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幸あれと祈る幸せ #書もつ
小説の主人公は、どうやったら生まれてくるのだろう。圧倒的な存在感の人もいれば、自分や自分の友人のように身近な距離感の人もいる。
物語の中で生きている主人公は、架空の人物だと知っているはずなのに、どこかにいるのではないかと錯覚してしまう。
お札の顔になるような日本の有名人だけでなく、地域の有名人や、県内の偉人、天才小学生など、圧倒的な存在の人はさまざまな規模で生まれているように思う。
物語の中の人で、とても有名になってしまった人は、今後どのように生きていくのだろう、なんて途方もないことを考えていた。
成瀬は信じた道をいく
宮島未奈
昨年、本屋大賞をとった「成瀬は天下を取りにいく」の続編にあたる作品。前作と同じように、僕は聴く読書で聴いた。
前作では、成瀬本人の語りがあって、主人公然とした周囲の見方との比較もできた。よくある”ギャップに苦しむ”ようなこともなく、本当にブレずに真っ直ぐに育っている様子が、印象に残っていた。
今作、その本人語りは全くなかったのが意外だった。しかし、それを補ってあまりあるほどの周囲の語りの面白さが際立っていた。
前作に引き続き、同級生の島崎の視点だけではなく、ゼゼカラ(作中で成瀬が結成したお笑いコンビの名前)のファンの小学生、アルバイト先のクレーマー気質の客、観光大使の同僚(というか友人?)の存在が、成瀬の主人公像に彩を添えてくれた。
前作では成瀬の母親が登場したように記憶しているが、今回は父親が語っていた。この親にしてこの子あり、という諺があるが、その通りだった。成瀬のブレずに人を巻き込んでいく独特のマイペースは、父親にも似ていると思ってしまった。そのことがわかって、僕はとても安心したし、こういう主人公を育てた親に尊敬の念すら浮かんだ。
成瀬の筋の通った行動は健在である。健在であるけれど、読み手はそのことをいつも忘れてしまう。そうだった…!と気がつくのは、島崎のような登場人物たちといつも一緒だった。
前作でも不思議な魅力だったのが、物語の描き方だった。特徴的な成瀬のキャラクターをなぞることで、登場人物たちや読み手の気持ちが解れていく。
大切な考え方に気がついたり、人間関係をシンプルに考えさせてくれる。目の前の人をシンプルに見つめている成瀬の視点は、SNSで疲れてしまうような人間関係からは程遠い。
単なる女の子の成長物語とも違う、新しいヒロイン像のような存在感があった。地元愛に満ちた作品が、当地を越えて日本中に広まっているのを、主人公の成瀬はどうみているだろうか。
前作でも象徴的に描かれていた“けん玉”、終盤、あんなふうに伏線が回収されるなんて。驚きと妙な納得感は、日本人ならではなのかも。
芸能人に「国民の○○」と付けるように、成瀬は国民の娘のような存在になっているのではないかとさえ思う。島崎のように、いつの間にか成瀬を応援している読み手は、きっと多くいるだろう。
幸せな主人公と一緒に、読み手もひとときの大津体験ができたような嬉しさがあった。
前作の感想はこちらです。
けん玉のサムネイル、infocusさんありがとうございます!本編を読まれた方ならわかる、このヒリヒリ感。万が一、ドラマ化でもされたら、けん玉持った成瀬が…なんて考えると、本当に身近な作品だったと思う。
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