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短編小説:『新しい形』

まえがき

「壊れてしまったものは、もう元に戻らないのだろうか?」

そんな問いが浮かぶ瞬間は、私たちの日常の中にたくさんあります。物であれ、思い出であれ、あるいは人間関係であれ、壊れたものをそのままにしておくのは、ときに苦しく、切ないものです。

しかし、壊れたものは新しい形で生き続けることができる――そんな希望を、この物語『新しい形』を通じてお届けしたいと思いました。この小さな物語が、あなたの大切な何かを思い起こし、それを新たな視点で見つめ直すきっかけになれば幸いです。

どうぞお楽しみください。


1. 壊れた時計

「どうしてまた動かないのかな……」

陽菜(ひな)は、小さな作業机の上で分解した古びた腕時計を見つめていた。祖父の形見であるその時計は、彼女が幼い頃から大切にしてきたものだった。動かなくなって何年も経っていたが、陽菜は修理しようと何度も挑戦していた。

針が進む音が好きだった。小さなカチカチという音は、祖父と過ごした時間そのもののように感じられた。だからこそ、壊れたままの時計を放置することはできなかった。


2. 時計修理店の老人

ある日、陽菜は街角の小さな時計修理店を訪れた。そこは古びた木の看板がかかり、長い間放置されたように見えたが、店内には所狭しと並ぶ時計が規則正しく時を刻んでいた。

「いらっしゃい。」

カウンターの奥から現れたのは、小柄な老人だった。白髪に分厚い眼鏡をかけた彼は、陽菜の手にある時計を一目見るなり静かに微笑んだ。

「古いけれど、いい時計だね。動かなくなってどれくらい?」

「10年くらいです。でも、どうしても直したくて……」

老人は時計を手に取り、じっくりと観察した。「部品がかなり傷んでいる。直すのは難しいかもしれない。でも……」


3. 新しい提案

翌日、老人は時計を持って再び陽菜の前に現れた。時計はピカピカに磨かれていたが、動き出す様子はない。

「直すのは無理だった。でも、これを新しい形で生かすことはできると思う。」

そう言って、老人は小さなオルゴールを取り出した。その中に、時計の針が組み込まれている。

「時計の部品を使ってオルゴールを作ったんだ。この音を聞けば、きっとあなたの祖父との思い出も蘇るんじゃないかな。」

陽菜は驚きながらオルゴールを手に取った。ゼンマイを巻いてみると、静かなメロディが流れ出し、それとともに時計の針がくるくると回り出した。


4. 過去と未来のつながり

オルゴールの音色に包まれると、陽菜の胸に温かい感情が広がった。時計としての役目は終わっても、祖父との思い出を宿しながら新しい形で生き続けている――そう感じられたからだ。

「これは……すごいです。時計として動かなくても、こんな形で生き返るなんて……」

老人は静かに頷いた。「壊れたものは、新しい形で生かせばいい。それが何かを大切にすることの本当の意味かもしれないね。」


5. 新しい時間の刻み方

陽菜はそれからもオルゴールを手に取り、ゼンマイを巻いて音楽を楽しむ日々を過ごした。それは、単に祖父との思い出を思い起こさせるだけでなく、彼女自身が「時間」とどう向き合うかを問い直すきっかけにもなった。

「新しい形で生き続ける時間――それが、私にとっての未来なんだ。」

陽菜はそう呟きながら、そっとオルゴールを手に取り、その音色を聞き続けた。


−完−



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物語の綴り手
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