定年後は「雇用延長」を選ぶべきか?【定年前に考える③】
会社員の皆さんは、60歳などの定年手前で「雇用延長」か「退職(転職・独立・リタイアなど)」かを選択される方が多いと思います。
大きな迷いどころではありますが、「雇用延長すべきか否か」の「判断のものさし」とはどのようなものでしょう。
それは、突き詰めると
『とりあえず雇用延長による年金受給までの5年間の安心確保』か、
『60歳から10年20年先に向けた(不安はあるが)新たな船出』か、
どちらを重視するのかという事ではないでしょうか。
上記二つの中間、例えば60歳からは週3日勤務にして副業を並行させる、個人事業主として会社からの業務を受託する、など様々なバリエーションがありますが、「判断のものさし」としては上記の二つに集約されるでしょう。
現状では「雇用延長」を選ぶ人が圧倒的多数
では実際にどちらを選択される方が多いのでしょう。
令和5年「高年齢者雇用状況等報告(厚生労働省)」の集計結果によると、「雇用延長」を選択される方はなんと「87%」で圧倒的多数です。
「雇用延長」は「今までと同じ仕事環境で65歳まで定期収入を得て、65歳からは厚生年金を受給する」という、多くの方にとって「仕事環境」と「報酬額」が明確にイメージできる「心理的ハードルが低い選択肢」だからでしょう。
既に「雇用延長」された方は、事前の迷いを乗り越えて仕事に取り組まれていると思います。よって今回は「これから選択する」視点で話を進めていきます。筆者も今年60歳を迎えるので、同時進行形の今しか書けない「心の揺らぎ」を共有できればと思います。
「雇用延長」は選択を「65歳に先延ばしにしただけ」なのか?
65歳に到達した人は平均して男性85歳、女性90歳まで生きるという平均余命データがあります。なので定年の「60歳」は今後の10年、20年、30年・・という「長い人生後半戦」をどのように全うしたいのか、立ち止まって考える絶好の機会と言えます。
ただなんとなくで「雇用延長」を選んでしまうと、単に「65歳に選択を先延ばしにしただけ」になりかねません。
「60歳も65歳もそんなに変わらないじゃないか!焦って早く辞めないで65歳まで安定収入をしっかり確保するほうが賢いんじゃないか!」と思われる方も多いでしょう。その結果が先ほどの「87%」に出ていると思います。
しかし60歳手前の多くの会社員は(役員を除いて)会社から見てすでに「賞味期限切れ」である一方、逆に社員から見た会社組織もまた「賞味期限切れ」なのではないでしょうか。今まで30年、40年と働いてきたのだから、一日も早く窮屈なサラリーマン生活は卒業して「もっと自由な仕事の環境を得たい」というのが本音だと思うのですが、いかがでしょう。
さらに雇用延長は給与半減のケースも多く、「あと5年間前向きに働く」モチベーションをどうやって維持するのかが課題と言えそうです。先輩方の話を伺う限りでは、雇用延長は決して「楽な選択」ではありません。
熟考した結果、65歳以降の準備段階として「戦略的な5年間」を過ごす前提での「雇用延長」ならともかく、「安易な」雇用延長の選択は避けるべきでしょう。
なお上記はあくまで「一般論」で、会社によっては(特に中小企業では)年齢に関係なく貴重な人材として長く働けるケースもあると思います。
しかし、誰しもいつかは会社を卒業することになります。なので、一旦60歳の区切りで「長い人生後半戦」をどうしたいのか、じっくり振り返ることは意義があると思うのです。
具体的にお金の出入りを「可視化」すれば「不安」は解消できる
定年直前の、特に「独立」を目指す方にとって、最大の「不安」は「お金」と「仕事」でしょう。
人生後半戦を前向きに捉え、自分らしくワクワクするような人生を送るためには、「不安」に偏った考えで「負のスパイラル」に陥ってしまう事だけは避けたいところです。
「お金」の不安を解消するには、まずお金の出入りを「可視化」すべきです。毎月の支出は人それぞれなので「家計簿」をつけての可視化をお勧めしますが、まずは参考まで以下公的データを使って見ていきましょう。
2022年度の総務省家計調査によると、教養娯楽費・交際費を除いた「消費支出」は、65歳以上の夫婦無職世帯で約19万円です。この金額に非消費支出(直接税・社会保険料)約3万円上乗せした約22万円を月々の最低限の支出としてみましょう(なお、細かい話をすれば、退職直後の住民税や健康保険料などは多めにみておく必要があります)。
22万円分の収入をどこから得るのか。雇用延長や転職でこれを上回る世帯収入が得られれば、まずは一安心です。
では独立を目指している方が、この収入をすぐには稼げない場合はどうでしょう。赤字が続くと心は揺らぎ、家族の不安もMAXとなります。だから多くの方は雇用延長を選択されるのだと思います。
しかし若い頃と違い、60歳前後の方には少しは蓄えがあるものです。事業が立ち上がるまでの二年間は赤字だとしても、その間の貯蓄の取り崩し分は「自分への投資」と腹をくくる事も出来るのではないでしょうか。
