空の上で僕が親父の姿を見た時間だったんだよ」
 ホネダ先生は、またお茶をずずず、と飲んだ。
「理科の先生が、幽霊はいる、なんて、ちょっと大きな声で言えないからなあ。でも、あの時、親父が会いに来てくれた。それは僕の中でまぎれもない事実なんだ。これで答えになってるかな?」
 僕は、こくんとうなずいた。
 キーンコーンカーンコーン。朝のトーク終了だ。
「ホネダ、あ、尾根田先生、ありがとうございました」 僕が頭を下げると、ホネダ先生はニヤリと笑って、またくるりと椅子を回転させて、パソコンに向かった。

 5年1組の教室に入って、ランドセルの中の教科書やノートを机に入れる。後ろのロッカーにランドセルを入れようとしたら、中にきれいにたたまれた体操服が置いてあった。
「藤川くん、グッドモーニン」
 流ちょうな英語は江川さんだ。
「あ、おはよう。グ、グッドモーニング」
 江川さんに話しかけられるなんて初めてだった。
「昨日の英語の授業、びっくりしちゃった。藤川くん、あんなに発音よかったのね。野球ばっかりだと思ったら、英語もなかなかやるじゃない」
「ありがとう。ほら、将来、大リーガーになった時に、英語話せないと困るからさ」
 この返しは結構よかったんじゃないかな。江川さん、大笑いしてくれたから。ほめられてちょっとくすぐったかったのだけど、よく考えたら、僕じゃなくてケンゾウくんなんだよなあ。

「朝礼はじめるぞー!」担任のコージ先生が教室にやってきた。
「昨日の社会の時間に好評だったアレの第2弾、持ってきたぞ」コージ先生の言葉に、みんなから、えー!とブーイングがおきた。
 昨日の社会の授業?あ、そうだ、僕、校長室ですっかり寝てたんだった……何があったんだろう?アレってなんだろう?
「ケンヤが一番最初に食べたもんな。すげーって思ったよ」
 ハルトの言葉に、ますます焦ってしまった。食べた?ケンゾウくん、何を食べたんだろう?
「ケンヤがおいしいって言うからさ、ちょっぴり食べてみたけど、まあ、食べられなくはないけどさ……食感が苦手かな」
 頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだ。
「昨日の蜂の子に続いて、今日はイナゴだぞ。今では高級珍味だからな」
 えー!蜂の子?イナゴ?昆虫じゃん!ケンゾウくん、蜂の子、一番に食べたんだ!ケンゾウくんが言ってた〈ちょっと驚かれたこと〉ってきっとこれだな。勘弁してくれよう。
「食べたいひとー? 誰もいないのか? そうだ、ケンヤ、蜂の子うまいって言ってたよな。イナゴも食べてみるか?」
 コージ先生が僕の隣にやってきた。
 えええ、それは僕じゃなくてケンゾウくんなんです、と言いたいところだけれど、そういうわけにもいかない。うーん、仕方ない!
 先生が差し出した黒っぽい物体……エビに見えなくもない。ひとつつまんで、えいやっと口に入れた。恐る恐るかんでみると、あれ、本当にエビみたい。
「あ、おいしい」
 えーっ!というみんなの声が聞こえた。
「そうだろ。おいしい上に、高たんぱく質で立派な栄養源なんだぞ」とコージ先生は胸を張った。
「日本でも昔はよく食べられていたんだ。今でも長野県や岐阜県の南の地域では郷土食として好んで食べる人が多いんだよ。先生はラオスにいる時によく昆虫食べたな」
 コージ先生は、イナゴをぽいっと口に入れて、あーうまい!と大きな声で言った。
「じゃあ、僕も食べてみる」とハルトがイナゴをひとつつまんだ。ぱくっ、かりっ……「これ、いける!」それを聞いて、クラスのみんなも、食べてみたい、とコージ先生のまわりに押し寄せた。
「おいおい、きみらゲンキンだな。ちょっと待て。先生が配るから、待ちなさいー!」

 ケンゾウくん、見てるかな?きみのせいで、イナゴを食べる羽目になったよ。でも意外においしかったな。英語ももっと勉強しなきゃなあ。もしかして、僕が寝ている間に、他の科目でも、きみは活躍したのかな?
 ケンゾウくん、きみの分まで、僕、頑張るよ。

 僕は、窓の外を見た。青い空には一筋の飛行機雲が浮かんでいた。

(完)

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。yuki




 

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