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【2分小説】幽霊船と兄弟




中2の夏、僕は海で溺れた。


意識が朦朧としていって、
このままあの世に行くんだと思っていたら
死んだはずの兄貴が助けてくれた。



なんで3年前に死んだ兄貴が目の前にいるのか意味不明だった。


でも、もっと意味不明なのは
兄貴が「今は幽霊船の船長になっている」と言い出したことだ。




兄貴の話によると
死んだと思っていたら、なんだかわからないけど突然海賊の格好をしたガイコツ達が現れて「センチョーヲヤレ」と言われたらしい。



陽気な兄貴は何も疑問を持たずに
「OK」と即答をして謎の幽霊船船長の責務を全うすることになったらしい。





死んでから3年間霧がかかる不気味な海を
ガイコツ達と楽しく航海しているところ
たまたま溺れている僕を見つけ、
助けだして今に至るとのことだ。





死んだ兄貴にもし会えたら言いたいことが
たくさんあったはずなのに
何もかもが意味不明な出会いで全て忘れてしまった。





僕が色々と質問しようとすると、
兄貴は「溺れてお腹空いただろ?」と相変わらずマイペースで僕の話なんて聞いちゃくれなかった。



何が「お腹空いただろ?」だ
水飲み込み過ぎてお腹なんて空いてねぇよ…




兄貴は「ほらこれ持て!」と
大きくて重い鉛玉を渡してきた。


「な、なんだよこれ?」


「ここは海だからな!
自分で飯を仕留めんだよ!」


「は?仕留める…?」


「ほら、ボサッとすんな!来るぞー!」


兄貴が楽しそうに笑いながら言うと
船がものすごい勢いで揺れた。


船員のガイコツ達が慌てて海を覗き始めた。


すると大きな大きなそりゃまた大きなオバケダコが海の中から現れた。


僕は開いた口が塞がらなかった。


「ははっ、やべーだろ!
ほらさっさと鉛玉を大砲に詰めて撃たねぇと今度こそ本当に死ぬことになるぞー!」

兄貴はこんな状況でもずっと楽しそうだ。


僕は言われるがままに
必死で砲台に玉を詰めこんでタコ目掛けて撃ち込んだ。


僕達とオバケダコの壮絶な戦いが始まる…




…ことはなかった。


僕が1発目に放った玉が偶然タコの急所に当たったらしく、呆気なく仕留めることができた。


兄貴は「やるなぁー!さすが俺の弟だ!」と大はしゃぎしていた。

ガイコツ達からは「オマエ、センチョートチガッテ、センスアル」と褒めてくれた。


そして、仕留めたタコで
兄貴が巨大なたこ焼きを作ってくれた。


「どうだ!美味しいだろー!?」


「…別に」


ウソだ、めちゃくちゃ美味しい。


そういえば、兄貴はよく父ちゃんと母ちゃんが仕事で遅い日はたこ焼き作ってくれたな。







僕はお腹がいっぱいになって落ち着いたからか、兄貴が死んでからずっと言いたかったことを思い出した。




「…兄貴、僕さぁ」



「おいおい!すげーぞ!見てみろ!!」

また僕が話しかけようとしたら遮ってきた。

聞けよ!


兄貴が指を差した先には
さっきまで青白く光って船の周りをうろちょろしていた火の玉が黄色く美しく光り輝いていた。



「火の玉が黄色くなっているということは近くに財宝があるってことだぞ!」

兄貴は目をキラキラと子どもみたいに輝かせていた。




「おい!野郎共!釣竿の準備だー!」

ガイコツ達が兄貴のかけ声とともに
釣竿を持ち始めて海に釣糸を垂らし始めた。




そして、しばらく静かな時間が過ぎる。





「なぁ、兄貴。

財宝が海の底に眠っているならこんなボロい釣竿じゃ吊り上げられないんじゃないか?

もっと太いロープで引き上げないと切れちゃうだろ?」



「しっ!静かに!集中させろ」

兄貴がいつになく真剣な顔をしている。



ガイコツが「オマエモ、ツベコベイワズ、ヤッテミロ」と釣竿を渡してきた。


仕方なく釣竿を垂らすと
早速なんかがヒットした。


引き上げるとボロボロの長靴が釣糸に引っ掛かっていた。


僕は「なんだハズレか…」と
ため息をすると、後ろから兄貴が

「でかした!!
最高の財宝じゃねぇかー!」

と大はしゃぎして喜んでいた。




「は?これが?

財宝って金貨とか宝石とかじゃなくて?」


「バカ野郎!この霧がかかった陰気臭い海にそんなものあったってなんにもなりゃしねぇよ!

なぁなぁ、それ貰ってもいいかー?

お願いだよー」


僕はこんなもの持っていても仕方ないので
兄貴にすんなりと長靴を渡した。




すると、大喜びして兄貴はその長靴を右足に履いてガイコツ達の前でファッションショーみたいにクネクネと歩き始めた。


ガイコツ達は「オオー!」と歓声をあげていた。

僕の隣にいるガイコツが「センチョー、ファッションセンス、バツグン」と呟いていた。




僕は少し呆れたが
兄貴は、ああやっていつも
歳の離れた僕を楽しませてくれたことを思い出していた。




「なぁ、兄貴聞いてくれよ…」


「おい!野郎共!
俺のNewファッションを自慢したいから
人魚を呼べー!」


ガイコツが兄貴の指示とともにホラ貝を吹いた。

大きな音が不気味な大海原に響き渡った。



また兄貴は僕の話を聞いてくれなかった…




ん、待てよ…?

