眼鏡のまちからときめきを 株式会社キッソオ 吉川精一さん
今回は、福井県の越前鯖江エリアで開かれる産業観光イベントRENEWの参加企業を紹介します。
RENEW(リニュー)は、福井県の鯖江市・越前市・越前町という伝統工芸の産地を中心に、年に一度、3日間にわたり開催される持続可能な地域づくりを目指す産業観光イベントです。RENEWのメイン会場がある福井県鯖江市は、日本国内で生産されている眼鏡の9割以上を生産する眼鏡の一大産地としても知られています。
眼鏡のフレームに使われるセルロースアセテート(以下アセテート)という材料は綿花由来の天然素材です。綿花に含まれるセルロースという植物繊維の主成分とお酢にも含まれる酢酸という薬品を反応させて製造されます。
石油由来のプラスチックと似た質感ですが、高い透明度を持っていたり、吸湿性があったり、アレルギーが少ないなどといった特徴を持ちます。
(参考:キッソオ 公式HP)
アセテート板製造元から購入した畳1畳分ほどの大きさの板を、おおよそ眼鏡くらいのおおきさにカットし、眼鏡フレーム型に切削後、研磨して眼鏡を作ります。
アセテート板の製造工程
お話をお伺いしたのは、株式会社キッソオ代表取締役の吉川精一さん。キッソオは素材であるアセテートを中心に、眼鏡製造に必要なパーツや機械を取り扱う商社です。また、眼鏡の材料商社であるだけでなく、眼鏡の新しい可能性を探求しています。
キッソオは、眼鏡商社のほか、『KISSO』というブランド名で眼鏡材料を使ったアクセサリーも手掛けています。KISSOでは、主に眼鏡のフレームに使われるセルロースアセテート板を貼り合わせて柄を生み出し、削りだすことで生み出されたリングやペンダントなどを販売しています。
眼鏡のまちに不可欠な存在
ーーキッソオはどんな会社ですか?
キッソオは、眼鏡を作る工場が眼鏡を作るときに困ったことを解決する眼鏡材料商社です。材料はもちろん、加工機械から研磨剤まで必要に応じて提供しています。眼鏡は主にアセテートという、綿花から作られた天然由来のプラスチックが使われています。キッソオではイタリアの「MAZZUCCHELLI(マツケリ)社」(※¹)からアセテート板を輸入して販売してきました。
毎年、マツケリ社は200色程度の新色のアセテート板を発売します。キッソオではその材料を仕入れ、鯖江の眼鏡製造工場へ提供しています。オリジナルで作る色柄は、アセテート板を1ロット買うと80万円程度の金額になり、材料商社でも何色も買い付けるのは困難です。
鯖江を救うために立ち上げた「ギフト組」
ーー吉川さんが眼鏡産業に携わるようになったきっかけはなんですか?
私が大学3年生の頃、イタリアのミラノで世界一大きな眼鏡の展示会があり、父に同行して遊びに行ったことがありました。その展示会には、出展者を含め約300人の日本人が来ていて、半数以上が鯖江の会社でした。その人たちについて行ってみると、ミラノの街にあるハイブランドのお店に入って、数百万もするブランド品をバンバン買っているんです。「眼鏡業界ってすげー!」と感動しました。
日本は当時、DCブランド(※²)全盛期の時代でした。眼鏡商社はそういったブランドからライセンスを貰って製品を製造し、販売していました。ブランド品は、日本国内だけでなく全世界で売れたので、とても羽振りが良かったんです。
ーーとてもキラキラした時代だったのですね!
はい・・・。私たち材料商社も、生産量が安定しており、半年先の売上まで見えていたため、着実な経営ができていました。しばらくの間、売り上げは右肩上がりだったんです。
しかし、1990年代から、大手の眼鏡商社が中国に進出したことが原因で、鯖江の眼鏡製造工場は次々と倒産しました。そうすると、当然、材料商社の私たちにも注文が無くなります。
さらに、2000年代からは中国で眼鏡を生産する大手のメーカーが台頭してきます。2008年にはリーマンショックが起こり、また売り上げが半分に激減しました。そんな苦しい時期を乗り切らなければいけないと、鯖江の仲間たちとギフト組を立ち上げることにしたんです。
ーーギフト組とはなんですか?
