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タイムマシンに乗って未来の年金を観に行こう!【その③~適用拡大について】
トシ(30歳):博士、1980年の博多ラーメン、原点に帰ったようで美味だったよ。
博士:うーむ、当時の味をワシの頭の中で神格化してしまって、正直どんな味だったかわからなくなっているんじゃよ。この40年間のラーメンの進化は大きかったからなあ。
トシ:年金も2004年に大きな制度改正をしたけど、20年経過した今回の改正にはどんな進化を織り込めるんだろうね。
博士:やるべきことは「厚生年金の適用拡大」、これは変わっておらん。経営者でも事業主でもない「普通の被用者(サラリーマンなど)」に対して、「勤務先の従業員数が少ない」「勤務時間が短い」などの理由で「厚生年金に入りたくても入れない」という不公平な扱いがいつまでも改善されないのはホントに大問題じゃ。
トシ:第一号被保険者のうち約四割が厚生年金に入れない被用者なんですよね。
博士:2024年度に65歳になる年金受給者では、厚生年金を中心に加入(20年以上)した人は男女平均で月15万円なのに対し、国民年金(1号)を中心にした人は月6万円と半分以下だ(図表1)。
トシ:自営業者でもない被用者が厚生年金に入れずに定年を迎え、月6万円という低年金をベースに何十年も老後を過ごしていくのは大変ですよね。
博士:よしっ、今回は適用拡大を「実施した場合」と「実施しなかった場合」の両方の未来をタイムマシンで観に行くことにするか。
トシ:サークルの先輩後輩は帰られたので、交代要員で私の妻のサヤカ(30歳)も一緒にいいですか。今近くにいるようなんですけど。
博士:勿論大歓迎じゃよ。サヤカさんが到着次第すぐに出発しよう!
「適用拡大」を実施しなかった未来とは
博士:さあ、日本が「成長型経済」に移行した2059年についたぞ。まずは「適用拡大」をしなかったケースじゃ。トシとサヤカさんの夫婦は1994年生まれだから揃って65歳だな。
サヤカ:えーっ65歳ですか!そんな先の事はとても想像できませんよ。
トシ:普通はそうだよね。だからタイムマシンで観に行く意義があるんだ。
博士:この未来の65歳は「厚生年金の加入期間が長い人」の割合が上昇しておる。「厚生年金加入期間20年以上」の人の割合は、2024年の65歳と比較すると男性が81%⇒91%、女性が38%⇒75%にアップじゃ。
サヤカ:特に女性は大幅アップね。
博士:その結果、低年金者の割合が下がって高年金者の割合が上がるという、極めてシンプルな構図じゃ(図表2)。
「適用拡大」をどこまで実施するのか
トシ:ここからさらに厚生年金の適用拡大を反映したら、低年金者の割合がもっと低くなるんだろうね。具体的な改正の条件はどうしましょうか。
博士:うむ。条件設定をする前に、2023年現在の厚生年金加入状況を確認しよう。雇用者全体5,740万人のうち、厚生年金加入者は4,700万人で、厚生年金が適用されていない未加入者は1,040万人だ(図表3)。
トシ:この未加入者のうち、どこまで適用拡大するのかが焦点なんですね。
博士:今は以下①~④の条件が検討されているが、さすがに2059年には④までは実現しておるじゃろう。では④の条件を投影した未来を観に行こうか!
