【2分小説】イタズラ少年とお騒がせお嬢さま
父親の顔は見たことがない、母親は流行り病で死んでしまった。
天涯孤独というのは俺のことを言うのだろう。生きるために毎日盗みを働かせる日々。大人達は俺を見てみぬふりをしてばかりだ。
だから俺は誰かに存在を証明したくて
毎日大人達にイタズラをした。
馬糞を溜めた落とし穴に落としたり
あることないことデマを流したり
建物や待ち行く人の洋服に落書きをしたりした。
イタズラをすれば大人達は怒って
俺のことを見てくれた。
そんなある日、今日もイタズラを企んでいると綺麗な金髪をした少女が話しかけてきた。
「あなたが噂のイタズラ小僧ですか?」
なんだ、大人達に頼まれて俺を捕まえに来たのか…?
「そうだと言ったら?」
「あなた様にお願いがあるの。
私にイタズラを教えてくださらないかしら?」
「は?イタズラ?」
「そう!イタズラよ」
「なんで…?」
「私の名前はエリー=ヒルトン。
ヒルトン家といえば聞いたことないかしら?
この町一番のお金持ちの娘よ。
毎日世の中にとって正しいこと。
良いことばかり教えこまれてきたわ。
でも、もう正しいことや良いことばかりするのに疲れてきたの!
だからグレてやることにしたのよ!
ワルになってやるの!
でも悪いことを今までしたことないから、イタズラの方法がわからないの…
そんな時、噂で
町の噴水通りにイタズラ小僧とやらがいると聞いて会いに来ましたのよ」
俺はあまりにアホな説明に呆れて立ち去ろうとした。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!
教えてくれましたら、もちろん報酬を渡しますわよ!」
「…なに?」
それなら話は別だ。
次の日、エリーと待ち合わせをして
俺は激辛タバスコを持ってきた。
「あそこにレストランがあるだろ?
シェフが目を離した隙にミートパイの中にたっぷりタバスコを入れてこい」
エリーは驚いた表情をした。
「まぁ、なんて!極悪なイタズラなの!?
こんな恐ろしいこと逆立ちしても考えられないわ…
歯を磨いてからケーキを食べるよりも極悪よ…」
「なんだ?怖じ気づいたのか?
だったらやめてもいいんだぜ」
俺はエリーを挑発した。
「ふん、お嬢様の私が怖じ気づくことなんてありませんわ!やってやりますわよ」
そういうとエリーは勇み足でレストランに向かって行った。
しばらく待っているとエリーはなぜか満足げにミートパイを持ってきた。
「なんだそれ?」
「あまりにもミートパイが美味しそうだったからお持ち帰りさせてもらいましたの」
「おい!イタズラはどうした?」
「まずは腹ごしらえしませんとイタズラなんかできないでしょ?あなたの分もありますわ」
…それは一理ある。
しばらくまともな食事をしていない。
俺は素直にエリーからミートパイを受け取り食べた。
モグモグと食べているとエリーが
「うーん…少し物足りませんわね」と言ってタバスコをかけ始めた。
俺も言われてみればなんとなく物足りなく感じて、エリーにタバスコをかけてもらった。
しばらく2人でモグモグ食べていると
突然、口の中から火が吹きそうなぐらいの激痛が襲った。
「「ああああ辛ああああいいい!!」」
俺とエリーは叫び散らかして走り回った。
あまりに自然な流れだったから激辛のタバスコだったことを忘れていた。
「助けてえええ!!」
「水!水!水!!」
俺達は強烈な辛さで力のリミッターが外れ、馬よりも速いスピードで悲鳴をあげて走った。
すると、レストランのシェフが騒ぎに駆けつけて水を渡してくれた。
「君達、大丈夫かい?」
「ありがとうですのよ、おかげで助かったわ」
エリーはシェフにお礼を言った。
「ほら!あなたもお礼を言うのよ!」
「なんで俺が!そもそもお前が!」
「助けてもらったらお礼を言うのが当たり前よ、ほら!」
エリーは俺の頭を掴んで無理矢理下げさせた。
「…あ、ありがとう」
俺は半ば強引に人生初めてのお礼を言わされた。
シェフは嬉しそうに笑っていた。
俺は、その日の夜
不思議な気持ちでいっぱいになって眠れなくなった。
次の日、今度はバナナの皮と接着剤を持って行った。
「今日は靴磨き屋のふりをして、
客の靴裏にバナナを貼り付けるイタズラをしてもらう」
「ひっ!なんておぞましいイタズラを考えるの?あなたってもしかして人の皮を被ったサタン?