鯖江の眼鏡工業組合青年部会の中で、「新しいことをしていかなくては」「自分たちで商品を作って販売する力がなくては生き残れない」「まだ会社としての体力があるうちに、人に頼らず商品を販売する力を付けていこう」との声が上がり、2009年に発足した勉強会です。この団体でギフトショーに出展した経験から、「ギフト組」という名前を付けました。
この集まりでは、眼鏡製造の技術を活かして、アクセサリーやギフト系など眼鏡とは違う分野の商品開発に取り組んできました。
鯖江はマネするのが得意なまち
眼鏡の生産はピラミッド型の階層で成り立っています。上から小売店、商社・デザイン会社、製造工場そして私たちのような材料の会社があります。新しい商品を開発しようと考えた時に、「この流れに沿ってビジネスを拡大しよう」と、オリジナルブランドの眼鏡を開発するケースが多くありました。しかし、そのような取り組みは、元からあるピラミッドの中でお客さんの取り合いを生んでしまいます。そうならないために、各社独自の強みを見つけ、競合を避けながら展開する必要がありました。
キッソオは特に2つの大きな強みを持っています。1つは、色鮮やかな柄のアセテート板を何種類もストックしてあることです。
日本で人気の眼鏡は黒か茶色かグレーで、その他の奇抜な色は広い需要がないため、一般の眼鏡加工工場ではあまり取り扱っていません。キッソオはマツケリ社と長いビジネス関係があり、魅力的なアセテート板の色柄をオリジナルで開発するノウハウを持っています。
もう1つは、アセテート板を貼り合わせる技術を持っていることです。
以前から、表裏で違う色の材料を使った眼鏡のフロント部分を、小ロットで製造していました。その工程を振り返ると、我々には“貼り合わせる技術”があることを再認識し、その技術で何か出来ないかと考えました。キッソオの製品をマネして作ろうと思ったら、似たようなものはできるかもしれませんが、キッソオと同じ技術と材料を持たない他社は全く同じものは作れません。
また、鯖江は昔からマネをするのが得意なんですよ。実際に、キッソオが靴ベラを作った時には、後から4社が靴ベラを販売し始めました。しかも、私たちより安い価格で販売しています。そういった業界なので、長くビジネスを続けるために、他社にはマネできない特徴を持った商品が必要なんです。
眼鏡から生まれたアクセサリーブランド『KISSO』
ーーどのような製品を作りましたか?
キッソオの強みを活かしてカラフルなアセテート板を貼り合わせ、美しい層を持ったブロックを作り、それを削りだしてリングを製作しました。基本的に日本で眼鏡用に流通するアセテート板は、黒かブラウンかグレーが主流なので、鮮やかな素材は多く使われることがありません。キッソオでは、その鮮やかな材料の中から毎シーズン、デザイナーが色の組み合わせを選んでいます。他の会社では2色揃えるだけでも大変で、貼り合わせる技術が必要となればなかなかマネできません。
ーーKISSOブランドはどのように立ち上げていきましたか?
私たちにブランドの作り方の知見はありませんでした。そんな時に頼りになったのは、鯖江の眼鏡産業の繋がりです。既に眼鏡の自社ブランドを確立しているデザイン会社に、ブランド作りのノウハウを教えてもらいました。
彼らから学んだのは、眼鏡という製品は高品質であることは当たり前で、その商品の背景にあるストーリーを伝えること、それをお客様にしっかり届けることが重要であるということでした。私たちはその言葉を受けて、作り手の思いやブランド誕生のきっかけなどの、アクセサリーに隠れていたストーリーを発信し始めます。
しかし、色々な発信をしていくうちに、KISSOの女性のお客様は商品のストーリーよりも、直感的にかわいいか、かわいくないか。その商品が自分の価値観に合うか、合わないかを重要視していると気が付きました。
ーー最近開発した商品や、新しい取り組みなどはありますか?
最近は、津田塾大学の学生と産官学連携の取り組みで、商品開発プロジェクトを立ち上げました。そこで出た「ネコの首輪」というアイディアを採用して実際に商品の販売まで漕ぎつけました。商品の名前は大学の創設者、津田梅子にちなんだ『Umenowa』です。
ペットが苦しくないように首輪となる素材をなるべく薄く削り、且つ、折れない十分な強度を持たせています。この調整は数値で合わせているのではなく、熟練の職人が感覚で仕上げています。
KISSOでは、商品ごとにターゲットを細かく設定していて、ブランド全体では、10代から90代まで全年代を網羅した商品を展開しています。コロナ禍での1番の売れ筋は、ルーペをおしゃれなペンダント風に加工した「ペンダントルーペ」です。ルーペはお母さん、おばあちゃん世代に人気があるので、通販番組やカタログ販売に掲載して販売しています。
アクセサリー製作への道
ーーなぜアクセサリーの製造・販売にこだわったのですか?
2010年頃、雑貨を作るものづくり企業はほんの少数でしたが、様々な地方のものづくりの会社が、自社の技術を活かして新しい取り組みを始めようとしていました。キッソオは2012年に、デザイン会社のCEMENT PRODUCE DESIGNと協業し、“アセテート加工のプロフェッショナル”をコンセプトに『Sabae mimikaki』などの雑貨の開発も手がけました。Sabae mimikakiはグッドデザイン賞を取るなど大ヒット商品となりました。
しかし、5年も経つと全国にライバルとなる自社製品ブランドがたくさんできてきたんです。その中には雑貨も多く、雑貨という大きなジャンルの中からヒット商品を生み出し続けることはなかなか難しいと考え、アクセサリー開発に注力することにしました。
KISSOオリジナルで初めて作った物はリング。アクセサリ―市場は大きくないかもしれないけれど、その他の業界に比べて、浮き沈みが穏やかな業界なので安定した商売ができるだろうと考えたんです。
ーーアクセサリーに注力するまでに様々な壁があったのですね。アクセサリー作りは手間がかかるように見えますが、模様による難易度の違いなどはありますか?
