創業60年超の美容鋏メーカーに就職したものづくり女子の現在地 菊井鋏製作所 生馬千加さん(菊井鋏製作所 特集2)
和歌山県和歌山市にある有限会社菊井鋏製作所は、美容師向けの鋏を製造している会社です。
代表取締役の菊井さんへのインタビューはこちらからご覧ください。菊井さんの想いや、これからの展望について語っていただきました。
磨いて光る金属っておもしろい!
シリーズ第二弾に登場していただくのは、菊井鋏製作所で鋏づくりを担当している生馬千加(いこま ちか)さんです。
ーー生馬さんは京都伝統工芸大学校のご出身と伺いました。
そうです。彫刻や木工芸など様々ある中から、金属工芸を専攻していました。
ーー元々金属に興味がおありだったのですか?
いえ、大学校に通うまでは全然興味がありませんでした。
高校生で進路を考えた時に、好きだった手芸やものづくりができる学校に興味を持ち、京都伝統工芸大学校を知りました。オープンキャンパスに参加した時に色々な体験をさせてもらえて、その中で一番惹かれたのが金属工芸でした。
ーー具体的にどのような体験だったのでしょうか?
糸のこぎりで真鍮の板を好きな形に切って、ヤスリで磨き、ヘラという道具で側面をピカピカになるまで磨くという体験でした。傷があった金属が最後にはすごく光って、その光沢に魅力を感じました。
ーー入学後はどのようなことを学びましたか?
実習がほとんどで、最初は金属を糸のこぎりで加工するところから、鍛造や鋳造など色々な分野を勉強していました。2年生次は、指輪作りや銅板を叩いて器を作る授業もありました。現在は違うようですが、当時の私は2年間通い、卒業しました。
地元で金属を扱える仕事を探し続ける日々
ーーずっと金属を触っている生活ですね。就職に関してはどのように考えていましたか?
条件としては、地元である和歌山県で金属を扱う仕事だったのですが、探してもなかなか見つかりませんでした。インターネットだけでなく、学校に来る求人を含めても、大阪府や兵庫県、新潟県が多くて、和歌山県はほとんどなかったです。
ーーでも、地元就職というのは譲れない点ですよね。
はい。ずっと探していると、伝統工芸の人向けの求人サイトを発見しました。そこで検索したら、菊井鋏製作所がヒットしたんです。時期は2年生の5月頃ですね。すぐに連絡し、工場見学をさせてもらい、ここに入社する!と決めました。
ーーどんなところに惹かれましたか?
手作業でものづくりしているところに惹かれました。機械も使いますが、手の感覚で仕事している様子にも憧れました。あと、鋏作りを知らなかったので、どうやって作っているんだろうという興味もありました。
言葉にできない職人技 手を動かし覚える
ーー実際に作業してみていかがですか?
穴下という部分をアーチ状に加工する作業は、自分からは見えない部分を、手の感覚を頼りに加工していくため、最初はうまくできませんでした。どうしてもできず、嫌になったこともあります。でも、ずっと同じ作業を繰り返していたら、ある日突然できるようになったんです。基本的に手作業は、数をこなして身に付けていくしかないので、そうやって仕事を覚えていきました。
ーー身に付けるまで時間がかかりそうです。
最初の担当が、溶接部を荒削りする作業だったのですが、慣れるまで1年以上かかりました。鋏作りは、加減やコツを言葉や写真で表すことが難しく、マニュアルとしてまとめることはなかなかできません。加工後確認してもらって、ダメならもう一度加工して・・・の繰り返しで身に付けていきます。
ーー最終工程ではなく、最初の荒削りが難しいとは少し意外です。
最終工程も当然難しいですが、最初の荒削りは、削りすぎても残しすぎてもダメなんです。荒削りが甘いと、次の作業が大変なので、ちょうど良い加減にしなければいけません。はじめはその加減がわかりませんでした。でも、その後、荒削りの次の工程を経験することで、加減が少しずつわかるようになっていきました。
ーーその加減を感覚で覚えるのですね。
時々うまくいかないこともあるので、その差をなくさなければいけないと感じています。
(菊井さん)色々な形状の鋏を作っているので、製品によって形や深さなどが異なります。荒削りも、この製品ならいいけど、別な製品で同じように加工したら取りすぎということもあります。勉強し続けなければいけないと感じます。
現場は男性ばかり まずはトイレの改修工事だ!
ーー製造現場には女性の先輩はいらっしゃらないということですが、その辺りへの抵抗はありませんでしたか?
最初は不安でしたね。仕事や環境に慣れるのも時間がかかりますし・・・。でも、先輩方も急に若い女の子が入ってきて、戸惑っていたと思います。笑
(菊井さん)思い出すと、生馬よりも周りのおっちゃんたちの方が、ワタワタしていたように思います。笑 今思うと、そこまで気を使わなかった方がお互い良かったような気はしています。お互い戸惑いはありましたね。余談ですが、最初にやったのはトイレの改修工事でした。
ーートイレの改修!詳しくお聞かせください。
(菊井さん)確か、面接の時にはまだトイレが一個しかなかったんだよね?
(生馬さん)そうでした!
(菊井さん)女性が入社するのにトイレが一個しかなく、それはダメだろうと思って、改修して女子トイレを作りました。面接の時に『入社するまでには、ここに女子トイレちゃんと作るから!』と言っていました。笑
ーー入社する側としては、そう言っていただけるのは安心ですよね。
ものづくり新聞主催の『ものづくり女子の休憩室』企画でも、職場のトイレがトークテーマにあがりました。生馬さんと同世代の方々が、職場環境や働き方についてトークを繰り広げています。こちらも是非ご覧ください。
現在地から見る 私の未来
ーー生馬さんの目標や夢を教えてください。
加工がうまくいく日と、いかない日の差をなくしたいです。あと、やっぱりできる作業をもっと増やしたいですね。
ーー社内で目標にされている方はいらっしゃいますか?
工場長は全ての工程の作業ができるので、目標ですね。
ーー春には新入社員の方も入社されると伺いました。率直にどう感じていますか?
学生時代もそんなに後輩と関わるタイプではなかったので、不安はあります。でも、楽しみです。
ーー菊井さんから見て、生馬さんや新入社員の方に思うことなどはありますか?
(菊井さん)今まで、取材や工場案内など全部私1人で対応していました。これからは社員にそういった役割を担ってもらったり、外部と接する機会を作りたいと考えています。
先日、イベント出展の際に、どうしても私1人では準備が間に合わず、生馬を含めた社員3名にコンセプトだけ伝えてブースレイアウトを全て任せました。忙しい中、しっかりやってくれました。その時、そういった準備を含めて、任せるって大事だなと思いました。
ーー今回のものづくり新聞編集部向けの工場見学は、菊井さんサポートの下、生馬さんが案内してくださいました。生馬さんは今回のような工場見学や、展示会準備などをやってみていかがでしたか?
正直に言うと、準備などは大変でした。笑 ものづくりが好きなので、作ることはもちろん続けたいですが、外部の方と関わる機会の大切さも感じました。やってみて、仕事についてうまく説明できない部分も結構あったので、もっと鋏の勉強をしたいなと思いました。
編集後記
これからものづくりを志す人にとっては励みになり、かつて生馬さんのようだった方には懐かしくも、原点を感じていただけていたら幸いです。この先、様々な経験を積まれていく生馬さんをまた取材させていただきたいと思う取材でした。