マリオン 77

れほどの大きな転換となる治療ができれば、劇的に彼女の症状は改善するかもしれない、そう思った大佐は、一縷の望みを託したのよ、AIにね」
 パットは電子煙草を取り出して、大きく吸い込んだ。何ともやりきれないような、名状しがたい表情で浮かべていた。
「まさに藁をもすがる思いだったってわけか。……、なんともやりきれませんなぁ」
 電子煙草の煙が天井にぶつかる。
「彼女が何度か手術を受けたというのは、AIチップの更新の為ってわけか」
「ええ、そしてもう一人、同じこと手術を受けた人がもう一人」
「それが、マーカスなのか」
 ええ、そうよ、とアイラ女医が頷いた時、驚きではなく、そのような施術が行われ、さらにそれが自らの論文が遠因になっていた、という事への衝撃の方が大きい。
「あの火事の時、運び込まれたマーカス君はすでに心肺停止状態になっていた。そこで、彼を蘇生させるための手段として、再びAIチップを入れたのよ」
「難しい事はよくわからんが、要するにあいつも実験台になったわけか。だとすると、なんで二人もモルモットにしたんだ。やるなら、あの図書館の女一人で十分だったんじゃないのか」
「……、ヤコブの考えていることはよくわからないけど、おそらく男女一人ずつの実験をすることで性別的な差異を見たかったのかもしれない。ほら、男女では脳の違いがあるでしょ?それを見ることで、同性の場合と、異性の場合との両方で見たかったんじゃないかしら」
 アイラ女医が至極冷静に見えた。パットは恐らくそのような経験はないであろうから、どこか他人事のように感じるのは致し方ないとしても、アイラ女医のそれは、明らかに人間の倫理よりも、科学技術者としての学術的興味の方が大きいのかもしれない。
 だとすると、これほど人を馬鹿にした事もないであろう。つまり、「私」とカオリは、自ら望んだわけではなく、科学技術者たちの、ある意味では興味本位で、実験体にされてしまったのだから。
「女医さんよ。おたくらにはおたくらの経緯ってもんがあるだろうが、それでも人体実験はいただけないね。これは、人道問題として、広く批判されることになるでしょうな。私はね、ジャーナリストして、これを聞き捨てるわけにはいかんのです」
「ええ、そのような事は十分に承知をしています。だから、こうして告発をしているわけです」
「告発、ですか。つまり、あなたは軍の研究をすべてぶちまける、そういう事でよろしいんですね」
「そういうことです。それより、メモをとらなくてよろしくて?」
「ええ、今の時代、メモは遅れていますよ。それについてはお気遣いなく。それで、他には何か」
「カオリさんとマーカス君の件については極秘事項だった。知っているのは大佐とヤコブと私だけ。つまり、みんな共犯だったのよ。その後もヤコブは研究を続けた。あの様子は今でも覚えている、そして、AIと細胞を融合させた「バイオAIセル」が出来上がった。幾度か動物実験を行い、その後の人体実験を行う為には当然ながら、実験体が必要になっ

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