走馬灯(第1話)
プロローグ
ねえ、お母さん。
私はどんな子供だった?
私はあなたの望んだような子供でいられたのかな。私なりに精一杯そのような役を演じてきたつもりだったけど、あなたの目には全て見透かされていたのかもしれないね。でもね、私なりに本当に精一杯やってきたつもりなんだよ。
ねえ、お母さん。
私を生んで、良かった?
1
私は屋上に立っていた。
家の近くにある10階建ての商業ビル。周りはフェンスで囲われている。遠くで赤い夕日が町並みの向こうに沈もうとしている。もう一時間もすれば回りは暗闇に覆われる。
このビルの屋上の鍵はいつも開いていることを私は知っていた。
一年ほど前、何の気は無しにそのビルの階段を上っていたら、偶然発見したのだ。いや、何の気は無しにというのは間違っているのかもしれない。だって、その当時の私はそのようなビルを探すために色々なビルの階段を登っては降りを繰り返していたのだから。
私はゆっくりとフェンスに近づいた。
フェンス越しに屋上の縁の下を除くと、小さな虫のように歩道を世話しなく人が歩いているのが見えた。
一年前の私は、なぜビルの屋上を探していたんだっけ?
はっきり言ってしまえば良く覚えていない。とにかく私を取り囲む日常から逃げ出したかっただけなのかもしれない。私を取り囲む日常や現実が、その当時の私の眼からはひどく色あせたものに見えた。このままこのような場所で時間をやり過ごしながら年を取っていくことをイメージしたら私は本当に絶望的な気持ちに襲われたのだ。その絶望から少しでも逃げ出したくて、私は少しでも空に近い場所に行きたかったのかもしれない。ただ、その当時はそんなことも深くは考えたくなくて、ただ歩いている中でビルを探していた。
フェンスの一部が壊れていて、私のような小柄な体だったら何とか潜り抜けらるだけの隙間が開いている。そこに向かってゆっくりと歩く。そしてその隙間を潜り抜けた。目の前にあった金網の壁を越えると、その先にはもう何も無かった。私はビルの屋上の縁にゆっくりと立つ。少しでもバランスをくずすと落ちてしまう。そのような儚さが好きで私はここに通っていたのだ。
この縁の右には死があり、左には今までと同じ生活がある。
そのような状態に立つことによって、私は自分が今生きているのだということを強く感じることができた。きっと人は、自分の死を通してでしか、自分の命を存在を感じることができないんだ。そんなことをぼんやりと思ったりした。
毎日の生活はただただ平凡に過ぎていく。
毎日同じ時間に起きて、毎日同じ時間に電車で一駅の女子高に向かう。そして毎日同じくだらない話をクラスメートとしては、毎日同じようにその一日は終わっていく。そこに中々意味を見出せなかった。自分が本当に生きているのか、それとも死んでいるのかも分からなかった。なぜこのような生活を続けなければならないのか分からなかった。ただ、このビルの屋上の縁に立つときだけは、今、確かに私は生きているのだということを強く感じることができた。
そのときだった。
今までそんなことは一度だって無かったのに、何もない平坦の縁の上で右足をくじいたのだ。
私はその平均台の上でバランスをくずした。
「あ!」
私の重心は縁の右側に傾いていく。目の前の世界が急にスローモーションになった。
このまま落ちるのだろうか。
でも、このまま落ちてしまうのもそんなに悪くないのかもしれない。
どうせ、世界はつまらないのだから。
そんなことを頭の片隅でぼんやりと思った。
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