修学旅行は、宇宙船で月に行くことになったんだ。
「僕ね、秋の修学旅行で月に行くことになったんだ」
夏休みのじいちゃんち。アイスをかじりながら、いとこの同い年のタケルに、僕はちょっと自慢げに話した。
「月ってあの空の月?」
「うん、そう。タケルのところは?」
「うちは、普通にキャンプだよー。アフリカのサバンナで野生動物の観察と保護のお手伝いだって。それにしてもユウタの学校、進んでるね」
「モニターに選ばれたんだって」
「なんや、えらい景気のええ話やなあ。修学旅行にアフリカに行くんか?」
じいちゃんが話に入ってきた。
「じいちゃん、アフリカキャンプは普通だよ。アフリカなんて飛行機ですぐだもん。それよりユウタは月に行くらしいよ」
ほんまか!とじいちゃんは腰を抜かしそうになっている。
「じいちゃんの小学校の修学旅行は、確か広島やったな。原爆ドームに行ったで」
「あ、原爆ドームは去年、遠足で行った。そのときに長崎も一緒に行ったよ」僕が答えると
「そうか、東京から遠足で広島と長崎に行く時代か」とぽつりと言った。
「うん、リニア乗るとあっという間だし。東京の小学生はみんな広島と長崎に行くことになってるよ」
じいちゃんは、そうか、そうか、とうなずいている。
「何泊するの?」タケルは興味津々だ。
「4泊5日。でもね、ずっと宇宙船の中なんだって。月の近くまで行くんだけど、月には上陸できないみたい」
「え、それ意味なくない?」タケルは目をパチクリさせている。
「そうだよね。でも、船外に出るとなると旅費が3倍になるんだって。だから予算の関係で、ずっと宇宙船の中なんだってさ」
「マジ?上陸できないのに、何でわざわざ月まで行くの?」タケルは納得がいかない様子だ。
「向こうで、月のクレーターの観察をするんだって。あとは無重力の体験」
「へえ、無重力は体験してみたいなあ。ふわふわ浮かぶんでしょ?」
「そうみたい。体育の授業もやるんだって。宇宙船の中ってぽわーんと漂いながら、キャッチボールしたり、前転したり。僕、バック転はできないんだけど、宇宙船の中だったら、くるっと簡単に回れるって聞いて、楽しみにしてるんだ。あとはさ、宇宙食!」
「宇宙食は興味あるな。どんなんだろ?」食いしん坊のタケルは身を乗り出した。
「カレーとかラーメンもあるらしいよ」
「え、ラーメンもあるの?スープはどうなってるの?」
「うーん、僕もよくわからないんだけど、ストローで吸うのかな?」
「げー、ラーメンはストローで食べたくないな」
「そうだよね、タピオカとは違うもんね。ステーキとか、ごはんもあるんだって。あとは、バナナとか」
「バナナはおやつなんじゃないの?あ、持っていくおやつはいくらまで、って決まってるの?」
「おやつはスーパーとかで売ってるのは持っていけないんだって。宇宙食おやつリストから選べるらしいけど、1日300円までって先生に言われた。でもアイスはその中に入ってないんだって。5日間アイス食べられないよ」僕はがっくり肩を落とす。
「宇宙じゃなくても、遠足でもアイスはおやつには持っていけないじゃん」
「それがさ、冷凍庫積んでる宇宙船だったらいいんだって。僕らのは修学旅行用の船だから、冷凍庫はないらしい」
「ふーん。宇宙から青い地球見ながら、カリカリ君食べたら、最高に美味しいだろうけどなあ」それは僕もそう思う。
「そうだ、タケルはお土産何がいい?」
「え、お土産なんて買うとこ、あるの?」言われてみるとそれもそうだ。
「宇宙船に売店とかあんのかな。わかんないや。先生に聞いてみるよ」
タケルはちょっと考えて
「だったら普通じゃ手に入らないものがいいな」と言った。
「えー、普通じゃ手に入らないもの?難しいなあ」僕は首をかしげる。
「僕もアフリカのお土産買ってくるから、お正月に交換しようぜ」
*
暗い宇宙の中に、青い地球が輝いている。とってもきれいだ。僕の4泊5日の修学旅行は間もなく終わろうとしていた。
月のクレーターは想像以上にデコボコしていた。クレーターは隕石がぶつかった跡なんだって。木とか草も生えてなくて、生き物も見えなかった。ウサギがいるって信じてた女子はがっかりしていたけど。月に関していえば、地球から見る方がずっときれいだな。
そうそう、宇宙船での体育の授業が面白かった!バック転も超簡単だったし、フィギュアスケートの選手みたいにくるくるって何回も回れるんだよ。目が回っちゃうぐらい。キャッチボールも、ボールがスローで、笑っちゃうの。プロ野球選手の球でも打てそう。縄跳びも、何重跳びでもできちゃう。
宇宙食は思った以上においしかった。僕が好きだったのは、レトルトのコーンスープと缶詰のチキンライス。冷たいまま食べるのかと思っていたら、電子レンジみたいな機械があって温められるんだよ。
缶詰は、缶切りで開けても、ひっくり返しても、中身が飛び出ないんだ!手で持ってなくても、ふわふわ目の前に漂ってるの。無重量だからなんだって。スープも袋から出すとぷるんとしてるんだ。
ステーキもカレーも、鯖の味噌煮もおいしかった。でも、だんだん、ママのちょっぴり甘い卵焼きが食べたくなってきたな。
そうそう、タケルへのお土産、迷っていたんだけど、いいのが見つかったんだ。これは絶対、地球では手に入らない。タケル、どんな顔するだろう?
*
「あけましておめでとう!これ、ユウタへのお土産」
タケルが手渡してくれたのは、ソープストーンという石で作られたゾウとカバとサイだ。動物好きな僕にと考えてくれたんだろう。
「おー、うれしい。ありがとう!」
僕はかばんの中から、封筒を取り出した。
「タケルへのお土産は……宇宙人の写真!」
タケルは、ひょえー!と大げさに驚いて、封筒を受け取った。
「えー、マジで?ドキドキするな」
中から出てきたのは、宇宙船の中で、窓の外の青い地球をバックにピースする僕の写真。
「なんだ、ユウタじゃん!」
「うん、そうだよ」
「どこか宇宙人なんだよ〜!」タケルは明らかにがっかりしてる。
「それがさ、向こうにいるときに先生が言ったんだ。『君たちは地球人だ。地球は宇宙の天体のひとつということがよくわかっただろう。だから、地球人は宇宙人でもあるわけだ』って」
「なんだよ、そのなぞなぞみたいなの。でもまあ、確かにそうだな、宇宙にいる時の写真だしな。ユウタは宇宙人だ!」
タケルは大きな声で笑った。
「あ、これもお土産」
ユウタはかばんの中から紙袋を取り出した。
「一番おいしかったチキンライスと、味噌ラーメン。こっそり持って帰ってきたよ」
「わー!やったー!」タケルは飛び上がって喜んだ。どうも宇宙人の写真よりこっちの方がよかったみたい。
「楽しそうやな、ユウタもタケルも。じいちゃんにも話聞かせてや。ほんまに平和でええ時代や」
僕らのやり取りを見ていたじいちゃんは、ニコニコ笑って目を細めた。
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