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嘲笑ではなくて、激励だと思う
こんなタイトルの本を、ここで売っていいの?
シンプルな装丁だけれど主張するタイトル。
書店の入ってすぐ、平積み&大きなPOPで売られていたのが、この本でした。そのタイトルと同じ都市の名前の駅にある大きな書店で売るには、どうにも不安な過激さがあると、そう思ったのです。
殺人都市川崎
浦賀和宏
川崎は、東京と横浜の間と地理的に恵まれた、東西に長い都市です。
工業地帯から里山まである地形と、フロンターレのある街として有名です。
150万人を超える人口を擁し、人口増加率は全国有数の都市なのです。
といった華々しい紹介もそこそこに、この作品は、どんどん切り込んできます。
治安が悪く、南部と北部(実際には、地形的に東西ですが川崎市民はこう呼ぶのです)で経済格差も甚だしい、という市民にしかわからないであろう皮肉を散りばめ、悪事の限りを実在する場所で起こす、とんでもない物語。
特に、昔から川崎に住む方たちに向けた容赦ない視点には驚かされました。
しかし、それは作家ならではの観察眼であり、もしかしたら厳しめの愛情表現なのかも知れないと思うのでした。この作家さんをご存知の方、川崎を何となく知ってるよって方はぜひ読んでください。こんなの川崎市民怒るだろ、って思うくらい書きぶりが鮮やかです。
荒唐無稽だからこそ、身近な風景をきちんと描き出した中身に共感するし、主人公の並々ならぬ思考は川崎や日本で生きる者に、勇気を与えるのではないかとも思うのです。
実は、この作品は作家の遺作です。
若くして急逝したのち、未完状態で発見された原稿に遺族の了解を得て、手を入れて完成させたのだそうです。そういう切り口で、ぜひ買ってくださいとは言えないなぁと思いつつ、少し続けます。
この作品で、作家はどんな未来を夢見ていたのでしょうか。
嫌なニュースばかりが続いて、何かあれば川崎が悪者になってしまうようなとき、心を痛めているのは、暮らしている市民たちです。そんな同志たちを鼓舞し、辛気臭い空気を笑い飛ばすために、彼は心を燃やしたのではないかと思うのです。
内容に触れてしまうと、彼の思いを蔑ろにしてしまうようで申し訳ないのですが、僕はこの物語の設定が、ミステリーとしては軽い展開のように感じました。しかし、この展開でなければ川崎が悪者になり続けてしまう作品でもありました。
川崎に暮らした作家が、なぜこのタイミングで川崎のことを「殺人都市」として描いたのでしょうか。年齢的にも若く、まだまだ活躍できたはずです。
治安が悪いと言われているのを逆手に取って、ひたすらに悪い治安という"あり得なさ"を描くことは、読み始めこそ抵抗感がありましたが、ひとつの物語の設定としては飲み込めるように感じました。
作家は何かを悟っていたのでしょうか。そんなふうにさえ思えてくるのです。
だとしたら、川崎市で生まれた僕が紹介しなくてどうする。
そんな気持ちから、作者への惜別を込めて書かせていただきました。
もちろん、川崎を知らない人にも、ハラハラしたり、ゲラゲラ笑ってほしいのです。
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