見出し画像

"なつ"ーショートショート

ーミャーー

僕たちが帰ると、いつものようになつが迎えてくれる。

「なっちゃんただいまーー、いい子でしゅねーー」

僕はなつを抱き上げて、キスの雨を降らせる。

いつものことながら苦笑している恋人をよそに、なつにゴハンをやった。

「待たせてごめんねーー」


「なつ」は本名を「なつみ」という。ロシアンブルーとスコティッシュフォールドのミックスの雌猫だ。

僕が恋人と付き合い始めてすぐ、恋人の家に転がり込むことになったため、必然的に恋人が飼っていたなつとも一緒に暮らすことになった。

元々ペット全般にさほど興味のなかった僕は、構うでもなく避けるでもなく同居生活を送っていたのだけど、懐っこいなつが徐々に甘えてくるようになると、その愛らしさに夢中になった。

寂しがりで、一日中家を空けた後に帰ると、僕らの脱いだ服の上に丸くなって寝ていたりする。
ほんとに可愛いやつだ。
結婚したいくらいだと思う。
でも猫とは結婚ができないから、僕は相変わらず恋人と恋人同士でいる。


恋人とは概ね上手くいっていた。ただ、ケンカをした時などは「こんなにヒステリーを起こす恋人とは、もうどうやっても分かり合えない」と感じ、この家を出ていきたくなる。
でも、そうすればもうなつに会えないのだと思うと、とても無理だ。出ていくことは出来ない。
そういう訳で、僕は相変わらずこの家にいる。


ある初夏の日。

いつものように恋人と同じベッドで眠りについた。


うとうとしていると、いつの間にか明るい光の中に僕はいた。

目の前にいた髪の長い女性がこちらを振り返る。なつだ。僕はすぐに分かった。なつは人間の女性になっていた。
なつと同じクリクリの、だけど少し目尻の釣り上がった目に、長いまつ毛。猫っ毛の長い髪を持ち、しなるような身体と、形の良いバストをしていた。
甘えん坊なようでいて自立しており、包容力があり、僕を甘えさせてくれるのが分かった。

正に、僕の理想の女性だ。
もちろん僕は結婚を申し込んだ。
なつは、ちょっと恥ずかしそうに俯きながらも、僕を受け入れてくれた。

僕たちは、南の島で二人だけの結婚式を挙げた。
その日初めて、僕たちは結ばれた。
幸福に目が眩みそう、というのはこういうことか、と思った。
その島で二人だけの日々を過ごした。どれだけ一緒にいても飽きることはなかった。だけれど、いつまでもここにいる訳にはいかなかった。僕たちは、僕たちの家に帰ることにした。

船の上でもずっとぴったりくっついて過ごした。なつは僕を見上げて、

「家に帰っても私を離さないで」

と心配そうに言った。

僕はもちろんだと答えた。

家に着くと、さすがに疲れていた僕たちは、食事もそこそこに、眠りについた。


東の窓から漏れる光の中で目を覚ます。
楽園の日々の余韻の中、妻の姿を求めると、僕の横にいたのは恋人だった。
どこまでが現実なのかすぐに分からなかったが、覚醒するにつれ、現実に引き戻される。

「起きたの?」
恋人も目を覚まして言う。
「ああ」
僕は恋人の髪を撫で、こめかみに口付ける。

なんとなく後ろめたくて、先にベッドを出る。そうしてリビングで猫、いや、なつと目が合い、一瞬固まってしまう。
そんな僕の気も知らずに(と思われる)、なつはゴハンを催促する。

お皿にゴハンをやって、食べ始めたなつを呆然と見ていた。

食べ終わると、毛繕いが始まる。

ひとしきり終えたなつを見て、僕は、にわかに確認したくなったー何を、かは分かっていなかった。

僕はなつを持ち上げて、キスをしようと顔を近づけると、


「イっ…ーーー」


左頬に冷たい痛みが走る。

暴れるなつが僕の手の中から離れて床に降りると、瞳を大きく見開いて、驚いたようにこちらを見ている。

頭が真っ白になったまま、思わず左頬を手で押さえ、見ると赤い血が付いている。

なつを見ると、逃げるように寝室に走り去っていった。



Fin.



ー2020/5/12改


いいなと思ったら応援しよう!

七海
読んでくださってありがとうございます!