ゆらゆらしたい。
見慣れたその顔を、私はちゃんと知っているはずだった。
目の前でスマホ画面を見つめるその顔は、何度も話し、何度も一緒に笑ったよく知っている顔だった。
ふいに彼女の顔から力が抜け、感情が動いたのがわかった。
スマホから目をはなし、私に向けられた顔。
知っているはずのその顔を見て私は動揺した。
「この人って、こんな顔してたっけ?」
全体像ではなく、目元だけを見つめすぎたせいかもしれない。
でも、この感覚を一度でも持ってしまうと、相手の顔を以前と同じようにひとつにまとめることができなくなる。
顔のパーツそれぞれが主張してしまい、全体像が今までと異なってしまう。
彼女の話なんかそっちのけで、また自問してしまう。
「こんな顔してた?」
私の心の揺れを知ることもない彼女は再び話し始めた。
「今ね、女忍の写真が送られてきたの」
「可愛いでしょ?」そう言われ、差し出されたスマホを覗き込む。その間、思考はずっと別の場所にあった。
「可愛いね」そう言いながら、こっそりと彼女の顔を見た。
さっきまで知らない顔だと思っていた顔が、ひとつにまとまり知っている顔になっていた。新しい顔が、彼女にしっかりと上書きされたのだ。
びっくりドンキー。
え、なんのはなしですか?
そうです。ゆらゆらミルコさんのはなしです。
ミルコさんの言葉はいつだって私の五感や喜怒哀楽をつついてきます。その度に私の意識は過去や未来をあっちゃこっちゃを飛び回るんです。そしてその時間が好きなんです。
そんな大好きなミルコさんの記事で出会ったのが「スティルトンチーズ」でした。
ずっと記事にしようと思っていたのだけれど、注意散漫な私は文章を書くペースがヒメリンゴマイマイよりも遅いんです。
一文字書いては、鼻をほじくり、さらにもう一文字書いては洗濯を干す。そんな私にとって、書くことはとてつもなく時間がかかる作業なんです。
この記事だって、もう1ヶ月くらい前に書きはじめたんじゃないでしょうか?
その間私は一体何をしていたのでしょう。
全然覚えていません。
あれ、なんのはなしでしたっけ?
そうでした、チーズの話でしたね。
みなさんはスティルトンチーズをご存知ですか?
スティルトンチーズはブルーチーズの一種ですが、食べて寝ると奇妙な夢を見る!そんな噂のあるチーズなんです。
ワクワクしませんか?
そしてそれは噂だけにとどまらず、実際に大学で研究までされたというのだから驚きです。調べてみるとスティルトンチーズに含まれるビタミンB6量が「奇妙な夢を見ること」に関係しているそうです。
私はミルコさんの記事を読み、すぐにスーパーに走りました。
帰宅し真空パックの中のチーズを取り出すと、これがとんでもなく臭いんです。
ブルーチーズだからある程度は覚悟していましたが、私が買ったものが特別だったのか、思わず「おえぇぇ」と声がもれるほど、とにかく臭かったんです。
え?
どんな匂いかって?
記憶にある匂いと比較していると、ピタッとあうものを発見しました。
過去に何度か嗅いだことのある公害臭です。そう、肛門から出る汁の匂いです。
我が家の愛犬ブラで肛門汁臭(柴犬雌・享年17)を経験していたので、チーズと肛門がおもいきり重なってしまいました。
食べたら死ぬ?
そんな不安もよぎりました。
でも2つも買っちゃったし…奇妙な夢を見るためには食べる以外の選択はありません。
チーズを食べた初日のことです。
張り切りすぎて、買ったチーズを一晩で全部食べてしまいました。
だって、このチーズ、匂いは強烈なのに、味は芳醇で美味しいんですもの。例えるなら、口の中に赤ワインとチーズを一緒に含んだような贅沢な味わいです。
しかし、私の腸との相性は悪いようで、夜中に何度も肛門虐待をする羽目になり、夢を見ている暇もありませんでした。
「食べすぎたのかな?」
私は翌日インターネットで適量を調べました。
「就寝30分前に20グラム」
やはり食べすぎだったようです。
次の日はしっかり容量用法を守りました。それでも睡眠中にお腹が張ってちゃんと眠むれないのです。
ちゃんと眠むれないとどうなるかって?
そうです、ウトウト睡眠が増えるんですよ!つまりレム睡眠が増えるんです。
レム睡眠?
そう、人間はレム睡眠時に夢を見るんです。
そうすると、結果はおのずとわかりますよね?
たくさんの夢を見る結果となりました!
凄いです!スティルトンチーズの噂は本物でした。
ただですよ?問題は夢の内容全てが腸関連だったというところです。屁が止まらない恐怖の夢にはじまり、最終的には腸が尻から出てしまう夢まで見る始末。
恐ろしいと思いませんか?
奇妙を通り越してこれは悪夢です。
そしてこのチーズ、悪夢の他に別の問題もあったのです。
そうです。口臭です。
美味しいのに、あまりにも臭い。
殺菌効果のある緑茶と一緒に食べ、就寝前に電動歯ブラシで入念に歯や舌を磨いても匂いが鼻腔をただようのです。
常に牧場の気配を感じている状態です。
そして私は思ったのです。
誰かにこの息を嗅がせたい。
思ったらすぐ行動するのが私の特技です。
チーズを頬張り、就寝前に子ども達が読書しているベットへと走りました。子ども達に抱きつき、逃げられないようにしてからキッスをせがむ作戦です。あまりの臭さに子ども達はのたうち回りました。
それが物凄く楽しかったのです!
スティルトンチーズを食べ「奇妙な夢を見る」という目的はあっという間に、「口臭ハラスメントを楽しむ」に変わっていました。
それと同時に「口が恐ろしく臭い」そう言われ喜ぶ自分を見つけたのです。
これは新しい発見でした。
そして気が付いたのです。
読む度に色んな世界を見せてくれるミルコさんのように、自分の中にも知らない側面が無限にあることを。人間の奥に広がる世界は目に見えているものよりも遥かに深く広い。ある側面だけを見て、決めつけてしまうことなく、四方八方に広がるその人をゆらゆらと見ることが大事だと。
みなさんもぜひ、スティストンチーズを食べ、おぞましい口臭でパートナー、家族、友人達に悪夢を見せてあげてください。その流れのどこかで、きっと新しい自分に出会えるはずです。
それは決して奇妙な夢なんかじゃありませんから。