妖怪退治は床上手!?Part6
『母親の興味と心配』
朝、俺は布団から抜け出して、スマホの画面を確認した。
そこには今日の予定が表示されている。
「宮園神社で宮園さんと会う約束…」
彼女の名前を口にするだけで、俺の胸が締め付けられるようだった。
彼女と過ごしたあの密な時間が脳裏をよぎるたびに、鼓動が早まる。
下半身の感覚が不自然に目覚める。
「クソ、何考えてんだ俺…」
俺は自嘲気味に笑いながらも、その現実から逃れるつもりはなかった。
朝食を取る間もなく身支度を済ませ、自転車を飛び乗った。
すみれ市の街並みはいつものように平穏だった。
街の中心に向けて自転車を漕ぐうちに、周囲の風景が変わり、自然が豊かになる。
小高い山の上に宮園神社が見えてきた。
古木が枝を広げ、苔むした石段が俺を迎え入れる。俺は自転車を駐車場に置き、石段を一歩一歩登り始めた。
鳥居をくぐる瞬間、微かな違和感が空気を震わせた。
まるで、通常の世界と神聖な領域の境界を超えるかのような奇妙な感覚。
ここはすみれ市の日常と別次元の空間が重なり合っているような場所だ。
境内では、静寂が支配していた。
神棚に供えられたお供え物が風に揺れ、神聖な雰囲気を一層強めている。
俺は境内を見回し、事務所らしき建物にインターホンを見つけた。
インターホンを押すと、間もなく明るい声が響いた。
「はいはーい!」
引き戸が開き、現れたのは、楓と似た顔立ちの女性だった。
彼女の髪は楓と同じ赤みがかった色で、顔立ちにもどこか楓の面影が感じられた。
「まぁまぁ!楓から聞いていたけど、本当にあの子が男の子を連れてくるとはね!」
彼女の驚きと好奇心に満ちた表情に、俺は少しほっとした。
おそらく彼女は楓の母親だと気づいたからだ。
「どうぞ、中へ」
畳の部屋に通され、そっと座るように促された。
彼女はすぐに戻ってきて、茶を淹れながら優雅に俺の隣に座った。
「私は宮園桜子、楓の母でここの宮司よ」
自己紹介をしながら、茶を注いだ彼女の動きは洗練されていて、自然と俺の心を落ち着かせる。
「あなたが良太くん?楓ったら、何も詳しく教えてくれないのよ」
桜子は少し口を尖らせ、拗ねたように言った。
「いろいろ聞いても…いいかしら?」
彼女の笑顔には、母親の愛情がにじみ出ていた。
「はい、僕は河野良太です。親の仕事の都合で最近すみれ市に引っ越してきました」
簡潔に自己紹介を済ませ、俺は緊張しながらも続けた。
「それでそれで?」
彼女は好奇心を抑えきれない様子で、俺に話の続きを促した。
俺は体育館裏での出来事を頭の中で封印し、ただ楓から言われたことを伝えた。
「楓さんから、日曜日に神社に来るよう言われました」
桜子は満足そうに頷き、表情が柔らかくなった。
「そうなのね。楓は友達と話すことが少ないから、良太くんのことがきっと特別なんでしょうね。今日は特別な用事でもあるのかな?」
上目遣いで、桜子は俺を見つめた。
彼女の仕草は楓を思い出させるもので、不意に心臓が飛び跳ねた。
俺は首を振り、少し困った表情を作った。
「僕も何も聞かされてないんですけど、楓さんに来てほしいと言われて…」
桜子は再び笑顔になり、俺の心を温かく包むような言葉をかけた。
「良太くん、楓が何か特別なことを話すかもしれないけれど、彼女の友達としてしっかり聞いてあげてね。あなたがここに来たことがどんなに大切なのか、きっと分かるわ」
「はい、分かりました」
彼女は少しの間を置いてから、話題を切り替えた。
「ところで、良太くん…楓のことが好きなの?」
その問いに、俺は思わず言葉に詰まった。
「えっ!?」
自分の心を探る。
桜子の目には母としての心配と娘の幸せを願う純粋な期待が交錯していた。
「いや、付き合ってるわけじゃ…」
俺は混乱する。
転校初日に楓を見たときの感情が、今になって明確になった。
「も、もしかしたら…一目惚れ…かもしれません」
桜子はその答えに少女のような喜びを見せた。
「そうだったの!それはそれは…」
彼女はまるで恋愛話を聞いたときのように、期待に満ちた表情で続けた。
「楓もあなたのことを特別に思っているみたいだから、これからの展開が楽しみね。私も娘の恋愛話なんですもの、興味津々よ!」
俺はその反応に照れつつも、桜子の言葉に勇気づけられた。
「これからも、楓のことをよろしくね」
彼女はそう言って、再び茶を勧めた。
俺はその茶を飲みながら、楓とのこれからについて考える時間を少しだけもらっていた。