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「適用拡大」を実施した未来とは
博士:さて。適用拡大した2059年はどうなっているかな。
サヤカ:みんな更に年金額が底上げされた雰囲気ね。
博士:そうじゃな。明らかに低年金者の割合は低下している。特に女性は顕著だ。その結果、年金月額10万円以下の人数割合は、男女差がほとんど無くなっている。これは大きな改善策だと思わないか。
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トシ:適用拡大で国民年金から厚生年金へ移る際、国民年金の「積立金」は移さずに置いていくので、その結果国民年金の財政も改善して国民年金が増額しているんですよね。
博士:そして国民年金の増額イコール基礎年金の増加だから、厚生年金加入者も増額の恩恵を受け、高年金者の割合も上昇する。
サヤカ:今までの説明を簡単にまとめると、以下のマンガの通りね。
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博士:むむっ、ここまで頑張って説明した内容がたった三コマにまとめられているとは・・。悔しいが最低限この三コマの内容だけはみんなでしっかり共通認識として覚えておこう。
サヤカ:でも男性と同じくらいに女性の賃金や年金をもっともっと増額させないと。私はこの未来の内容だけじゃ全然もの足りないわ。
博士:うむ、その通り。人手不足で「労働力希少社会」になった日本では、遠慮なくすべての経済政策を実質賃金上昇にシフトしてもいいくらいだ。ではそろそろ現代に戻ろうか。
抗えない時代の流れ
サヤカ:博士、ひとつ質問してもいいですか。短時間労働者に関する「企業規模要件撤廃」は、保険料負担が増えることになる中小企業の関係団体からの反対が根強くてなかなか進まなかったと理解しているのですが、未来ではこれをどうやって着地させたのでしょう。
博士:それは人手不足で「労働力希少社会」になったから、企業の保険料負担が増えてでも良い人材を確保したいという流れになったのではないかな。
トシ:日本スーパーマーケット協会の会長も2024年に「企業規模要件撤廃」に前向きな発言をしていますね。パート労働者が多い業界が賛成しているのだから、これは大きな前進だったんじゃないですか。
企業規模要件の撤廃には賛成です。働く企業の規模によって被用者の対象か否かが異なるのは、短時間労働者にとって不利益となる可能性があるからです。また(中略)自由で公平な企業間競争を歪めている点も大きな問題です。今後「賃金要件」や「労働時間要件」等が見直される場合においても、本来は企業規模による差をつけるべきではなく、仮に差をつけるとしても移行期間は可能な限り短期間とすべきです。
(JSA=一般社団法人 日本スーパーマーケット協会)
http://www.jsa-net.gr.jp/library/pdf/nenkin.pdf
サヤカ:他の中小企業の関係団体は及び腰だったのに、これはなかなか勇気のいる発言じゃないかしら。
トシ:そもそも「企業規模要件」は、2012年に適用拡大が法制化された際に「当分の間」の経過措置として設けられたんだけど、10年以上経っているのにまだ撤廃できていないんだよね。
博士:もうこれは抗えない時代の流れなんだろうなあ。子育てや介護などいろんな事情があって短時間労働を選択せざるを得ない人が、公平なはずの公的年金で不当な扱いを受けている現状は、不合理と言わざるを得ん。
トシ:ホントにそうですね。
博士:さあ、今回も様々な前提条件を元に投影された未来を見てきたが、実際に未来を切り開いていくのはわれわれ自身だからなあ。他人事ではないんだから、もっと多くの人が社会保険や金融について正しい知識を学んで共通認識を持つべきだ。よし、ワシもこれからは学校や企業に「社会保険と金融」の出張講義をして回ることにするか。
トシ:全国行脚、いいじゃないですか。寅さんみたいで。
博士:でもすぐにバテて、やむなく温泉宿が近くにある学校や企業がメインになるかもな。はっはっはっ。
(おしまい)
補足:今回観に行ったのは日本が「成長型経済」に移行した未来でしたが、念のため「失われた30年」の経済が続いた未来も観に行ったところ、適用拡大による年金の底上げ効果が同様に確認できました(図表4)。
(マネーリテラシー総研 代表 尾崎 哲郎)
※この話はフィクションですが、数値は「令和6(2024)年財政検証結果」および以下資料を参考にしています。
資料1:
2024年7月3日 厚生労働省 第16回社会保障審議会年金部会 資料4-2
https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001270568.pdf
資料2:「働き方の多様化を踏まえた被用者保険の適用の在り方について」2024年9月20日 厚生労働省 第18回社会保障審議会年金部会
https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001270568.pdf
資料3:「多様なライフコースに応じた年金の給付水準の示し方について」
2024年11月5日 厚生労働省 第19回社会保障審議会年金部会 資料2https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001325262.pdf
※以下図表集です。
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