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失われた香りと刻々と進む科学の話ー今の時代、調香師にできることとは。

とうの昔に失われてしまい、現代の進んだ科学の力をもってしても取り戻せない技術、ロストテクノロジー。

その一例として聞いたことがあるのは日本刀。
現代も優れた刀工の手によって脈々と刀は生み出されているけれど、その作刀法は元をたどれば江戸時代以降伝わっているもの。
平安後期から安土桃山時代に作刀された「古刀」は、現代刀と比べ強度・美しさ共に大きく勝り、美術品としても優れているというけれど、現代の技術を総動員しても、多くの刀工や研究者が探究を尽くしても、その再現は成っていないのだそうだ。

もしくはおそらくその名を知らぬ者はいない、バイオリンの名品、ストラディバリ。17世紀から18世紀、イタリアのクレモナで生み出された。現代の名工が素晴らしい材木を選び、さまざまな工夫を凝らしても、いまだにこのストラディバリの音色に匹敵するバイオリンはうまれていないらしい。

こうした背景には、職人の技術ではどうにもならない問題が潜んでいるのではないかと、最近思う。
現代刀が古刀に匹敵できないのは、作り方 (レシピ) が失われているのはもちろんだが、そもそも昨今手にはいる玉鋼や土 (材料) 、そして焼きあがった刀を研ぐ砥石 (道具) の質が年々落ちているということも一因なのではないか。
ストラディバリも同様で、もしかしたら当時と今とでは、木材の質が全く異なるのではないか。当時木材に生息し、材の質を向上させていた微生物が現環境では絶滅しているのでは、という微生物説も聞きかじったことがある。

香りに関しても、悲しいが似たことがいえるのではないかと最近考えている。調香師を目指してさまざまな書籍を読んできたが、「年々香料の質が落ちている」という記述を非常に頻繁に目にする。地球環境の変動で質のいい植物が育ちにくいのか、コスト削減のため生産場所を移しているのがよくないのか、品質維持と管理の問題なのか、実態はわからない。ただ、その一文が正しいのだろうことは、自分のつたない嗅覚でもとみに感じる。同じ香水のヴィンテージ品と現行品、同じ名前がついているのがかわいそうに感じるほど香りの質が異なるからだ。ヴィンテージ品の方がはるかに香りが奥深く、かつ研ぎ澄まされている。ひとつひとつの香料が澄み渡るように凛と輝き、かつ他の香りを乱すことなくその名の通り「調和」している。ヴィンテージ版を嗅いだあとに試す現行版は、何かで薄められたように輪郭がぼやけ、精彩に欠ける。

念のため捕捉しておくと、現代の香水を批判する気持ちはまったくない。上の刀やバイオリンの例にしても、新しいものを好む方も大勢いらっしゃるだろう。ただ「天然砥石の質の低下」という事実は事実として認められるし、現代刀の中で「特別保存刀剣」に指定されたものはまだ存在しない。
もちろんモダンフレグランスも比較対象なしに嗅げば文句なしにいい香りである。その昔時代を作り、今でもヴィンテージ品が比較的容易に手に入る名香は、どうしても現行品と香りを比較してしまうので上のような表現になる。現行品の香りが100点だとしたらヴィンテージ版の香りは500点だというだけである。

今でももちろん、高品質の香料は生産されている。しかしそれらの限られた上質な香料は少量でもべらぼうに高く、供給も安定していない。大手メーカーになればなるほど、一度世に出した商品は「安定供給」しなければならないため、結果的にそのようないい香料を使えなくなっていく。資生堂の調香師中村祥二さんが自分にとって「理想の処方」が資金面・調達の面で現実的でないこともあり、近年はとみに処方を書く手が鈍りがち、と書かれていたのが印象的であった。
かといってニッチなメゾンも、よほどの資金力がなければそのような上質な香料には手を出せないだろう。わたしが目指している、こじんまりとしたメゾンはなおさらである。

現代は昔にはない科学が発達しているではないか。科学で天然香料の質を凌駕する合成香料を作ればいい。そう思う方もいるかもしれない。わたしも、そうなればいいのにと切に願う。けれど今現在、科学はそこまで進んではいないようだ。
例えば薔薇。素晴らしい芳香を持ち、香水に欠かせない香料のひとつだ。薔薇の香りの中には、600種類以上の成分が含まれることがわかっている。しかしこの中で、化学構造が同定されているものは300種類強しかない。わかっている成分を組み合わせて人工ローズを作っても、本物の質にはまったく及ばないそうだ。
もちろんほんの一部ではあるが、天然香料をしのぐほどよい香気をもつ合成香料は存在する。
けれど、合成香料が「自然の模倣」にとどまっている以上は、天然香料に勝る香りはなかなか生まれないのだと思う。

限られた絵具で名画を描くには…。そんなことをつらつらと考えていたとき飛び込んできた、「ブラジルでAIが調香した香水が販売開始された」というニュースはまさに青天の霹靂だった。
なんでも、①調香師が調香した香り ②AIが調香した香り ③AIが調香したのち調香師が手を加えた香り を消費者に試してもらい、人気投票をしたところ、圧倒的に②が人気だったというのだ。
もちろんAIに嗅覚はない。170万種以上もの香りのレシピと、またどの香水がどの国籍・年齢・性別の消費者にどれだけ購入されてきたかというデータをインプットし、学習させたのだという。

使える原材料は年々乏しく、高くなり、かつ自分より圧倒的に賢い頭脳がいる。
調香師にとっては、なかなか厳しい時代に差し掛かっているようである。
できることなら100年ほど前にタイムスリップしたいがそうもいかない。今、これから調香師をめざすわたしには何ができるだろう。

前者に関しては、もう仕方のないことだ。泣いてもわめいても、ないものはない。今手に入るものを大切にし、今あるものの良さを最大限引き出すよりほかはない。できるだけ質のよい香料に触れて嗅覚を養い、自分が心から「いい香り!」と納得できるものを作れるまで粘ればいい話だ。
そしてAIの膨大なデータに勝てるものがあるとすれば、それはわたし自身の個性だろう。大衆向けの商品を開発するのであれば、AIほど便利なツールはない。けれどわたしはそもそも、大衆向けのメゾンを立ち上げないのではない。単純に自分の好奇心と探究心を「香水」という形で表現してみたい。もしそれに共感してくれる人がひとりでもいるならその人にも香りを届けたい。だとしたら、「作り手の精神と心意気が香りに現れている」と思ってもらえるものを作れるように鍛錬を重ねなくてはならない。「精神と心意気」を日々の生活で磨かねばならない。
己の人間性を磨く旅。先は長そうだが、毎日できることから積み重ねたい。

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