マリオン 18
なか一歩が踏み出せないでいる。男の方は両のポケットから何かを取り出すや、
「大人しくしろ!!」
と店中に聞こえるようにして叫んだ。店の中には数人の客がいたが、皆こぞって男のほうを見やり、事態を飲みこむや、一気に混乱の坩堝と化した。手には小型の爆弾をそれぞれ一つずつ持っていて、恐らく自爆テロを敢行する気であろう。親指にスイッチがかかっている。男の親指が動いた。
はずであった。が、爆弾は炸裂する事はなく、ただ虚空に放りだされた。と同時に男の体が店のカウンターを飛び越えて消えてしまった。そして男が立っている場所には、マリオン・Kが立っている。が、やはり瞳の色はあのターコイズブルーである。つまりは、「あいつ」だ。
「あいつ」の手に、男が持っていた小型の爆弾が収まっている。爆発する気配は全くない。
「おい」
と、「私」を呼ぶや、すぐに引きずり出すように言ってきた。というより命じた、といった方が適切な表現かもしれない。「私」は男すぐに取り押さえた。
「なぜ、この事が分かったのですか。犯行声明でも出ていたのですか」
「いや」
「では、事前に情報を仕入れていたと」
「そうでもない。こいつの母親が、私に言ってきたのだ、『息子を止めてくれ』とな」
「つまり、貴方とこの男の母親に接点があった、と」
「違う。簡単な話だ、この男の母親は、今から三年ほど前に病気で死んだ。残された息子は一人身で頼りがない。それでいて、定職につくことも出来ず、怒りを鬱屈させていたんだよ。だが、母親からすれば、息子がこのような形で人様に迷惑をかけてほしくない。それで、私に息子の愚行を止めてほしい、と、こういわれたのだ」
どこが簡単な話なのかさっぱり理解できなかったが、とにかく未然に事件を防ぐことができたのは幸いと言える。「私」は男に先ほどのことを確認した。すると男は、涙を袋いっぱいに溜めながら堪えていたが、やがて耐え切れなくなると、何とも言い難い感情を露わにした顔で、先ほどの事を認めた。男は、
「なぜ、俺の母親の事を知っていたんだ。しかも、その事は俺とお袋しか知らないことだ」
「だから、言ったろう。お前の母親の霊がそう言ってきたんだよ。マルムス」
と、見ず知らずのはずの男の名を言った。マルムス、と呼ばれた男は先ほどまでくしゃくしゃにして泣いていた顔から、まったくの無表情に変わった。丁度パトカーが現れたので、「私」はマルムスを治安警察に引き渡した。
それにしても不思議である。霊の存在もそうだが、何処で察知したのか全く解せない話で、もっと言えばこれほど先の見えない話もないであろう。一体どういう事なのか。「私」がそれを尋ねようとした時、マリオン・Kの瞳はいつもの鳶色に戻っていた。
「一体、どういう事なのか、説明していただけませんか」
「私」はそういうと、店を出て別のカフェに向かった。
別の店のカフェでも、先ほどの治安警察の騒ぎを聞きつけたのか騒然としている。「私」は彼女と共に奥の席に入り、彼女に席を宛がうと、相対するように座った。
「先ほどの事ですが。……」