4月の高瀬さん《2》
この地域では桜はまだ咲いていなかった。むしろ少し寒いくらい。
それでも、その寒さが雫の背筋を伸ばしてくれるようだった。背筋が伸びるのは、寒さのせいだけではない。
大学在学中に公務員試験を受け、晴れて合格し、市役所勤めとなった。
これから地域に貢献していくのだと身が引き締まる思いだった。任命式で市長の話を聞いてますます使命感に燃えていた。
朝の通勤時間なので車の往来が多い。慣れない運転で、ちょっとひやひやしながら、交差点を過ぎると木立が並ぶ通りに入った。
ここを過ぎると見えてくるのが、雫の新しい職場、市立中央図書館だった。
小学生のときはたまに通っていたが、中学、高校生になると、部活や勉強で自然と足が遠のいていた、地元の図書館。
まさか自分がここで働くことになるとは、考えてなかったな、と思った。
図書館への配属の辞令を受けた当初、雫は驚いた。というのも小学校のとき読んでいたのは、簡単な読み物で、学年があがるにつれ、分量が増えていく本が苦手になり、殆ど読書らしい読書をしてこなかった人間だったからだ。
芥川賞、くらいは知っているが、受賞作を読んだこともなかった。
司書資格を大学で取ったわけでもない。
なんで?と思ったが、雫は自分のペースでコツコツ働けるかもしれないし、と安易に前向きさを発揮し、深く考えないことにした。
この安易さが、後に、ある人物に目をつけられる要因となる。