想い出の住む街 第九話
師走 ー 十二月 ー
今日は、終業式だ。
明日からは、待ちに待った冬休みが始まる。
式が終わると、生徒達はすぐに放課となった。
帰り道。
身軽なヒミィに対し、ティムは大荷物を背負っている。
「ティム…あのさ」
「分かってる」
ヒミィが何か言おうとするのを、ティムはすかさず止めた。
「どうせ持って帰るんだから、前々から少しずつ減らして行けばいいのにって…そう、言いたいんだろ?」
「分かってるなら、実行すればいいじゃないか」
ヒミィが呆れると、ティムも自分に呆れながら言った。
「それが出来ないから、こうして毎回大荷物を背負ってるんだろう?面倒なんだよ…毎日荷物が増えるより、こうして最後の日にまとめて持って帰った方が一回で済むじゃないか」
「そうは、言ってもねえ…」
ヒミィは、困った顔でティムを見つめた。
「おーい、其処のゴミ回収係さーん!」
そう言って後ろから走って来たのは、アーチだ。
ネオも、一緒に走って来る。
「アーチさぁ…」
ティムは後ろを振り返り、追いついて来たアーチに言った。
「終業式になると、毎回それ言うよな」
「あ、そう?何だ、ゴミじゃなくてティムの荷物だったのかぁ!」
ティムの姿を見て、アーチは笑っている。
「その台詞も、毎回言うよな」
恨めしそうな顔で、ティムはアーチを見ている。
ティムは終業式が来る度に、アーチに同じ厭味を言われ続けている。
「悔しいんだったら、一度くらいは身軽に帰ったらどうなの?」
ネオがそう言ったが、ティムは肩を竦めた。
「流石の僕も、アーチに厭味を言われる方がまだマシだと思ってるらしい」
『えーっ!』
それを聞いて、ヒミィとネオは益々呆れてしまった。
「それよりさ…明日はいよいよ、クリスマス礼拝だね」
気を取り直してヒミィがそう言うと、ティムは溜息をついた。
「面倒なんだよ…毎年毎年折角休みに入ったって言うのに、一日目からこれだもんな」
毎年終業式はクリスマスイブの前日に行われ、翌日クリスマスイブの夜には学校のチャペルでクリスマス礼拝が催される。
「楽しみにしててくれなきゃ、困るよ」
突然、後ろから声がした。
皆が振り返ると、其処にはクラスメイトのイファが立っていた。
「あれ、イファじゃないか。練習、ないのか?」
アーチが訊くと、イファは頷いて言った。
「あるよ、これから」
「イファ、ごめんね。ティムは、悪気はなかったんだよ」
ヒミィが謝ると、イファは笑って肩を竦めた。
「分かってるって。ティムが物臭なのは、いつもの事だろう?まあ校長の有り難くもない説教とか、聖書の朗読とか、そんなのは適当に聞き流しながら居眠りでもしてていいから、せめて僕達が出て来た時くらいはバッチリ目を開けていてくれよ?」
イファは、合唱部だ。
演劇部が九月祭に活躍するのに対して、合唱部の年に一度の見せ場はクリスマス礼拝なのである。
部員達は皆、明日の為に毎日発声練習を頑張って来たのだ。
「今年は、完成度が高いんだよ。ソロパートに選ばれた先輩、親がオペラ歌手なんだって。血を引いているだけあって、流石って感じだったよ。思わず、鳥肌が立つって言うかさ…とにかく、楽しみにしててくれよ」
「それは、興味あるな」
ネオがそう言うと、ティムは驚いた顔をした。
「え…ネオは、賛美歌にも興味があるのか?」
ネオは、頷く。
「僕は、音楽に嫌いなものなんてないんだ。皆それぞれ、素晴らしい部分を持ってると思ってる。勿論、賛美歌だってそうだよ」
「ふーん…ただ、眠いだけだけどな」
「ティ、ティムっ!」
ティムの発言を聞いて、ヒミィが慌てて注意する。
イファは、笑って言った。
「気にするなよ。ま、ティムみたいな奴だっているさ。皆が皆、ネオのように音楽が好きな連中ばかりじゃないからな」
「僕は毎年、楽しみしてるよ。合唱部の息の合ったハーモニーは、最高に感動だもの!」
ヒミィがそう言うと、イファは嬉しそうに微笑んだ。
