マリオン 44
に二人がそれぞれ存在するという事になる。当然、体力も酸素の消費も単純に見積もって従来の二倍は必要になってくる。もしこれが正しければ、マリオンの現状と辻褄はあう。
が、全ては「私」の直感でしかない。出来ればもう少しデータが欲しい所だが、それは今のところかなわないだろう。
「しばらくこのまま様子を見るから、君は帰って休みなさい」
アイラ女医に諭され、軍属病院を出た時、パット・モリがエントランスのソファに座っていた。煙草をふかしながら天井を大仰に仰ぎ、長い脚を組んで座っている。
「ああ、お礼を、と思ってね」
あの後、すぐに釈放されたようである。
「ただ、少しこうなりましたが」
と大きなサングラスを取ると、右目が大きくはれ上がっていた。釈放が決まるまでの間にずいぶんと暴力を受けたようである。
「まあ、こっちも取っ組み合いとはいえ、治安警察の人間をノしちゃったんだから、まあしょうがないですな」
パットはそう笑って見せるものの、口の中を随分と切ったようで、笑いすらも難しいようであった。
「夜から何も食ってないんでしょう。どうですか」
気が高ぶっていてあまり気にならなかったが、確かに昼食が最後の食事になっているのは間違いない。そして、その実感が今になってようやくわいてきた。
パットが入った店はステーキの専門店で、三百グラムの肉汁滴るステーキを、まるでサバンナの禽獣が貪り食うようにして、ステーキにありついている。全く良い食べ方ではないが、どこか人の胃袋を刺激させる、魅力的な食べ方である。
「あの、例の本ね、どうなりました」
パットはステーキナイフを振り回しつつ尋ねてくるので、押収されたことを告げた。だが、怒るようなそぶりは見せない。
「まあ、その方が賢明でしょうな。これで、我々はお役御免という事になったわけだ」
「そうなりますね」
「どうしたんです、そんなしけた面して。もしかして、ステーキはお嫌いでしたか」
「いえ、そういうわけではありません」
「……、テロの事が気になりますか」
「貴方は、気になりませんか」
「気にならない、といえば嘘になりますよ、そりゃあ。でもね、治安警察に押収された以上、我々にできることはありませんよ、もう。それに、あんたそもそも医者だろ。畑違いもいい所じゃないのか」
パットはステーキとサラダを食べ終え、スープの入ったカップを口に近づけている。ところがパットはスープを吸わず、皿の上に置いた。その目線は「私」の頭上を越えて、吊り下げられているテレビに向かっている。「私」もそれに合わせて首を捻って見上げる。
テレビはニュースを流している。しかし内容は、というと、芸能人の結婚などのゴシップの話題ばかりで、一見したところパットが気になりそうなニュースはなさそうである。