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鼻とかほじってたい

さてどうしたものか。
何を書こう。

友達に記事のタイトルを決められたのだが、このタイトルにまつわる書きたいことがない。
本当に思い浮かばない。
新年一発目の記事とは思えないほどの体たらくぶりである。
思い浮かばなすぎて、1月もすでに中旬になろうとしているではないか。時の流れの恐ろしさを感じる年明けである。

今までは内容を全部書いてから、最後にタイトルを決めていたのだけど、タイトルを決められてから書こうとすると、ぐうの音も出ない。
他人に決められたら尚更である。

そして、「鼻とかほじってたい」とかいうタイトルが付いている記事を皆さんはどう思うだろうか。
僕はそんなタイトルの記事を書いている人がいたら、心底軽蔑するだろう。

あと「鼻とかほじってたい」などというタイトルの時点で読んでくださる方に大変失礼だし、
タイトルの態度が気に食わない。
ソファに寝転がってゴロゴロしているようなタイトルである。
スマホをいじりながら、ほとんど見てもないのにテレビをつけっぱなしにしているようなタイトルである。

しかしそんなタイトルでも
よくよく考えてみると、色々と思い出すこともある。

大人になってから人前で鼻をほじったことがあまり無いということだ。
少なくとも記憶にはない。

小さい頃、僕はめちゃくちゃ鼻をほじっていた。
そんでめちゃくちゃ鼻血を出していた。
言い訳はいつも「チョコの食い過ぎ」だった。

気づけば指が鼻の中に入っていたので、僕の指と鼻の穴がくっつくように催眠術をかけられていたのだろう。
それか、僕の指の先端にN極、鼻の穴の中にS極が仕込まれていて、自分の意思とは関係なく、鼻をほじってしまうという構造だったのだろうか。

そうじゃないと説明がつかないほど、鼻をほじっていたなあ。

大人になった今、人前でほじらなくなったのは人前で鼻をほじる行為が失礼な態度であり、かっこ悪いからだと自覚しているからだろう。

指が鼻の穴に入っただけで、なぜあんなにも間抜けになってしまうのか。

また、それを題材にしただけで、
なぜこんなにもまとまりがなく、間抜けな文章になってしまうのか。

そして、いつから他人の目を気にして窮屈な日々を過ごすようになってしまったのか。
あの頃の、少年時代に戻ってみたい。

そんな現実逃避をしながら、今日も仕事へ参ります。

あーあ、鼻とかほじってたい。

おわり

皆様、今年も至らない文章ばかりかと思いますが、
どうぞよろしくお願い致します!

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