最悪うまく収益化できなくても、65歳からは厚生年金を受給しながら「年金生活者」になって継続すれば良いのです。つまり、シニア起業の金銭的リスクは可視化できる限定的なものと言えます(借金しない、人を雇わない、カッコつけた初期投資をしない、という事が条件ですが)。
副業による独立準備はどこまで可能か
シニア起業の多くは赤字からのスタートですが、そこからどのように事業を軌道に乗せて「仕事の不安」が軽減していったのか。繰り延べた赤字で税金を抑えながら収益を取り戻したのか。諸先輩に教えを乞えば様々なアドバイスを得られるでしょう。
しかし最後は「自分で考えて自分でビジネスを構築する」事が重要です。よって、事業が軌道に乗るまでは相応の時間がかかるという覚悟も必要です。
まずは副業など自分の納得のいく仕事で、たとえ1,000円でも自力でお金を稼ぐ事の嬉しさ、難しさ、責任の重さは早めに経験した方がいいでしょう。筆者も初めて副業で得た収入は、封筒に入れて今も大切に保管しています。
副業を50代から始めて、60歳から華麗に本業化して独立する、、筆者も当初はそのようなイメージを描いていました。しかし会社の本業にどっぷり浸かっている中、朝晩や土日だけを使って副業を「収益化」まで持っていくのはそう簡単ではありません。
その難題をクリアできている人もいるのですが、少なくとも「万人に再現可能性が高い方法はない」というのが筆者の実感です。
ではどうすれば良いのか。筆者の場合、まず50代は仲間や理解者を増やすことに専念しました。例えば、新聞・雑誌やネット上で共感できる記事や書籍を見つけたら、SNSなどで著者をフォローしつつ、出版セミナーなどに顔を出して副業の名刺を交換をしてファンであることを伝え、そこからSNSでつながりを持って「自分がやりたい事」を投稿しながら「理解者」を増やしていくことに注力しました。
重要なのは、仕事狙いの見え透いた利害関係ではなく「お互い志を理解出来る」人間関係を構築することです。少なくとも「なにか面白そうなことをやっているな」と認識してもらえれば、そのような「幅広く暖かく緩い繋がり」は仕事に限らずあなたの人生後半戦をより豊かにすることでしょう。
会社の人間関係に過大な期待は禁物
一方、お金や仕事の利害関係だけで繋がっている会社や取引先の人間関係は、会社を辞めると自然消滅します。
会社の人間関係で退職後も交流が続くのは、やはりお互いの志を尊重できる相手や、引き続き仕事のつながりがある場合や、友人のように気が合うか、共通の趣味で繋がりがあるか、たまに同窓会的に昔を懐かしむ回顧的な関係か、いずれかでしょう。
なんかドライだなあ、、と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし会社や取引先の人間関係への「過度な期待や依存」は、退職後裏切られた感が強くなる可能性が高いと思っています。
でも筆者はそれでいいと思っています。会社とは本来「理念と目的」を共有した集合体なので、「理念と目的」が合わなくなったら離れるのが自然なのです。
「職業の道楽化」を目指すのも一つの人生の締めくくり方
60代以後、趣味やボランティアで人生を充実させるのは素晴らしい選択肢と思います。さらに、筆者は一生かけて「職業の道楽化」を目指すのも一つの人生の締めくくり方だと思っています。
どのような選択をしても、人生は60歳からが「自由」を得られて面白いと言われています。まずは60歳を前に立ち止まって、じっくり考えることが大切ではないでしょうか。
(マネーリテラシー総研 代表 尾崎 哲郎)
まとめ
・「雇用延長すべきか否か」の「判断のものさし」は、
『とりあえず雇用延長による年金受給までの5年間の安心確保』と、
『60歳から10年20年先に向けた(不安はあるが)新たな船出』のどちらを重視するか、につきる。
参考資料:
・「定年前、しなくていい5つのこと」大江英樹 著(光文社新書)他
今回のブログは大江さんの考えが大きく反映されています。大江さんは野村證券に定年まで勤務されたあとに起業され、年にコラムを100本、講演も全国で100回以上、本も年3~4冊出版される大活躍をされていました。
残念ながら2024年1月1日にご病気でお亡くなりになられました。享年71歳、心よりご冥福をお祈りいたします。
今後も多くの方が大江さんの信念を引き継いで活動されることでしょう。筆者もその一人として頑張る所存です。
・「定年1年目の教科書」髙橋伸典 著(JMAM)
髙橋さんは退職時に勤務先と交渉して、仕事を業務委託契約に変更して独立されています。そこまでの紆余曲折は起業を目指す方にとって大いに参考になります。髙橋さんのように60歳になってから、嘱託から業務委託に契約を変更することで、収入源を確保しつつ独立するパターンは、今後増えていくのではないでしょうか。
・『「ちょっとした仕事」は「ちょっとした知り合い」から 社外に利害関係のないネットワークを築いておけば頼まれやすく』藤木俊明氏 2024/1/4 夕刊フジ
weak ties(緩い繋がり)は大事です!
・定年前に考える①、定年前に考える②、定年前に考える④もあわせてお読みください。
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