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短編小説『幸福と絶望の狭間』

まえがき

この物語は、幸福と絶望という相反する感情の間で揺れる人間の姿を描いた短編小説です。人生は時に、思いがけない出来事が心を満たしたり引き裂いたりします。その狭間で、私たちはどのようにして前へ進むのでしょうか。この小説が、あなた自身の感情や人生を見つめ直すきっかけになれば幸いです。


幸福と絶望の狭間

彼女の名前は梨紗。33歳、都会の片隅にある広告代理店で働いていた。忙しさに追われる毎日の中、梨紗は幸福と絶望の境界線を行き来するような日々を送っていた。

ある春の日、梨紗は会社帰りに立ち寄ったカフェで、一人の青年と出会った。彼の名前は尚也。画家を目指しているという尚也は、どこか夢見がちな瞳をしていた。

“僕の作品、いつか君に見てもらいたいな”

彼の何気ない言葉に、梨紗の心は少しだけ軽くなった。それまで感じていた孤独や疲れが、どこか遠くへと押し流されていくようだった。彼との時間は、梨紗にとって小さな光だった。


しかし、幸福の光が強くなるほど、影もまた濃くなる。

尚也の夢は大きかったが、その足元は不安定だった。彼は生活費を稼ぐためにアルバイトを掛け持ちし、時間を捻出して絵を描いていた。その姿を見て、梨紗の胸には同情とも愛情ともつかない感情が渦巻いた。

ある夜、尚也が彼女に言った。

“僕の個展が決まったんだ。でも、場所代が足りなくて…”

梨紗は迷わず自分の貯金を差し出した。

“これ、使って。”

その瞬間、彼の目に浮かんだ感謝の涙は、梨紗にとって最高の幸福だった。彼女は初めて、自分が誰かの役に立てたと感じた。


だが、それから数週間後、尚也が梨紗の前から姿を消した。

連絡は途絶え、個展の話も嘘だったことが明らかになった。梨紗の心は引き裂かれた。絶望感が彼女を覆い尽くし、自分の愚かさを呪った。

それでも、梨紗は前に進まなければならなかった。絶望の中で立ち止まることは、尚也にすらできなかった自分の夢を捨てることと同じだと思った。


春が再び訪れたある日、梨紗は街角の画廊で一枚の絵を見つけた。それは尚也の作品だった。画廊のオーナーに聞くと、彼は地方の小さな町で絵を描き続けているという。

梨紗は尚也に連絡を取ることはしなかった。ただ、その絵の中に描かれた希望の光を見て、自分の心に問いかけた。

“絶望の中でも、誰かを信じた瞬間の輝きは消えない。”

梨紗はもう一度、信じる力を取り戻そうと思った。


あとがき

人生は、時に予期せぬ絶望を運んできます。しかし、その中にも小さな希望が隠されていることを忘れないでください。この物語を読んだあなたが、幸福と絶望の狭間で揺れる時、その先にある光を見つけられることを願っています。


−完−



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物語の綴り手
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