ガチャガチャで始まる朝。(4)
1)はこちらから。
いつもはハルトとふざけながら帰るけれど、今日はひとりだ。朝のガチャガチャから、あまりにも不思議な驚くことが多くて、なんだか1週間ぐらい経ったような気持ちになる。
通学路の途中にあるタコ公園は、珍しく誰もいなかった。僕はブランコにのって、ガチャガチャで金色のカプセルが出てきたところから思い出してみる。
初めて見る金色のカプセル、開けてみると、校長室へというメッセージ。カナコ先生に連れられて校長室に行くと、中には僕とそっくりなケンゾウくんがいて。ケンゾウくんは僕と入れかわって授業に出て、僕は校長室で1日過ごして。戻ってきたケンゾウくんと握手して。そして……ケンゾウくんは風とともに去ってしまった。
帰り際、校長先生には、「ケンゾウくんのことは、僕と君のふたりの、いやケンゾウくんと3人の、大切な思い出として心の中にしまっておこう」と言われた。誰かに言ったとしても、きっと信じてもらえないだろう。戦争中に亡くなった、僕のおじいちゃんのお兄さんであるケンゾウくんがこの世にやってきて、僕と1日入れかわったなんて。
キー、キー。ブランコをこいでいたら、太もものところに何かが当たるのを感じた。あ、手紙だ!ケンゾウくんから渡されたレンちゃんの手紙、校長先生に冷やかされて、慌ててズボンのポケットに突っ込んだんだった。
取り出してみると、シワが入ってしまっていた。そうっと手のひらで伸ばす。封筒には大きな文字で「ケンちゃんへ」と書いてあった。
へえ、2年生にしては、字、なかなか上手じゃん。裏を返すと、封はされていなかった。
何が書いてあるんだろう……僕はドキドキしながら便せんを広げた。
〈ケンちゃんへ あさのトーク、たのしかったね!カナコせんせいに、トライアスロンのこと、きいたよ!わたしはすいえいならってるけど、25メートルおよげない。どしたらいいか、せんせいにきいたら、1メートルずつ、ながくおよいでごらん、そしたら、25メートルおよげるようになるよて、おしえてくれました。つづけることがだいじ。カナコせんせいもむかしはおよげなかったそうです。でもいまは3キロおよぐそうです!びっくり⭐️バイバイ!〉
朝のトークの続きの話だった。なーんだ、ラブレターでもなんでもないじゃん!ドキドキして損しちゃったよ。でも悪い気はしないな。返事書いたほうがいいのかなあ?
便せんを封筒にしまおうとして、もう1枚、紙が入っていることに気付いた。ノートを破った紙に、健也君へ、と書かれてあった。
〈健也君、会えてうれしかった。学校、楽しかったよ。ありがとう。ずっと見守ってるよ〉
縦書きの、少し角ばった文字。きっとケンゾウくんが書いたものだ。空を見上げてみたけれど、もう飛行機雲は消えていた。
レンちゃんの手紙とケンゾウくんの手紙を封筒に戻して、今度はランドセルのポケットにしまった。
*
「ただいま」
「おかえりなさい。今日は5時間目までの日でしょ。にしては遅かったわね。おやつにドーナッツ、あるわよ」
普段ならランドセルをぽーんと放り投げて、おやつめがけて一目散にやってくる僕が、勉強机の椅子にランドセルをかけたりしたものだから、母さんは「どうしたの、調子悪いの?」なんて聞いてきた。
「ううん、別に。いつも母さん、ランドセル投げるなって言ってるじゃん。あのさ、じいちゃんとこ、行ってきてもいいかな?」
母さんはちらりと時計を見て、「おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に食べなさい。夕食までには戻るのよ」と言って、ドーナッツを袋に入れてくれた。
うちから歩いて15分のところに、大学があって、その大学の門の前にじいちゃんの本屋がある。本屋と言っても古い本が多くて、僕が好きな漫画や子供向けの本は、ほとんど置いてないんだ。
ちょっと埃っぽい店の奥のいつもの場所に、じいちゃんは座っていた。
「じいちゃん!」
「おお、ケンヤか。よく来た、よく来た」
じいちゃんは顔を上げてにっこり笑うと、読んでいた本にしおりをはさんで、パタンと閉じた。
「これ、母さんが」
袋を差し出すと、じいちゃんは、カサカサと袋を開き、「お、ミユキさんの手作りドーナッツか。こりゃうれしいね。ばあちゃんにコーヒーでもいれてもらおうか」と言うと「おーい、ヨシコさーん、ケンヤが来たぞう」と店の奥に声をかけた。
「あらあら、ケンちゃん、いらっしゃい」
手を拭き拭き出てきたばあちゃんに、じいちゃんはドーナッツの袋を渡して「ミユキさんのドーナッツとヨシコさんのコーヒー、スペシャルセットでお願いします」と頭を下げた。「カフォオレでお願いします」と僕もぺこりと頭を下げた。ばあちゃんは「スペシャルセットはお高いですよ〜」と言うと、ふふふ、と笑った。
僕は木のスツールを引っ張ってきて、じいちゃんの横に座る。
「今日はどうした?」
じいちゃんは、僕をじっと見る。
「あの……じいちゃんのお兄さんの話が聞きたいんだ」
僕の言葉が意外だったようで、じいちゃんは目を丸くしている。
「お兄さんか……。じいちゃんのお兄さんは戦争で亡くなったんだよ。空襲でね」
じいちゃんの目はとても寂しそうで、僕はいけないことを聞いてしまったのかとちょっと心配になった。
「そのお兄さんはなんて名前?」
「健造さんと言うんだよ」
やっぱり。ケンゾウくんだったんだ!
