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あのカフェに 【創作】#夜行バスに乗って

数年ぶりに夜行バスに乗った。
もしかしたら、と思うと、居ても立っても居られなかった。

出発時刻の15分前に帳面のーと駅に着いた。バス停にはすでに行列ができていた。そうそう、いろんな客が乗るんだよなと思い出した。

学生の頃、貧乏旅行と割り切って、宿代と移動の交通費を浮かすために、よく夜行バスで旅に出たものだ。

夜行バスは、乗り場がいわゆるバス停ではないことが多い。例えば「○○駅前から出発」と書かれていても、実際には駅から10分歩いたよくわからないビルの前ということがよくあった。

当時のバスは座席は4列シートで窮屈だったけれど、とにかく目を閉じて眠ろうと努力すれば、目的地に連れて行ってくれた。乗り物で眠るのが苦手だった僕は、宿代が浮くなんて言いながら、少しも眠れぬまま旅先に着いてしまうことがほとんどだった。

そんな旅を一緒に楽しんでいたのが、杉本だった。

好奇心の塊のようなやつで、旅先の行程は全部任せておけば、どこにいっても最高のプランで行動できた。基本的には激安を狙っても、旅先では食べ物はケチらない、という共通の旅の美学を携えて、美味しいものを満喫しつつ、でも酒は弱いんだよなぁ・・なんて笑い合っていた。

大学を卒業して、それぞれ就職して働くようになると、いつしか会うことが少なくなっていった。社会人になれば、さまざまな人間関係の中で新しい出会いがある。僕も杉本も、幸いなことにパートナーを得て結婚した。僕は、仕事や生活の都合から、東京を離れて、ここ帳面のーと町に暮らしていた。


バスが来た。

運転席から降りてきたのは、思いがけず若い運転手だった。女の子、なんて失礼だけれど、そんな初々しさがあった。僕の後ろに並んだ男が、堪えきれないようすで「あの子が、はるちゃん・・・」と呟いていた。まるでアイドルを見るような視線だったのは、・・気のせいだろう。

ややあって座席に着くと、車内からは夜行バスの独特の空気が流れていた。くちゃくちゃとガムを噛む音、電話をしているようなくぐもった声、すでに寝息を立てているような者もいた。出発直前に、無言で走り込んできたのは、これまた夜行バスにはよくいる、フードをかぶりっぱなしの怪しげな男だった。

3列シートは広々していて、ウトウトしたかと思ったら、知らないうちに眠っていた。気がついたのは、休憩のために停車した○○サービスエリアだった。先に降りた客が「ワッショッ!!」と威勢のいいくしゃみをしていた。「へクチッ」と妙なくしゃみをしていた杉本の顔が浮かぶ・・思わずニヤけてしまう。

同じような夜行バスがたくさん停まっていた。戻る時のために、降りたバスのナンバーをちらっと確認して、トイレに向かった。

バスに戻ると、またウトウトとしてきた。あの頃、よく眠れなかった僕に対して、隣に座っていた杉本は、清々しいほどに熟睡していた。もともとテンションの高い奴だったが、目的地に到着すると、きちんと寝ていたこともあって、とても元気になった。対照的に、よく眠れなかった俺は、睡眠不足の重たい体で朝を迎えていた。

・・ゴトッ・・

何かが落ちた音がして目が覚めた。どこかの客がスマホでも落としたのだろう。直後に、シャカシャカと袋で包むような音がして、不思議な緊張は解けた。△△サービスエリアでの2回目の休憩だった。

「ぼさっとしてんじゃねえよ」
「あっ、すいません」

何かやりとりが聞こえる。夜行バスでは話し声はほとんどしないから、どきりとする。ここは降りなくていいか。夢かうつつか、乾いた喉を持て余しながら、また眠気の波に乗ってウトウトする。


杉本が、失踪したらしい。

学生の時にお世話になった先輩から来たメールに、目を疑った。家族を残して姿を消してしまったらしい。なぜだ。仕事で大きなミスをしたのか、借金があったのか、家族には言えない裏の顔があったのか、真相は全くわからなかった。

杉本のメールアドレスに送信しても、エラーで戻ってくるだけだった。

「まぁ、何とかなるっしょ」が口癖だった。何があったんだろう。元気でいるだろうか。バスを降りるといつも「夜行バスは疲れるよなぁ」と身体を伸ばしながら言っていた。その言葉とは裏腹に、冴え冴えとした顔だったけれど。

家族や社会から身を隠すのは、ちょうど夜行バスの旅のようなのかも知れない。人知れず、誰ともわからない関係のなかで漂うように暮らしているのだろうか。居心地は良くないけれど、誰に気兼ねすることもない、でも杉本は、それでいいのか。


