マリオン 5

ようとしている、という事なのであろう。確かに、年の恩給は通常の生活に週末ごとの小旅行をし、さらに外食を加えても十分におつりがくるほどであり、それが生涯にわたって支給されるのだから、ここで軍人としてのキャリアを終え、次の人生設計を考えるのも一つの人生のあり方であることに間違いはない。
 彼女の退院が決まった翌年七月の直前、「私」は最後の診察と検査を行った。
 心電図、骨及び筋肉の可動、さらに運動能力と、検査結果上、彼女の状態は全く問題はなかった。そして最後の診察になった。
「何か変わった事はありますか。例えば、熱っぽいとか、ふらつく、とか」
 そういう事は全くないそうで、調子はいたって良好だ、と茶目っ気たっぷりに答えた。
「……、では、例の夢はどうですか。まだ見ますか」
 ええ、と少尉は頷いた。ただ、以前ほど見る頻度はなくなったそうだが、それでも数日に一度は例の夢を見る、という事であった。
 ただ、内容は前よりも変わっていて、以前はただ人型の光が目の前に立っていただけだったのが、近頃は何かを語りかけてきている、という。その内容もはっきりとしたものではなく、まるで「音」が流れ込んでくるような具合だ、という。
「音。それは、どういう音ですか。例えば、音域が高い、或いは低い。文字に表わすことができるか否か。その音にどういう印象を抱いたか。答えられますか」
「……。そう、しいて言うなら、父さん、かな」
「父さん。というと、少尉のお父上が、その光の正体だ、と」
「そうじゃない。私、父は居ないの。母子家庭だったから、日本で」
「日本。あなたは、この国の生まれ育ちではないのですか」
 意外に思った。少尉の体つき、肌の色、どれをとってもこの国の人間と全く遜色がなかったからである。それが日本人とのハーフである事実に、まず驚いた。
「つまり、お母上が日本の方で、お父上がこちらの国の人間」
「ええ。母が言うには、父とは若い頃に別れたようで、私の事は別れてから妊娠していることが分かったらしいの。でもそのときすでに父は日本を離れ、ここに居たらしくて」
「では、お父上を追いかけてこの国に」
 そうなるのかなぁ、と天井を見上げつつ呟くように言った彼女の表情は、結果的にそうなった、とでも言いたげであった。
「身の上話も、診察のうちかしら」
「これは、申し訳ありません。では、当時の状況は覚えていますか。どういう作戦で、どういう状況だったのか」
 少尉の答えは澱みがなく、また記憶も正確に残っていた。被弾した後からVIP室で目覚めるまでの間の記憶は全く残っていなかったようだが、それは仕方のない事であるとして、それ以外はすべて全く良好といってよかった。
「これで、全ての検査及び診察を終わります。恐らく、このまま退院手続になると思います。無論、これは検査結果を待っての事になりますが」
 そういって「私」は、少尉を病室に送り届けた後、研究室に戻った。すると、すでに机の上には不揃いながらも少尉の検査結果がでており、其れに目を通した。やはり、異常は見られない。だが、脳波の検査結果を読んだ時、どういう事なのか意味を測りかねた。

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