洋服を着たままお風呂に入るぐらいおぞましいわ…」
エリーはビクビクと怯えていた。
「じゃあイタズラはやめるか?」
俺はまた挑発した。
「な、何を言うの?ワルになるって決めたのですもの!やるに決まってるでしょ?」
エリーはプンスカ怒りながらバナナと接着剤を持って町へと向かって行った。
俺は昨日眠れなかった分、睡魔に襲われて昼寝をすることにした。
目が覚めるとエリーが俺の靴の裏にバナナをくっつけていた。
「は?何してんだ!?」
「私、気づいてしまったの。
まず人にイタズラをする前に自分達で実験して安全かどうか確かめる必要があると思わない?」
「全く思わない」
「だからあなたの靴裏にバナナをつけてみたの。
さぁ、どのくらい滑るか確認するから寝てないで立ってみなさい」
俺は手を引っ張られ無理矢理立たされた。
すると、足がツルツル滑ってまともに立ってられない。
「す、すごい!こんなにバナナの皮って滑るのね!
さぁ、私もつけてみないと!」
エリーも自分の靴裏にバナナをつけて
ツルツルと滑り始めた。
なぜか楽しそうだ。
俺は必死に転ばないように手足をバタつかせたり何か掴めそうな物を探した。
エリーが両手を差し出してきたので
俺は無我夢中で掴んだ。
俺達はクネクネツルツルとあらゆる体勢になりながらバナナの皮の滑る力に抗った。
周りを見ると町の人達がなぜか集まってきた。
「なんだ!この2人見たことない面白いダンスをしてるぞ!」
「なんだか僕達も踊りたくなってきたな!」
「私、ギターを持っているから演奏するわ!」
「さぁ、みんなで踊ろう!」
町中の人達が俺達を中心に踊ったり演奏し始めてお祭り状態になった。
しばらく、俺達が滑り続けているとバナナの皮のヌルヌル成分が尽きて俺達はようやく体を落ち着かせることができた。
町の人達は盛大な拍手をしてからお祭りを終わらせた。
「ありがとう!君達のおかげでとても楽しい日になったよ」
生まれて初めてお礼を言われた。
「イタズラってこんなに楽しいのね!」
エリーは満面の笑みをしていた。
「違う!
こんなのはイタズラなんかじゃない!
明日は飛びっきりのイタズラを考えてくるから覚悟しておけよ!!」
俺は捨て台詞を吐いてエリーと解散した。
その日の夜も今まで感じたことのない変なソワソワした感覚になって眠れなくなった。
次の日の朝、俺は大量の火薬を持っていった。
「今夜は収穫祭だからな!
あそこの畑に大人よりも大きな特大カボチャがあるだろ?
今夜、火薬を仕込んで大爆発を起こしてやるのさ!」
「…オーマイガー。なんて禍々しいことを考えるの、恐怖という言葉はきっとあなたのためにできたのね。
畳まれた洋服達の上にダイブするよりも禍々しいわ…」
エリーは足をガクガクと震わせていた。
「なんだいつもみたいにビビっているのか?」
俺はまた挑発した。
「…ええ、今回ばかりは恥ずかしいことに
とてもビビってるわ」
いつもと違う返答で俺は驚いた。
「そうだ!もっと素敵なイタズラにしたほうがいいわ、例えば…」
エリーは俺に耳打ちした。
「ふざけんな!そんなイタズラやったってつまらねぇよ!やるなら勝手にやれ。
お前のは、イタズラとは呼べない!!」
俺はエリーの考えたイタズラにムカついたから火薬を渡して、早々に解散し昼寝をすることにした。
エリーは悲しい顔をしていた。
目が覚めると夕方になっていた。
そろそろ収穫祭が始まってエリーの考えたイタズラが実行される頃だ。
俺は、ほんの少しだけエリーのことが心配になって様子を見に行くことにした。
すると、エリーは特大カボチャを一生懸命押して運んでいる最中だった。
「だから言っただろ?