タテ型の模様の方がより多くの材料を貼り合わせたブロックが必要なため、コストがかかります。そのほか、ナナメ型の模様もあって、これが一番加工が難しいです。また、デザインを考えることはもちろん大変な作業ですが、限られたアセテート板の組み合わせでときめく色を作らなくてはいけないことも難しいですね。
ーー限られた条件の中での商品開発なのですね。かわいい色やデザインが沢山あって迷ってしまいそうです。
指輪の場合、豊富な色がラインナップされているうえに、サイズは5種類、形は4種類あるので色・柄・形を悩みながら探すことができることがKISSOの魅力です。
キッソオの価値を守りたい
ーー人気商品のルーペはどのような経緯で開発しましたか?
ギフト組で出展したギフトショーには、KISSOのリングを持っていきましたが、会場での商談では「鯖江と言えば眼鏡だよね」「老眼鏡やルーペはないのか?」といった声がたくさん聞かれました。そういう声があるならと作った商品がルーペです。自社ブランド立ち上げから2年目でルーペを商品化しました。その当時、おしゃれなルーペが世の中になかったので売れると確信を持っての販売開始でした。
そんな時に出会ったのが、中川政七商店の中川社長(当時)です。キッソオさんはなんの会社ですか?と聞かれたときに、「女性向けのアクセサリーを作っている会社です」と答えました。そしたら「だったら日本一のアクセサリーやさんになるといった目標を持った方がいいですよ」と言われました。「初対面なのに手厳しいな~!」とその時は思いましたが、なぜかその言葉がずっと心に残っているんです。
「雑貨も作ってはいるけれど、やるからには日本一のアクセサリーブランドになる」その思いを持って今日まで事業を進めてきました。
ーー今後の課題などがあれば教えてください。
通常、高価なジュエリーは金やプラチナなど、使われている素材そのものに価値があります。一方でKISSOのアクセサリーはアセテートなので、素材的に値段の上げ幅には限界があるため、KISSOのアクセサリーの価値をどうやって担保するかが悩みです。例えば、転売したとしても金のアクセサリーなら値段が落ちないのに、KISSOのアクセサリーは確実に値段が落ちてしまいます。
そんな時にデータで価値を担保する「ブロックチェーン技術」(※³)があると知りました。今はそれを利用してKISSOのNFT(※⁴)を作ろうと思索しています。
「RENEW」参加から見えたKISSOの魅せ方
ーーRENEWに参加していかがですか?
これまで参加してみて、RENEW期間には3タイプのお客様がいらっしゃると感じました。1つ目はキッソオに興味はないが、RENEWとものづくりに興味がある女性の方。2つ目はKISSOのファンの方、3つ目は私(吉川さん)の話を聞きに来る方。
私たちはKISSOのファンを増やし、ファンの方に響くものを作っていきたいと考えています。KISSOにお金をかけてくれる方々にどう魅力的なコンテンツを届けるかが大事だと感じています。これがね、難しいんですよ。
鯖江の本社にあるKISSO STOREに直接買いに来ていただけるお客様は、ほとんどがリピーターです。リピーターの方々は半数が県外の方で、大阪、京都、名古屋などからKISSO STOREを目的に鯖江まで足を運んでくださいます。
そういったお客様は、みなさん1時間くらい買い物を楽しんでいかれます。KISSOのアクセサリーにはひとつひとつ違った顔があるので、あえて商品の種類は絞らずに「悩みを楽しむ時間」を提供していきたいですね。
キッソオランドを作りたい
ーー今後挑戦してみたいことはありますか?
キッソオランドを作りたいです!
ーーキッソオランドですか!?一体どんな場所なのでしょうか。
「KISSO」と「眼鏡」をテーマとした、ものづくりにリアルに触れる体験を提供する場所です。たくさんの方が訪れるテーマパークにしたいです。今は会社案内くらいしか出来ていませんが、今後コンテンツを広げていきたいですね。私は企画を考えることが好きなので楽しみです。
いずれは鯖江に来てもらうだけでなく、私たちがキッソオランドや鯖江のメガネを全国各地に持ち出していくこともしていきたいです。今は東京や大阪など大都市の百貨店でポップアップストアを開いています。
そういった取り組みが最終的には福井県、そしてキッソオランドがある鯖江に来るきっかけになってほしいです。
眼鏡業界にアクセサリーという新しい産業を持ってきたことで、新しい形で「眼鏡のまち鯖江」がPRできれば1番いいですね。
あとがき
特に心惹かれたのはメガネ産業の仲間から商品のブランド化について共有があったエピソードです。さらなるメガネの価値向上に繋がる地域内の工場同士のつながりが見られる鯖江市の魅力を感じました。
製品そのものだけでなく、製造する会社のファンをつくるために細部まで考えこまれた商品。かわいくて透明感たっぷりのアクセサリーたちから目が離せません!(特派員 村山佑月)