「有り難う。そう言ってくれると、僕達としても歌い甲斐があるってものさ。じゃあ、今日も一旦荷物を置いてから再び集合する事になってるから」
「大変だろうけど、頑張ってね」
「練習のし過ぎで、喉潰すなよ。本番は、明日なんだからな」
ヒミィとティムがそう言うと、イファは大きく頷いた。
「ああ、有り難う。じゃ、お先に」
イファは手を振りながら、走って行った。
「そう言えば…珍しく、セピアの姿を見ないな」
アーチが、ふと呟いた。
ヒミィが、帰り際のセピアを思い出す。
「何か用事があるとか言って、早々に帰って行ったよ」
「また、何処かふらついてんじゃないのか?」
ティムが、素っ気無く言う。
「そんな言い方は、良くないよ。セピアの場合は、探険だろう?ふらついてるだなんて、まるでセピアに放浪癖があるみたいじゃないか」
ヒミィがムッとすると、ティムは溜息をついた。
「ま、どっちだって似たようなもんだろう…それよりさ、身軽なんだったら一つずつ荷物持つの手伝ってくれよ」
三人は、仕方なくティムの荷物を持ってあげる事にした。
「寒いなぁ…」
アーチが一言、呟いた。
「当たり前だろう、もう冬なんだから」
ティムが、冷たく言い返す。
「あーあ、折角ポケットの中に手を入れていたから温かかったのに、この荷物のせいで手を出さなきゃならなくなっちゃったよ…手が、冷たいなぁ」
アーチは、一際大きな溜息をついた。
吐き出した息は白く、気温の低さを物語っている。
ヒミィとネオはそんなアーチを見て、クスクス笑っている。
ティムは、苛々しながら言った。
「ああ、分かったよ!奢ればいいんだろう、奢れば…全く。ほら、何がいいのか一人ずつさっさと言ってくれよ」
「僕は、ホットチョコレート!」
咄嗟に、ヒミィが叫んだ。
「また、それか。好きだな、ヒミィは…で、アーチとネオは?」
「ぼ、僕は、いいよ…」
ネオは遠慮したのだが、アーチは強気で言った。
「まあそう言うなよ、ネオ。ティムが、自ら奢るって言ってくれてるんだから…そうだなぁ、僕は店に入ってから決めるよ。そうと決まったら、さっさと歩こう!」
アーチは荷物を持ち上げ、元気良く歩き出した。
「全く…アーチには、呆れるよ」
ティムがそう言うと、ヒミィは溜息をついた。
「いや…ティムにも、呆れるよ」
「右に同じく…」
ネオにも言われて、ティムは一人頭を抱えた。
夕方。
ヒミィはママに頼まれて、おつかいに出掛けた。
その帰り道、学校の前を通ると正門の脇にセピアが立っているのが見えた。
「あ、セピア!」
ヒミィは道を横切り、正門へ走って行った。
それに気付いたセピアが、手を上げる。
「やあ、ヒミィ。おつかいか?」
「うん、ジンジャークッキーの材料を買いにね。お釣りは好きに使っていいって言うから、郵便局でクリスマス限定の切手を買って来たんだ。セピアは、こんな所で何やってるの?確か今日は、用事があるって早く帰った筈じゃ…」
ヒミィが訊くと、セピアは校舎の方を見た。
「その用事を、丁度済ませた所さ」
「え…学校に、用事があったの?」
「まあね。父と、一緒に来たんだ」
ヒミィは、驚いて言った。
「お、お父さんと?どうしてセピアのお父さんが、学校に?」
「ほら、夏に紺碧のピアノを見つけたの覚えてる?」
セピアに訊かれて、ヒミィはハッと思い出した。
「ああ!もしかして森の中に捨てられていた、あのピアノの事?」
セピアは、頷いた。
「父の知り合いに頼んで、直してもらうって言っていただろう?それがこの間、ようやく直ったんだ。さっき僕も見たけど、新品同様だったよ。だから、父の提案であのピアノを学校へ寄贈する事にしたんだ」
それを聞いて、ヒミィは嬉しそうに手を叩いた。
「いい考えだね。きっと、あのピアノも喜んでる筈だよ。また、大事に使ってもらえるって」
「そうだね…あ、父が来た。じゃあ、僕は裏門から帰るから」
そう言って、セピアは裏門の方を指差した。
ヒミィも、頷く。
「あ、うん。じゃあ、また明日」
「ああ、クリスマス礼拝でね」