そんなどでかいカボチャなんか運ばないでみんなが集まる広場で爆発させちまえばいいのさ」
「ダメよ、それはあまりに危険だわ。
どうせなら楽しいイタズラにしたいの」
エリーは顔を真っ赤にしてカボチャを運んでいる。
「早くしないと暗くなって周りが見えなくなるぞ?」
「大丈夫よ!私、しっかりマッチを持ってきてるの!」
エリーは誇らしげに言ってマッチを点けた。
すると、特大カボチャに装着していた
火薬の導火線に当たってしまい
マッチの火が導火線に移ってしまった。
「バ、バ、バカヤロウ!
の、残り数十秒で、ば、爆発しちまうぞ!」
エリーは口を大きく開けて固まった。
「…ど、どうしよう」
涙目で俺を見てくる。
「とにかく逃げよう!
俺達が爆発くらっちまう!」
俺はエリーの手を引っ張ろうとしたが
エリーはそれを振り払った。
「だめよ!
このままここで爆発したら町のみんなが一生懸命準備した祭の催し物が台無しになってしまうわ」
「それがイタズラって言うんだよ!」
エリーは頑なに逃げようとしない。
「あーもうっ!わかったよ!」
俺はイタズラ用に持っておいたバナナの皮を急いで特大カボチャに貼り付けた。
「エリー!朝、俺に耳打ちしたジャンプ台とやらはできてるんだろうな?」
「うん!あそこ!」
俺はエリーが泥で作った大きなジャンプ台に向けてバナナ付き特大カボチャを押して転がした。
でも子どもの力ではあまり転がらない。
俺は急いでイタズラ用に持っておいた激辛タバスコを口に入れた。
地獄のような辛さにより全身に力がみなぎり火事場の馬鹿力で思いっきりカボチャを押した。ゴロゴロゴロと、ものすごい勢いで転がっていった。
そして急斜面のジャンプ台の上を転がり
天高く特大カボチャは飛んでいった。
町の広場から「あれはなんだ!?」という声が聞こえてきて、カボチャが最高到達点を迎えた時に豪快に爆発した。
エリーが提案した
「特大カボチャ花火大作戦」は図らずとも見事に成功した。
町の広場からは今年一番の大歓声が沸き起こった。
エリーを見ると大泣きしていて
「良かった」と俺に抱きついていつまでも離さなかった。
俺の顔は激辛タバスコで真っ赤だった。
その日の夜、また眠れなくなった。
なぜだか頭の中でエリーの顔でいっぱいになった。
これはいったいなんだ…?
薄々自分のなかで気づいてはいたけど
気づかないふりをしていた。
もしかして、これは…
恋というやつなのではないだろうか?
次の日、いつものようにエリーに会いに行った。
意識してしまうと胸がドキドキしてしまう。いつもより髪がピカピカ光って見える。瞳の色が綺麗な青で吸い込まれそうになる。
「ねぇ、聞いてるの?」
「え?」
まずい、見惚れて聞いていなかった。
「ですから、最近
私なんだか夜眠れないの」
「え?」
嘘だろ、エリーも眠れないのか。
ということはエリーも俺のことを…?
「そして、眠れない理由を考えてみたの。
で、ようやく昨晩理由がわかったの!
きっと、私…」
待て待て、もしかして告白されるのか?
「あなたの…」
やばい、胸が高鳴ってはち切れそうだ。
「ようなワルにはなりきれてないってことね。
決まってイタズラをした日にドキドキして眠れなくなるのですもの。
あら…?
どうしたの急に顔を真っ赤にして?」
俺は恥ずかしさで死にそうになった。
「あ、いや、そ、そうだ!その通りだ!
お前はまだ完璧なワルになりきれていない!
俺はお前と違って
完璧なワルだから毎晩ぐっすり睡眠だ!」
「そうね。
もっと頑張らないといけないわ。
もっとたくさんイタズラを教えてくれないかしら?」
「も、もちろんだ!覚悟しろ!」
俺とエリーは今日もイタズラを続ける。
俺が提案してエリーが失敗する。
1人でイタズラをしていた時と違って
町では大人達の笑い声が絶えなくなった。