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『母を亡くして』…変な癖

その癖が始まったのは、
おそらく母が亡くなって1.2ヶ月後くらいだと思う。


それまでお年寄りを見かけると、
「同年代かな、でも母のほうが若いわ」と
比較していたように思う。

けれど、亡くなってからは、
とにかくお年寄りが気になって仕方ないのだ。

道端では
「躓かずに歩けてるかな」。
「あんなに背中が曲がって。お買い物も大変そう」

夜のコンビニでは
カートに体を預けるように歩くお年寄りが、
値下げされたお弁当を買い求める姿を見かけ、
経済的にも、体力的にも厳しいなと思う。

電車では
車両のほぼ全員がスマホ画面に釘付けで、
ヨボヨボと乗り込む老人に目もくれない。
「あのお婆ちゃま、席譲ってもらえたかな」
「お爺さん、つり革に捕まっていても転びそう」
と気が気でない。

ある日の地下鉄。
途中から老人男性が乗り込んだ。
大きなリュック、着古した感じのある服は
ズボンのポケットが破れてた。
少し警戒しながら観察してわかったのは、
この男性は清掃の仕事をしていて
服は作業着だということ。
早朝の仕事を終えて帰宅するところなのだ。

「そりゃ、お疲れですよね」
心のなかで呟く。
じつは母もオフィス清掃の仕事を、
なくなる2ヶ月前までしていた。

男性は最初、目で空席を探していたが、
そのうち諦めて、つり革にぶら下がるようにして
目を閉じた。

一駅過ぎて、
私の前に座っていた二人連れが席を立った。
すぐさま私は男性の肩を、
人差し指一本で突つき、空席を指差した。
男性はありがとうございますと礼を言い、座った。
座ってからも礼を言った。

しばらくして、私の降りる駅が来て、
ドアの方向に体の向きを変えると、
男性はまた、「ありがとうございます」と言った。私は照れ臭くて
「あ、はいはい」みたいに頭を軽く下げて、
聞こえていることだけを示した。

もしかしたら…。
その時は気づかなかったが、
感謝の気持ちとともに、
男性は私と、
言葉のやり取りをしたかったのかもしれない。

男性の想いを汲み取れていなかったな。
そう思いながら、
母にはもっと、思いやれていなかったと悔いた。
お年寄りが気になって仕方ないのは、
じつは母にしてあげられなかったことへの、
懺悔なんだ。

(了)