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赤ワインとガトーショコラ。そしてさよなら、クリスマス

妊婦生活に追われて、クリスマスが迫っていることを忘れたり、思い出したり、また忘れたり。そんな師走であった。

私の夫は、クリスマスに全く興味が無い人間だ。まだ(ギリギリ)二十代だからだろうか?
今どきの子は昔ほどクリスマスに興味が無い、と数年前に何かで読んだ気がする。
対して、昭和生まれの私はクリスマスが好きだ。本当は、家にツリーを飾りたいし、綺麗な包装紙で包まれたプレゼントを用意したい。チキンとクリームシチューを食べた後は、サンタの乗った丸いケーキにロウソクを立てて……。そんな、絵に描いたようなクリスマスを過ごしたいのだ。
だが、中々思うようにはいかないもので。
ここ数年(夫と出会ってから)は、なーんにも。プレゼントなんて、用意されていないし、してもいない。なんて寂しい!
けれど、ケーキだけは譲れない。もうサンタが乗っていなくても構わない。こればかりは必ず用意して、ロウソクを立てて二人で食べてきた。
だが、今年はどうだ。
夫の実家に顔を出し、ケーキの予約どころかケーキ屋に行ったのは午後も4時をまわった頃で。
車で向かう途中、

多分……ほとんど残ってないだろうな。チーズケーキとシュークリームくらい……プリンも残ってるかな?それくらいだろうな。

と覚悟を決めていた。
だが、それでもまだ甘かった。ショーケースに残っていたのは、シュークリームただ一つ。それも、レジ前に並んでいる長蛇の列の誰か一人が連れて帰ることだろう。
私は、己に、

全然悲しくないし。今年はクリスマスとか別にいいし。予約しとらんかったのも悪かったし。夫の実家行ったのは悪くないし。関係ないし。もう三十五歳だから……大人だから……。

と言い聞かせながら、スーパーのお惣菜コーナーで手羽先の唐揚げを買ったのだった。
献立は、普通の寄せ鍋と、手羽先の唐揚げ。夫婦で食事ができるだけでも良しとしよう。
食後のケーキはないけれど、チョコレートならある。私は、お菓子のカゴからチョコレートを引っ張り出し、カフェインレスの珈琲をいれた。
チョコレートの封を開けながら、ふと思い出した。とある漫画にあった、チョコレートケーキと赤ワインを飲む、と言う物だ。
私は、今日のために随分と前から用意していた、ノンアルコール赤ワインの存在を思い出した。

そうだそうだ、今飲んでやろう!

いそいそと冷蔵庫を開けると、それは奥深くで眠っていた。
炭酸入りで、これの白ワインは中々良かった。控えめだが、一生懸命に「ワインぽくしてみましたけど……」とアピールしてくれる。果たして、この期間限定赤ワインはいかがか?
カシッと蓋を開けてみる。香りはただのぶどうジュースだが、これは仕方がない。飲んでみると、やっぱりただのぶどうジュース。白ワインほどの喜びがないなぁと思いつつ、もう一口。すると、徐々に「あの、ワインの風味を目指してみたんですけど……」と、やはり控えめな後味が顔を出してくれた。飲むほどに、主張が大きくなる。「頑張ってワインしてます!」と、挙手してくれるようになってきた。

いいぞいいぞ。良くなってきた!

私は、チョコレートを口に含んだ。
うーん、イマイチ……。頑張ってくれていたのに、チョコレートを食べた途端にノンアルくんはただのぶどうジュースに戻ってしまった。
飲み終えた缶をへこませ、ゴミ箱に放り投げる。チョコレートならウィスキーやブランデーなんだろうな、と思いながら、珈琲に切替える。
それにしても、チョコレートケーキと赤ワインかぁ。

ワインも全く詳しくない。フルボディやら、ミディアムやら、違いがよく分からない。
ただ、安いワインと高いワインの美味しさの違い、と言うのは分かる。

私は貧民寄りの庶民なので、買うとしたら二千円未満のワインにしよう。
デパ地下かワインの専門店に行って、「二千円以内の、チョコレートケーキに合う……」と相談してみようか。いや、変な見栄を張って「二、いや……三、いや……五千円以内の……」などと要らぬことを言ってしまいそうだ。
近所のリカーショップで、ラベル買いをしよう。
それと、ケーキはお気に入りのパティスリーで、しっとりとしたガトーショコラを。

まず、ワインのコルク抜きに苦労するだろう。慣れぬ手つきでやるものだから、コルクのカスが瓶の中に入り込む。あーあと苦笑しながらも、早く飲みたくて昔に奮発して買った可愛いグラスに注ぐ。
一杯目を注ぐ音が、また格別なのだ。軽快な音が、コルク抜きで荒れた手と心を癒してくれる。
お皿に乗ったガトーショコラは、シンプルな佇まいをしており、断面から生地の濃厚さを語っている。
やはり一口目はワインから。飲み慣れぬせいか、タンニンの渋みが舌にまとわりつく。が、美味しい。通のように、ラズベリーのフレーバーがどうとか、ダークチェリーの華やかさが、など気の利いたことは思いつかない。ラズベリーの香りなど分からぬ!だが、美味しいということは分かる。
フォークで、ケーキの一番美味しいところ、三角の先を切り落とす。その手応えから、これは希望の濃いガトーショコラだぞ、と確信する。食べてみると、やはり濃厚なそれであった。
口に残るぶどうの渋みと香りが、ショコラの甘さに上書きされる。そこにまた一口、ワインを注ぎ混む。ねっとりとしたショコラが、ワインの香りで洗い流される。口の中で、全く新しいデザートができていく。
なるほどなるほど、漫画に描いてあった通り、いや、それ以上に素晴らしい組み合わせだ……。私はうっとりと目を閉じた。

来年こそはケーキを。できれば、ちょっと良い赤ワインとガトーショコラを用意したい。
私は、カフェインレスの物足りない淡白な珈琲を啜りながら、そう思った。

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