最後の休憩で、バスを降りて自販機に向かった。喉が痛くなりそうだったし、そろそろ体を起こしておかないと、バスの後の電車で乗り過ごしそうだ。そういえば杉本は、コーラを買ってきて暗い車内でキャップを落としてしまい、蓋の閉まらないボトルを持って「ワイルドだろぉ?」と芸人のまねをしていたことがあった。

休憩を終え、バスは東京に向かって走り出した。


新宿駅から中央線に乗って向かう東京の西の街。その街にあるカフェでは「誰かにコーヒーを奢る手紙」が書けるらしい。そのカフェが好きな人同士の顔の見えない交流かと思いきや、そうではなかった。手紙を送る相手は、カフェの客という制限はあるが、贈り手が自由に決められる。

誰かにコーヒーを奢るためだけではなく、時間と思い出を提供できるのだ。いつか杉本が、そんなカフェがあることを熱っぽく語っていた。本当にあるのか半信半疑だったが、SNSでその存在を知った。コーヒーを奢れる手紙は「お手紙コーヒー」と呼ばれているらしい。


東京の国分寺で杉本らしき人物を見かけた、という情報はいつ入ったのだか忘れてしまった。心配だった俺に、一筋の光のように感じられたけれど、遠い街だった。ただ、杉本が好きだと言っていたカフェも近くにあるようだった。

もしかしたら、このバスは、いまその辺りを走っているのかも知れない。

遮光カーテンの隙間から、白んでくる空が見える。

朝だ。


バスは予定時刻通りにバスタ新宿に着いた。久しぶりの新宿は、あまり覚えている景色もないけれど、新しい建物がいくつもあるように感じられた。ターミナルの外に出て、しばらくキョロキョロしていたが、中央線に乗るために駅に戻った。

バスに乗っていた若者が、駅前をスマホで撮影していた。上京物語・・か、いや何か落としものを拾ったような・・交番の目と鼻の先で落とし物なんて妙だなと眺めていたら、警官に声をかけられていた。バスは様々な人生を運んでいた。

ふと我に返って中央線のホームを目指した。慌てて向かってしまったから、カフェの開店時間を調べるのを忘れていた。中央線の車内でそのことに気がついた。指を滑らせて検索すると、通常10時に開店だが、春が近いこの時期、臨時でモーニングを提供しているらしいことが書いてあった。


杉本が嬉しそうに語っていた、あのカフェは駅前にあった。

通された席は、地下のような部屋で、大きな一枚板のテーブルを数人で囲む席だった。壁面に小さな棚があって、そこには手書きのメッセージが書かれたハガキが何枚も並んでいた。

そんな視線を感じたのか、店員さんが「お手紙コーヒーから選ばれますか?」と聞いてくれた。いや、そうじゃない。僕は、手紙を書きに来たのだ。

「いえ、友人からこのカフェのこと聞いていて、今日が初めてなんです。お手紙コーヒーってやつを、書きたくて」

深煎りコーヒーとトースト。そして、お手紙コーヒー。何も書かれていないハガキのようなカードが手渡された。

宛名を書き、メッセージを書く。郵便葉書のような裏面は自分の住所を書いておく。宛名を見て「これは自分宛てだ」と感じた客が、コーヒーをご馳走になる。コーヒーを飲んだ相手からはメッセージが書かれて、贈り手にハガキが届く仕組みらしい。

どんなふうに書いたらいいかわからず、壁の棚に視線をやる。席を立って、棚のハガキを手にする。いくつもの宛名が並んでいた。

「コーヒーが好きな人」「まちづくりをしている人」「カフェが好きなあなた」「北海道出身の人」「大切な人と喧嘩をしてしまった人」「辛いことがあったあなた」「この春、就職するきみ」・・・このカフェを拠り所にして、コーヒーを贈りエールを贈る、このカフェが信頼されているからこそできることかも知れない。

杉本はこの店に来ているのだろうか。来ていたとしても、どうやったら手紙が届けられるのだろう。まさか、杉本さま、なんて宛名は書けないだろう。

棚にハガキを戻そうとしたら、重なっていたハガキが一枚落ちた。


「夜行バスで、この店まで辿り着いたあなたへ」

床から拾い上げ、何気なく宛名を見た。筆跡に見覚えがあると気がついた途端、みるみる視界が滲んでいく。ポタリポタリと落ちる雫でハガキを濡らさぬように、胸に当てた。

来たよ、杉本。





■  ■  ■

企画に参加しました。これまで僕自身が経験した夜行バスの旅を思い出しながら書いてみました。巻き込み型の創作企画とのことで、何名かの作品に乗車(登場)されていた人たちを、この作品にも乗車させていただきました。

先達の作品を読めば読むほど、自分には書けないよぉ・・と思うばかりでしたが、そんな中で出会った乗客たちをどうやって登場させようかと考えていたら、物語を進めることができました。

サクッと書くつもりが、なかなかのボリュームに・・最後まで読んでいただきありがとうございました。豆島さん、素敵な企画をありがとうございます!



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#夜行バスに乗って #手紙 #カフェ

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