こうして二人は、それぞれ家へと帰って行った。
翌日。
夕方頃から、学校のチャペルには生徒達が沢山集まって来た。
チャペルの中には天井の高さほどもあるクリスマスツリーが立てられ、周りの壁も蝋燭やリースで飾り付けされている。
生徒達は時間になるまで好きな場所でお喋りを続け、伴奏担当の生徒はパイプオルガンで練習をしていた。
ヒミィがチャペルに入るとセピア、アーチ、ネオが既に来ていた。
「皆、来てたんだ」
ヒミィが駆け寄ると、アーチが頷いて言った。
「ああ、ティム以外はね」
「確か、去年も校長の話の途中で入って来たような…」
去年のティムを思い出しながら、セピアが言う。
「そうそう、そうだったよ。所詮、ティムはいい加減なのさ。兄貴のティセといい、本当にそっくりな兄弟なん…」
「誰が、いい加減だって?」
後ろから声がして、アーチは肩を掴まれた。
噂をすればで、ティムの登場だ。
「ティム…ど、どうしたのさ。今年は時間より、随分早く来たんだね?」
ネオが驚いて言うと、ティムは嫌そうな顔をした。
「ティセはまだ、自分の部屋のストーブの前でウトウトしてるよ。勿論、僕も例年通り遅れて来ようと思ってたんだけどさ、今日の昼頃、郵便局行った帰りに学校の裏門前通ったら…」
「どうしたの?」
ヒミィが訊くと、ティムは小さな声で言った。
「まあ見間違いかもしれないんだけど、外で歌の練習してる奴がいて…」
「合唱部?」
ネオの質問に、ティムは首を横に振った。
「いや、それが…夏にさ、ピアノ奏者と歌い手を捜しに行ったの覚えてるか?」
「まさか…」
セピアは、ハッとした。
「あの時の、ボーイソプラノの彼がいたって言うのかい?」
ティムは、黙って頷いた。
ネオも、目を丸くする。
「う、嘘だろう?だってあの時、ピアノは既に壊れて…」
「いや、直ったんだ?」
セピアは、そう言った。
「え、ど、どう言う事?」
ネオが訊き返すと、セピアは昨日の事を説明した。
「昨日の夕方、直ったピアノを父と二人で学校に寄贈したばかりだ」
「じゃあ…」
ネオが言おうとしている事を察して、セピアは静かに頷いた。
「彼等が再び現れた可能性も、十分考えられる」
「ちょっと待ってよ」
其処で、アーチが話に割って入った。
「何の話さ」
「ああ、またアーチは参加しなかったんだっけ…」
と、呆れ顔のティム。
「アーチはしつこく、港で新しい釣り道具が届くのを待ってたんだよね」
ヒミィが、思い出しながら言った。
アーチも、パチンと手を叩く。
「ああ、あの日の事?そう言えば君達、おかしな行動取っていたよな。砂浜を、短時間の間に行ってまた戻って来たりして…どうかしちゃったのかと思ったよ」
「ま、アーチには言われたくないけど…」
聞こえないように、ティムが呟く。
セピアは、考え込んだ。
「とにかくティムの言う事が本当なら、今日の合唱に彼等も参加するかもしれない」
「でも、此処の生徒じゃないのにどうやって参加するの?」
ヒミィがそう聞いたが、セピアは肩を竦めた。
「さあね…」
やがてチャペル内は蝋燭でライトアップされ、いよいよクリスマス礼拝が始まった。
生徒達は聖書を広げ、賛美歌を歌う。
そして、校長先生の長い長い話が始まった。
「始まったね」
ヒミィが囁くと、ティムは途端に俯いた。
「じゃ、僕は居眠りの体勢に入るよ」
「たまに時間通りに来たってこれだもんな、ティムは」
そう言って、セピアは微笑んだ。
「ま、いいんじゃない?ティムらしいよ」
と、アーチも肩を竦める。
「僕は取り敢えず、合唱部が出て来るのを楽しみに待つよ」
ネオは暇潰しに、賛美歌集をペラペラと捲り始めた。
プログラムは滞りなく順調に進んで行き、ついに合唱部の発表となった。
部員達は白い衣装を身にまとい、頭には柊の葉をあしらったベレー帽を被っている。
その中に、ヒミィ達はあの歌い手の少年を見つけてしまった。
「ちょ…ちょっと、見てよ!」
ネオのその声に、ティムがビクッとしながら目を覚ます。
「あ、あれって…」