「そのケンゾウさんのこと、もっと教えて」
「じいちゃんは戦争が終わってから生まれたから、実際には会ったことがないんだよ。ケンヤは、勝子おばさんを覚えているかい?じいちゃんのお姉さんだ。健造兄さんの妹だよ。僕は勝子さんから、健造さんの話を聞いたんだよ」
「あの、ケンゾウくん、あ、ケンゾウさんは何歳で亡くなったの?」
「13歳だったと聞いているよ。小学生だった勝子さんは疎開したけど、中学生だった健造さんは東京に残って勤労奉仕をしていたそうだ」
僕と同じぐらいと思っていたけれど、ケンゾウくん、中学生だったんだ。でも、それも納得だな。体の大きさは僕と同じぐらいだったけれど、ずっと大人っぽかったし、英語だって上手だったし。あ、そうだ、英語!
「あの、ケンゾウさんって、英語得意だったのかな?」
じいちゃんは不思議そうな顔をして、僕を見た。
「なんでそんなふうに思うんだい?」
「えーっと、僕、英語好きだからさ」
あまり理由になっていないなと思ったけれど、じいちゃんはこんな話をしてくれた。
「古本屋は、本が好きだった、じいちゃんのお父さんがはじめたんだよ。大学に近いということもあって、お客さんは大学の先生や学生さんが中心で、その中には外国人の先生や留学生もいたそうだ。勝子さんに聞いた話だと、健造さんは小さい時から外国人のお客さんにかわいがられていたそうだよ。当時は珍しかった舶来のお菓子をもらったり、映画に連れて行ってもらったりしてたそうだ」
僕ははっとした。そういえば、ケンゾウくん、自己紹介の時に「アイ ライク シネマ」って言ってたもんな……。
「コーヒー、はいりましたよ」
奥からばあちゃんの声が聞こえた。
「ほら、ドーナッツが待ってるぞ」
じいちゃんは椅子から立ち上がって、奥の茶の間に入っていった。
ちゃぶ台の上には、母さんのドーナッツ、じいちゃんとばあちゃんのコーヒーと僕のカフェオレ。
「ミユキさんのドーナッツはうまいな」
じいちゃんはドーナッツをむしゃむしゃ食べて、目尻を下げている。僕もドーナッツをかじりながら、何気なく部屋を見渡した。
部屋の隅に仏壇があった。いつもあるのに、まったく気にかけていなかったんだ。仏壇の上を見ると、壁のところにいくつか写真がかけてある。亡くなったご先祖様の写真だ、ということは知っていたけれど、まじまじと見たことはなかった。
その中に学生服を着た少年の写真があった。真面目な顔をしているけど、あれはきっとケンゾウくんだ。
「ねえ、あの写真がケンゾウさんなの?」
じいちゃんは、うん、とうなずいて、コーヒーをごくりと飲むと、そうだよと言った。
「ちょっとさ、僕、似てるような気がするんだけど」
ばあちゃんは、僕の顔と写真を見比べて、「そうねえ、そう言われると似てるかもねえ」と言うと、あ、忘れてた!とドーナッツをお皿にのせて仏壇に供えて「お供えする前に食べちゃってごめんなさいね」と手を合わせた。
僕も慌てて、ドーナッツでベタベタの指をなめて、手を合わせた。そっと見上げると、写真のケンゾウくんが笑ってるような気がした。
(続く)
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