【1分小説】記憶を彷徨って
ここはどこ?
わたしはだれ?
まさか自分の人生に
これを言う日が来るとは思わなかった。
いったい俺はどこに来てしまったんだ?
辺り一面田舎の
のどかな景色が広がっている。
そして、何よりも
自分が誰なのかもわからない。
もうずっと
この何もない田舎を歩き続けている。
歩き疲れて休憩していると
小学生ぐらいの男の子が突然、声をかけてきた。
「よっ!マサくん!」
マサくん?
俺のことか?
「ひさしぶりじゃん!
元気にしてた?」
元気も何も、俺は誰なのかわからないのだ。
「そういえば、マサくん
夏休みの自由研究終わった?
雨を全て避けられる走り方を研究するって言ってたけど…」
なんだ、そのバカな自由研究は…
俺はどんなヤツだったんだ?
「あ!ごめん、マサくん
俺そろそろ帰らなくちゃ!」
あれやこれやと考えていると
少年はどこかへ消えてしまった。
再び田舎を歩き続けていると
学校らしき建物を見つけて中に入ってみることにした。
そこには中学生ぐらいの女の子がいた。
「あ、マサヨシくん。ひさしぶり!
元気だった?」
…元気なのかどうか、あなたが誰なのかも思い出せない。
「それで、マサヨシくん。
ラブレター?なのかな?
渡してくれてありがとね。
でも、お付き合いすることはできないの。
マサヨシくんが高度なジグソーパズルをプレゼントしてくれたから、一生懸命解いてたけど完成するまで3ヵ月もかかってしまって…
まさかパズルが完成すると愛の告白が書いてあるなんて思わなかったから
その間に他の人とお付き合いすることになってしまったの。
ごめんなさい…」
昔の俺は何をしているんだ。アホなのか?
「じゃあ、私そろそろ時間だから。」
女の子はいつの間にか消えてしまった。
学校を出てしばらく歩いていると
野球場に辿り着いた。
そこには年老いた男がいた。
「マサヨシ、ひさしぶりだな。
元気にしてたか?」
…ダメだ、何も思い出せない。
「今日は、地獄の特訓って言って
逆立ちしながら年の数だけ校歌を歌わなくていいのか?
お前のせいで高野連から変な指導をするなと怒られてるから、そろそろ真面目に練習してくれると助かるんだがな」
一体過去の俺は何をしたかったんだ…
「悪いな、マサヨシ。
そろそろ時間だ。」
年老いた男は静かに消えていった。
俺は野球場から出て
駅を見つけたので、とりあえず電車に乗ってみることにした。
スーツを着た若い男が隣に座ってきた。
「クマワラ先輩。久しぶりじゃないですか!元気っすか?」
…クマワラは俺の名字か。
「クマワラ先輩、この前
僕が部長に怒られた時、庇ってくれてありがとうございました!
クマワラ先輩の華麗な言い訳のおかげで
部長の怒りもおさまって定時で帰れましたよ。
先輩の言い訳が会社の業務システムから
飛躍していって、宇宙の始まりまで話が広がった時は、すごすぎて鳥肌が立ちましたよ!
やっぱり言い訳に関して先輩の右に出る者はいませんね」
それは褒められているのか?
どちらにせよ。俺は仕事ができるようなタイプではなかったんだろうな…
「じゃあ、先輩。
僕はこの辺で!」
若い男は忙しそうにしていなくなった。
俺は電車を降りてしばらく歩くことにした。すると、1つの立派な家に辿り着いた。
その家から3人の小さな子供達が現れた。
「パパおかえりー!
元気ー?」
…パパ?俺の子どもなのか?
「パパ今日もおねえちゃんが歌って
おにいちゃんがリコーダー吹いて
わたしがカスタネット叩くから
いつもみたいにハイテンションでリンボーダンスして!」
俺は言われた通りリンボーダンスをしてみた。
何度もテンションが低いと怒られた。
昔の俺はどれだけハイテンションでリンボーダンスしていたんだ…
「あ!もう時間だから。
パパさよなら!」
子ども達3人はキャッキャッとはしゃぎながら、いつの間にかいなくなっていた。
家を出て
しばらく歩き続けた。
そして、高台を見つけたので
とりあえず昇ってみることにした。
今まで、歩いてきた所が一望できた。
「遅かったじゃない?」
後ろから声がして振り向くと
キレイな女の人が立っていた。
「どうだった?」
「…なにが?」
「あなたの人生よ」
「俺の人生?」
「そうよ。
あなた亡くなる前に
認知症になって色んなこと忘れちゃったもんだから、あなたが亡くなって天国に行く前に、きっと神様とやらが思い出すチャンスをくれたのよ」
そうか…
そうだったのか…
俺…
認知症になって
色んなこと忘れちまったんだな。
神様、ありがとう…
今、全部思い出したよ。
あの少年はリョウタだ。
自由研究で雨に濡れない方法を一緒に探してくれて、雨の日は一日中びしょ濡れになって走り回ったな。
あの女の子は、サクラちゃんだ。
あれから付き合うことはなかったけど、一緒にジグソーパズル部を創設してくれて
全国大会に出場することができたんだ。
あの年老いたおじさんはマツヤマ先生だ。
弱小野球部の俺がプロ野球選手になるって夢を話しても笑わずにいつも聞いてくれたな。
あのサラリーマンはヤマオカくんだ。
彼が出世して俺がヤマオカくんの部下になっても社員達に俺の武勇伝をいつも語ってくれていたな。
3人の子ども達は、ハナちゃんとユウくんとリンちゃんだ。
3人が立派な大人になって
たくさん迷惑をかけても俺の前では絶対に悪口を言わないで認知症の俺を見捨てないでいてくれたな。
そして、目の前にいる彼女は妻のヨウコだ。
何度も喧嘩して何度も別れようと思ったけど、結局最後まで
俺がこんなになってからも
文句をたくさん言いながら涙をたくさん流しながら、いつまでも一緒にいてくれたな。
「幸せだった?」
「うん…
幸せだった…
幸せだったんだ…
俺は、幸せだった!!
俺はずっとずっと幸せだったー!!
俺はずっとずっとずーっと幸せだったーーー!!!」
高台の上で、今まで出会った全ての人に
感謝しながら思いっきり叫んだ。
声が出なくなるまで叫んだ。
叫び続けた。
叫んで叫んで叫び続けた。
死ぬ直前の俺が何を思って死んだのかわからない。
でも、振り返ってみれば
最高の人生だったんだ…