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緊急事態に本性が出る?フランス人彼氏が死にかけた話
"とっさの時の言動がその人の本性を表す"
なんて言いますが、うちのフランス人の本性が垣間見える出来事がありました。
というわけで今回は、フランス人彼氏をうっかり殺しかけた話です。
私はよくうちのフランス人のことを「ボーイフレンドでありベストフレンドである」と表現しますが、時々私たちの関係は兄妹のようでもある。
嫌味を言い合い、ふざけあって叩いたりつねったり、冗談のつもりが本気になって喧嘩に発展することもしばしば。
その日の夜もそんな感じでふざけあっていた。
それは夕食を終た頃。
そういえば洗濯物溜まってたなあと気づき、ソファでテレビを見ている彼に声をかけた。
「洗濯するけど、今着てるトレーナーも洗う?着替えておいでよ」
と言うと、えー別にいいよーとめんどくさそうなフランス人。
それでも私が「いやでもそれちょっと汚れてるから」と言うと、彼は重たい尻を上げてその場でトレーナーを脱いで渡した。
替えのトレーナー寝室から持って来てあげようかな、との考えがよぎったものの、まあいいや私洗濯機回さなきゃだし、と気を変えて、階下にある寝室に向かう半裸の彼をからかう事にした。
ちょうど階段の上でじゃれ合い、"これ落ちたら危ないぞ”と頭では分かっていながらも、ついつい面白くてふざけ合う私たち。
「ほらほらもうおしまい!」と彼が言い足を踏み出した時。
彼がすっと目の前からいなくなったように見えた。
そして階段の電気が消え真っ暗に。
彼が転げ落ちる音とガラスが割れる音、壁をどつくような音が聞こえ、私は悲鳴をあげた。
心臓がばくばくするのを感じた。
彼の名前を叫び、照明のボタンに手を伸ばすもなぜか点滅してすぐに消えてしまう。(おそらく私の手が震えていてきちんとONにできていなかった)
彼の姿を探し、再度階段の電気に手を伸ばし照明が戻ると、凄惨な場面が広がっていた。
階段上に散らばったガラスの破片、穴の空いた壁、そして血痕。
階段でふざけたら危ないって頭で言ってたのに。私が着替え取りに行こうかなって思ったのに。今洗濯するから、なんて言わなければ。
様々な思考が一瞬で頭を駆け巡った。
急いで階段を下り血だらけでうずくまる彼に駆け寄ると、彼はむくりと立ち上がり、一言「大丈夫だよ」と。
震える手で彼の顔を包み、恐怖と動揺で声も出なかった。
彼はそんな私を抱きしめ、優しく声をかけた。
「やっちゃったね。でもたいした事ないから大丈夫。心配しないで。」
ガラスが刺さって傷だらけで血まみれなのに。壁に穴を空けるほど頭を打ち付けたのに。大丈夫なわけないじゃない。
「どうしよう、どうしよう、こんなになって、大丈夫なわけないよ」とボロボロ泣く私に対し、
「一旦シャワーで体を洗って、それから救急外来に行ったほうがいいかな」と冷静な彼。
「シャワー浴びてくるから、その間にガラスを箒で掃いて階段上がれるようにしておいて。絶対にガラスに触らないように」と言い残し、シャワーへと消えてしまった。
言われた通りガラスの破片を掃いて片付け、すぐに病院に行けるように支度をし彼の様子を見に行くと、シャワーを終えた彼はガタガタと震えていた。
どうしよう。頭の打ち所が悪かったのかもしれない。ガラスが深く刺さってるのかもしれない。
悪い想像が頭を駆け巡る。
しかし彼はやはり冷静に指示を出し、私に傷跡を見せてガラスが残っていないか確認し、消毒とバンドエイドで応急処置を施した。
よし、ではいざ病院へ、と言う私に、「ああ、病院は行かない」と言う彼。
はい?全身傷だらけのくせに何言ってんの?
「ダメだよ、病院行かなきゃ。頭あんなに打ったじゃない。ガラスがまだ残ってるかもしれないし。診てもらおうよ」
しかし彼は私の心配を笑い飛ばす。
「こんなの病院行くほどじゃない。病院行ったってどうせ何時間も待たされるんだし早く寝たほうが回復するから」
それでも、あんなドラマチックな転落シーンを見せられた私は心配で、不安で、またしてもボロボロと泣き出してしまった。
お願い、お願い、私のためだと思って。病院行こう。お願いだから。
そう言って柄にもなく泣きじゃくる私を彼は抱きしめて、
「マイラブ、僕はこんな事じゃ死なないよ。僕の体は頑丈だから。それにね、これまで大きな怪我をしたことあるから分かるんだ、どこにも異常はないって。明日になれば治るよ」
と笑いながらなだめた。
ガラスを片付け、血痕を拭き取った後に彼と現場検証をしたところ、実は彼も何が起きたのかよく分からなかったと言う。(電気がなぜ消えたのかは今も謎)
ただ、どうやら階段を踏み外し転げ落ち、その際に壁に掛かっていた絵画(彼お気に入りのどこぞの作家のものと、彼自身が10代の頃に描いたもの)を道連れにしたのでそのガラスが割れ、半裸の上半身にたくさんの切り傷を負ったよう。
そしてコーナーの壁に頭を打ちつけたとのことで、ちょうど彼の頭頂部の形で壁に穴が空いていた。
罪悪感でいっぱいで後から後から涙が込み上げる。
泣き止まない私に、「こんなに泣いて、杏の方が怪我したみたいだ」と彼は困った顔をした。
「私の胸の痛みの方が大きいんだよ。こんな傷だらけの姿を見て心が痛むの」
と冗談めかして言うと、マイラブはお子ちゃまだなあ、こんなことで大袈裟に、と私を抱きしめた。
その後も彼の体を心配して止まない私を気づかい続ける彼。
冗談で私の気分を和ませ、大丈夫だよと何度も私に言い聞かせた。
そして翌日。
『明日になれば治る』と豪語したフランス人ですが、朝になると打撲の痛みがひどくなったようでした。
マモンと一緒に傷跡を再度よく見てみると、小さなガラスの破片がいくつか残っていた。昨夜彼の体を確認した時はあまりに動揺していて気が付かなかったのだ。
それでも、「ああだからこんなに痛かったのか」と言うだけで、私の下手な応急処置を責めない彼。
その翌日にようやくかかりつけの医者に診てもらったところ、3週間の養生を言い渡されました。(医者から出勤停止のお達しは"行かなくていい"ではなく"行ってはいけない"らしい)
「3週間家に引きこもりなんてそれこそ死んじゃう!」とお医者さんに懇願し、それでも1週間は自宅で養生しなさい、とのこと。
というわけで彼の養生中は償いとばかりにお世話をしておりました。
大事に至らなかったことに感謝。
彼の丈夫な体に感謝。
傷の手当てをするたびに、彼曰く"痛い顔"をしてしまう私。
その度に彼は私を抱きしめて言う。
「怖い思いさせてごめんね。大丈夫だから。何も心配いらないよ」
私を責めることは一言もなく、自分の体より私の気持ちを労わってくれる。
いつもは嫌味も多いフランス人ですが、緊急事態ではジェントルマン。
怒ると思ったんだけどなあ。