マリオン 50

「つまり、意味のない事に意味がある。……」
「分からないか、その『意味』が」
 カシムは意味ありげに笑っている。カシムの中で一つの推測が出来ているのかもしれない。
「では、なぜあのような爆破をする必要があったか。よく考えてみろ」
 カシムいう事について考えてみると、そもそもテロは暴力的非合法の変化の要求である。その為には、要求が明白でありかつ恐怖を伴うものでなければならない。最大の恐怖は、見知らぬ無辜の民がそれによって殺されることである。だが、この爆破テロにはそれは当てはまらない。何故なら、人が現状では死んでいないからだ。さらにいえば、変化の要求、という点でも、おかしな部分がある。
 声明がない事である。
 以前から明確な生命や要求が出されている場合を除いて、テロは声明が出るものである。少なくとも、テロが起きた直後には声明が発表されるはずである。が、何処の特別番組でも出ていない。無論、まだ出ていないだけの可能性もある。
「では、ウェブサイト上で調べてみろ。恐らくそこでも出ていないはずだ」
 確かに、ウェブサイト上にあるはずの声明文のようなものは見た限りでは、ない。
「つまり、この爆破テロもどきは、テロではない」
「テロではない?」
「そうだ、恐らくこれは陽動、囮だな」
「なぜ、そんな回りくどい事をするんだ」
「そこは分からない。だが、もしこれが陽動だとすれば、他に目的がある、という事に他ならない。そして、もし次があれば、それがテロリストどもの本丸という事だ」
 それはどこで、何を狙っているのか。カシムにもそれが分からないようであった。「私」はVIP室を出て、パットに電話をかけた。恐らく、現場に到着しているはずだ。
 電話越しのパットの声は、ニヒルな粘り気のある声は少し潜んでいる。それからして、現場の様子の凄惨さがよくわかる。
「あんたの言うとおり、確かに消防車は来ちゃいるが、救急車は来ちゃいないようだ。けが人は出ていないようだな」
「もしかすると、これは陽動かもしれません」
「陽動だと。すると何か、ホンボシはほかにあるってことか」
「そういう事になります。そこに何かヒントになるようなものはありませんか。メッセージとか」
 そのようなものはない、とパットはいう。そして、治安警察がけたたましいサイレンを鳴らして周辺の警護をしているらしい。そして、一度現場から事務所に戻る、ということであった。
 映像の爆炎と噴煙は少しずつおさまってきているようで、現場の様子が少しずつ明らかになり始めている。中庭の青い芝は所々めくれあがってクレータのようにくぼんでいる。中央議事堂の方に損壊している様子はないが、多少なりとも影響を受けているのは間違いない。すでに爆破テロから数時間が経過しているが、犯行声明文のようなものは未だに出ておらず、テレビの有識者たちがまるで出来合いの探偵を気取るようにして推理めいたも

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