ヒミィが驚いていると、セピアも頷いて言った。
「確かに、あの時の彼だ」
寝惚けていたティムも、ようやく状況を把握した。
「でも、どうして此処に…どうやって、入り込んだんだ?」
やがて生徒達は静まり、伴奏担当の生徒がパイプオルガンを弾き始めた。
合唱部の聡明な歌声は、チャペル内に響き渡った。
しかし、驚いたのはその後だった。
何曲目かで、突然あの歌い手の少年がソロで歌い出したのだ。
「え?」
ティムは、眉間に皺を寄せた。
「イファ曰く、ソロパートは親がオペラ歌手をしている先輩だって話じゃなかったか?」
「確かに、そう言ってた」
ネオも、頷いている。
ヒミィは、ハッとした。
「まさか、彼がその先輩…」
「そんな訳はない」
セピアは、それを否定した。
「とにかく、彼が此処で歌えるような状況は作れる筈がないんだ。それなのに、何故…」
すると、突然ネオが後ろを振り返った。
「ねえ、聞こえない?」
「何が?」
アーチが訊くと、ネオは静かに言った。
「あの、ピアノの音」
「えっ?」
ヒミィは驚いて、辺りをキョロキョロ見回した。
「もしかして、あのピアノ奏者の?」
ティムが訊くと、ネオは黙って頷いた。
「あのピアノなら、昨日業者に頼んで音楽室へ運び込んだ筈だ」
セピアがそう言うと、ネオはすぐさま立ち上がった。
「僕、音楽室へ行ってみるよ」
「あ、僕も行く!」
ヒミィも、慌てて立ち上がった。
「お、おいおい、礼拝の途中だぜ?全く、一番後ろの席で良かったよ…セピア、君も勿論行くんだろうな?」
ティムに訊かれて、セピアは静かに微笑んだ。
「行くしかないだろうね」
「よし、そうと決まったらさっさとこんな所、抜け出してしまおうぜ」
こうして、ティムとセピアもチャペルを出て行ってしまった。
「はぁ…また、話について行けないよ。ま、僕はそんなくだらない事に興味はないけどね」
そう呟いて、アーチは不機嫌そうにパタンと聖書を閉じた。
音楽室に着いた四人は、ドアを開けて驚いた。
あのピアノ奏者の伴奏に合わせて、先程まで合唱部と一緒に歌っていた筈の少年が今、此処で賛美歌を歌っていたのだ。
「あれ…」
ヒミィは、思わず自分の目を疑った。
勿論、チャペルの方からも相変わらず合唱部の歌声が響いて来ている。
それに合わせて、此処でも同じ曲を歌い手の少年は一緒になって歌っていた。
その歌声はあの夏の日のまま、何の変わりもなく素晴らしいものだった。
「あの…」
ヒミィが話しかけようとした時、丁度その曲が歌い終わった。
四人は、訳も分からずに拍手を送った。
歌い手の少年が、深々とお辞儀をする。
そして、四人に向かって言った。
「また、お会いしましたね」
「僕達の事、覚えてくれていたの?」
ヒミィが嬉しそうに訊くと、歌い手の少年は小さく頷いた。
「勿論です。貴方達は、僕達の最後のお客様でしたから」
「さっき、合唱部に混じって歌ってたのは君だったよね?」
セピアが訊くと、歌い手の少年はそれには答えず微笑んだ。
「貴方には、特に感謝しています。貴方がこのピアノを直すよう頼んでくれたお陰で、僕達はまたこうして歌を歌う事が出来たのですから」
「いや、礼には及ばないよ。でも君達のピアノだと言うのに、勝手に学校に寄贈して悪かったかな。それに、君達は此処の生徒ではないだろう?やっぱり歌うなら、自分達の学校の方が…」
セピアが申し訳なさそうに言うと、歌い手の少年は首を横に振った。
「いいのです。僕達は歌さえ歌えれば、場所は何処でも構いません」
「けど…」
セピアは納得出来ない様子だったが、歌い手の少年は言った。
「皆さんは今日の夜中、もう一度学校に来る事は可能ですか?」
そう訊かれて、四人は顔を見合わせた。
「親が寝たら、抜け出して来るよ」
そのティムの意見に、残りの三人も同意する。
歌い手の少年は、壁の時計を見た。
「では今日の夜中、日付が変わる前に学校の中庭に来てもらえますか?」
「分かった、必ず行くよ」