人魚って言ったか…?



僕は女性との耐性が無いので
少しソワソワした。


海を眺めると
何かがすごい勢いで泳いできて
船に上がってきた。




「んもう、急に呼び出してなんなのよぉ~」



あれが人魚!



僕が想像していたのと全然違う!




下半身が魚じゃなくて首から上が魚じゃないか!!



申し訳ないが、ちょっと気持ち悪い!!




僕が現実の人魚に夢を壊されている間に
兄貴は長靴を人魚達にさりげなく見せびらかしていた。


「よし!野郎共!
ダンスパーティーの準備だー!」


ガイコツ達がボロボロの楽器を持ってきて
演奏を始めて人魚達とのダンスパーティーが始まった。


「あら~!あなた船長の弟さん!
可愛い顔してるじゃな~い。
食べちゃいたいわ~」

マグロ頭の人魚が話しかけてきた。


近くにいたガイコツが「オマエ、イイナ。マグロコサン、ウミデ、イチバンカワイイ」と
嫉妬してきた。


しばらく海で一番可愛いマグロ子さんと
ダンスをすることになった。


「あたしね、船長に告白したのよ~。でも好きな人がいるってフラれちゃったわ~。どんな人なのかしらね~、船長の好きな人って?」




兄貴の好きな人は、生前彼女だったナオさんのことだ…


そういえば兄貴は、ナオさんと結婚するために必死にお金を貯めていたな…



僕が悲しい顔をしていると人魚達は気まずくなったのか背泳ぎをして帰っていった。






「兄貴、あのさぁ…」


「おおお!やべえ!あそこ見ろよ!」






「いいから聞けよ!!バカ兄貴!!」


僕は兄貴に思いっきり怒鳴った。
騒がしかった船上も途端に静かになった。




「…なんでだよ。

なんで…僕なんかを助けたんだよ…?」





「ん?なんでって、
幽霊船で旅していて弟が溺れていたら、そりゃ助けるだろー?」





「ちげぇよ!!

3年前の夏、僕が小5の時だよ!!






僕が兄貴と海に遊びに行った時
約束破って面白半分で沖のほうまで泳ぎに行かなければさ。


僕が海で溺れることもなくて

兄貴が無理して助けに来ることもなかったんだ。



そうすれば、兄貴がさ。






…死ななくて済んだんだ。






…兄貴が助けになんか来なければさぁ




料理が苦手な母ちゃんが毎日兄貴の美味しい料理を食べて喜んでくれたのによ。


頑固な父ちゃんが兄貴の底なしの明るさで笑顔を見せてくれてたのによ。



誰よりも綺麗なナオさんが今頃世界で一番の幸せ者になれてたのによ。





なんで…






助けになんか来ちまったんだよ…」





ずっとずっと兄貴に言いたかったことを
吐き散らかした。






「みんなを笑顔にできる兄貴が生きてて…



僕が死ねば良かったんだ…






僕は兄貴みたいに

誰も笑顔になんかできない…





僕が生きてても


誰も幸せになんかできやしないんだよ…」





涙と罪悪感で兄貴の顔が見えなかった。

兄貴はどんな顔をして僕を見ているのかわからない。




「…そうか、そうだよな、辛かったよな。


きっと俺が死んでから

たくさん頑張ったんだよな…



でもな、俺が命をかけてでも助けたかったのは、そんな不幸な顔をした弟じゃないんだよ。



いつも俺のそばで幸せそうに笑ってる弟が
これからもずっとずっと幸せに生き続けているのを見ていたかったから

あの時、
頭が真っ白になって、体が勝手に動いて

死ぬ覚悟なんてありもしなかったのに
無我夢中で気づいたら海に飛び込んでた。




そしたら
いつの間にか俺が溺れて死んじまったな。


はははっ…








…さすがに笑えねぇか。

…ほんと、ごめんな」



兄貴は僕の両肩に手をポンと置いた。





僕はゆっくりと兄貴の顔を見た。


いつもの優しい笑顔だった。





「いいか、この俺の弟なんだから
生意気にも人を幸せにするために生きようなんて思うんじゃねえ。



せっかくの人生なんだ。


腹一杯美味しいものばっかり食べる人生でいりゃあいいんだよ!


周りに笑われても自分の好きだと思えることを信じて、突き進み続けられる人生でいりゃあいいんだ!


そして、甘くて甘くて溶けちまうぐらい素敵な恋をして誰もが羨む最高に幸せな人生を歩んじまえいいんだよ!



誰も幸せにできないだ?

バカ言うな!



少なくともな!

お前が弟だった人生
俺は最高に最高に幸せだったからな!」





さっきまで深い霧に包まれていた海が
晴れてきて太陽の眩しい光が僕達を包んだ。






「それと、


もう2度と死のうとなんかするなよ…」




兄貴には全てお見通しだった。




僕が今日、溺れていたのは
死にたくて自ら海に身を投げたからだ。


もう一度大好きだった兄貴に会いたかったからだ。






太陽の光がどんどん眩しくなって
僕は目を開けていられなくなった。







しばらくして、目を開けると俺は砂浜に打ち上げられていた。




見渡すと
父ちゃんと母ちゃん、ナオさんが
心配そうに僕を見ていた。




僕が生きているとわかると
みんな嬉しそうに笑ってくれた。





ふと左足を見るとボロボロの長靴が履かされていて久しぶりに僕は笑った。











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