マリオン 35

「いや、そういうわけにはいきません。処置は早い方がいい。それに、こういう事を調べるのにうってつけの人物を知っています」
 携帯電話と名刺を取り出し、電話をかけた。
 はい、と出た電話の声は、凄みと独特の粘りのある声であった。

 軍属病院のアイラ女医に頼んで一人用の病室を一部屋予約すると、そのまま強引に彼女を検査入院させた。無論、カシムの抵抗は大きく、小僧呼ばわりどころか、挙句には
「お前はテロに屈するのか」
 とまで言ってのけた。カシムの頑固と偏屈さについては、マリオンに大きな同情を寄せざるを得ない。
 現在、人格はカシムから彼女に代わっていて、随分と落ち着いた様子である。彼女曰く、カシムはへそを曲げてすっかり引っ込んでしまったらしい。
「まあ、その方が助かるけどね」
 というのは彼女の弁である。翌日には何度目かになる脳の検査が行われる予定である。「私」はそのままアイラ女医がいる部屋に向かった。アイラ女医は診察記録などを読み返しているところであった。
「驚いたわ、いきなり電話してくるなんて」
 といいつつも、アイラ女医はやぶさかではない様子であった。
「で、どういう状況なの」
「実は、さきほど彼女と話していたら、突如頭痛が始まったのです。それも、以前話したカシムという人格と入れ替わる時でした。今までこのような事は一度もなかったものですから、よもや、と思いまして」
「完全停止の事ね」
「その兆候だとすれば、彼女は危険な状態になりつつある、という事になります。早く対処しなければ、彼女は脳死状態になります。それまでに手を打たないと」
 そうね、といいつつもアイラ女医の表情は複雑この上ない。恐らく、検査をしたところで対処のしようがない、というところであろう。
「とにかく、暫く彼女はこちらに任せて頂戴。ちゃんと面倒を見るつもりよ」
「ありがとうございます。ではお願いします」
 そういってアイラ女医の部屋を出、今度はベイカー大佐の部屋に向かった。
 ベイカー大佐は小休憩を取っていたようで、「私」の訪問時には、ソファで腰を落ち着かせていた。
「いや、構わん。それで、報告だな」
「はい。ですが、ヤコブ博士には」
「気にすることはない。後で、私から報告しておこう。では、話したまえ」
 「私」は先ほどの事を余すところなくすべて話すと、大佐は、
「では、今、彼女はここにいるのだな」
「はい、アイラ先生にお任せしております」
「わかった。報告は彼女から聞こう。その間、君はどうする」
「当面は互助会の仕事を中心にやっていくつもりです。向こうも人手が足りていないよう

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