セピアの返事に、歌い手の少年は頷いて見せた。
「それでは、その時にまた。そろそろ戻らないと、クリスマス礼拝はもう終わりますよ」
「えっ…じゃ、じゃあ、行こう!」
ヒミィの言葉に皆は頷き、四人は慌てて音楽室を出た。
そして、真夜中。
四人はパパやママが寝静まるのを待ち、こっそりと家を抜け出して学校へ向かった。
外の空気はピンと張り詰め、凍えそうな夜だ。
四人が中庭へ行くと、噴水の横にあのピアノが置いてあった。
勿論其処には、ピアノ奏者の少年が黙って座っている。
その脇に、歌い手の少年が立っていた。
「皆さん、寒い中集まって頂いて…」
「気にしなくていいよ。それより、何をするんだい?」
セピアが訊くと、歌い手の少年は言った。
「このピアノを直して下さったお礼に、僕達が作った歌を是非皆さんに聴いて頂きたくて…宜しいでしょうか?」
「ほんとに?聴きたい、聴きたい!」
ヒミィは、興味津々だ。
「君達の曲は本当に素晴らしくて、あの夏に初めて聴いた時からずっと気になっていたんだ。僕も、早く聴きたいな」
ネオも、待ち切れない様子である。
「分かりました。それではどうぞ、お聴き下さい」
そう言って、歌い手の少年は咳払いを一つした。
辺りは、しんと静まり返っている。
ヒミィ達の息遣いだけが、小さく聞こえた。
その曲は、歌い手の少年のアカペラから始まった。
その声の透明感に、ヒミィ達はただ耳を澄ませるばかりだった。
やがて繊細な音色を響かせながらピアノの伴奏が入り、二つの音が重なって素晴らしいハーモニーを奏でた。
遠くの方で、鈴の音が聴こえる。
そして夢見心地のまま、曲が終わった。
四人は、盛大な拍手を送った。
「もう、言葉にならないよ…」
ネオは、酷く感動している。
「僕、雪を想像した!」
ヒミィがそう言うと、セピアも大きく頷いた。
「偶然だな、僕もだ」
「この歌は、クリスマスにこの街に降る真っ白な粉雪を思って作りました」
「やはりな…」
歌い手の少年の言葉に、ティムも納得している。
「それでは最後に、皆さんにクリスマスプレゼントがあります」
「えっ、クリスマスプレゼントって…何?」
ネオが訊くと、歌い手の少年は時計台を指差した。
「時計台に用意してありますので、皆さんどうぞ時計台の方へ」
四人は顔を見合わせていたが、頷いて校舎の中へ入って行った。
校舎の中は冷え切っており、冷たい空気に廊下の足音が響き渡る。
四人は階段を駆け上り、時計台に出た。
「うわあ、寒い」
ヒミィは、白い息を吐き出している。
「プレゼントって、何処だ?」
ティムがキョロキョロしていると、ネオが空を指差して言った。
「ねえ、見て!」
「雪だ…」
セピアも、空を見上げた。
暗闇が一面に広がる夜空の向こうから一つ、また一つと真っ白い羽根のような粉雪が舞い降りて来る。
「あの歌、そのままの綺麗な雪だね」
ヒミィは笑顔で、粉雪を両手に受け止めた。
手のひらの雪は、静かに溶けて行く。
「あれ?」
ネオは、下の中庭を見下ろした。
「二人とも、いなくなってる…ピアノもないよ」
皆も、慌てて下を見る。
ネオの言う通り、ピアノ奏者の少年も歌い手の少年もいなくなっていた。
ピアノも、跡形もなく消えている。
その時、目の前で時計台の鐘が十二時を告げた。
街中に、その音が響いて行く。
「最高に素晴らしい、プレゼントだな」
セピアはそう呟いて、再び空を見上げた。
「ホワイトクリスマス、って訳か…」
ティムも、優しく微笑んでいる。
「そろそろ…帰る?」
ネオの言葉に、皆は頷いた。
「明日、積もってるといいね」
ヒミィが、そっと呟く。
きっと朝、目が覚めた時には街中が雪の粉砂糖でデコレーションされ、最高のクリスマスになる事だろう。
そんな事を思いながら、ヒミィ達は幸せな気持ちで眠りについたのだった。
おしまい
二〇〇一.六.二二.金
by M・H
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