マリオン 74
「いや、ベイカー・アンセムといえば、軍の中でも屈指の実力者だ、大抵の事は彼の一声で決まるし、なにより人脈がすごい。治安警察本部長と大統領府の首席補佐官は国立大学の同期だし、その他にも体制の中枢には後輩がいたりして、貴女には自慢の父親なんでしょうな」
カオリは明らかに困惑した表情を浮かべている。
「父は、父ですから」
「どういうお父さんなんですか、普段は」
「……、いい父親だと思います。私には優しいし、母とは仲もよいですから」
「まさしく、理想的な父親ってわけですか」
パットの物言いは、全く粘着質で、まるで何度追い払ってもまとわりつく煙草の煙のようである。
「何がお聞きになりたいのですか」
「では、単刀直入にお尋ねしますが、中央議事堂公園の爆破テロの件、ご存知ですよね」
「ええ、ニュースで」
「実は、こういう文書が現場に落ちていましてね」
胸のポケットから例の声明文を取り出し、広げてカオリの前に差し出した。
「これ、治安警察は情報を握りつぶしていた声明文でしてね、当然、一般国民は知るところじゃないんですが、問題はそこじゃない。この国がAIを推進させ、AIの支配下に置くという構想は、大勢の中枢か、あるいはこれの推進母体の軍の関係者でなければ分からない事だ。そして、一般人と同じく自由がきく人間。そして、この図書館がテロの連絡所として使われている事。これを総合すると、貴女が一番合致するんですな」
カオリの雰囲気が変わった。刹那、「私」の首筋に疼痛が走った。これは、マリオンとカシムが入れ替わるあの時の状態に瓜二つである。疼痛は際限なく増大していく。思わず床に突っ伏してしまった。
「おい、大丈夫か」
パットの声が山頂で鳴っている教会の鐘のように遠く響いている。遠くに消えていくパットの声にすがるようにして意識を保たせながら、
「あなたは、私と同じだ」
といった。そして彼女は、マリオンと話をするとき、妙な疼痛を感じていたに違いない、それも、首筋に、爆ぜるような。
パットは事態を呑みこめないでいるが、彼女の表情から推測するに、彼女は分かっているようだ。
「ならば、あなたも軍属病院に行きましょう。事の次第をはっきりさせるべきです」
強く説諭したが、彼女は断固たる態度で拒絶した。
「あそこには、二度と戻りたくない」
という。それ以上は語らなかったが、パットは
「ちょっと失礼」
というと、いきなり彼女のみぞおちに拳を叩き込んだ。彼女が意識を飛ばし、崩れ落ちる。途端に、首の疼痛が治まった。
「何があったんだよ、お前」