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■【問題▲▲14】ピラミッド研究家の『クロスワード』じゃない話…
【ダ・ヴィンチコードで謎解く】
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■ ピラミッド研究家の
■ 『クロスワード』じゃない話
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□■ 【問題▲▲14】 2025.2.28
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■ 【はじめに】
こんにちは。
ダ・ヴィンチコードで謎解く
ピラミッド研究家のオジサンです。
前回に引き続き、
第4ピラミッドとも言われた
王妃の墓についての謎解きを
「逆引き辞典」方式で公開。
第14回目の今回は、
ナポレオンの「エジプト誌」にも
描かれたケントカウエスの墓は
「なぜデカいのか」という話です。
これもフィクションではない。
タブン (^O^)/
📕 長年の探究とスピリチュアルな直感で解き明かしたダヴィンチコード📘結果、これは古代から存在していた暗号方式で、ダヴィンチは贋作防止に活用し、日本では平安京等の設計に、エジプトでは3大ピラミッドなどでも盗掘防止のため設計図が暗号化されました。📚たぶん世界初の真実を毎日更新中です👍
■【シリーズのテーマ】
『ギザのピラミッドは王墓の〇〇だった!』
□【参考動画】
YouTube
「河江肖剰の古代エジプト」より
■【問題▲14】
第14回目のテーマは、
ケントカウエス王妃の墓は
なぜ他の王妃よりデカいのか?
前回は、この「ケントカウエス王妃の墓」に隠された秘密を解き明かした私が、答えの方から見ることができたからこそ分かった重要なカギ、それが【アケト】の解釈であったことを解説しました。
簡単に言うと、「三大ピラミッドのレイアウト計画図」の中で「王妃の墓」にたどり着くには、第1から第3までの【3つのアケト】を知る必要があり、それを次々と通過していく必要がありました。
そして、ようやくたどり着いた場所が最後に待っている【ライン】の「始点」であり、その先にある「終点」の途中に存在していたのが【ケントカウエス王妃の墓】でした。
しかも、そこに至るまでの【3つのアケト】は一般的な解釈としての【沈む太陽のアケト】ではなく、さらに加えた解釈である【昇る太陽のアケト】が必要であったことも解説しました。
ということで、今回は「始点」にたどり着いた前提で、その位置から目指す【ライン】とは何を意味していたのか、そして、その目指すべき「終点」とは何を意味していたのか、その謎解きを【クロスワードじゃない問題】として選んでみました(注1)
※ 今回の話は、「始点」に至るまでの解説【問題▲13】に続けて読んでいただくと理解しやすい構成になっています。
なお、ありがたい事に「ケントカウエス問題」に関する基本的な解説は【参考動画】で視聴することができます。
また、河江教授(名古屋大学)による実際の調査報告書(PDFファイル)についても以下のリンクから無料で入手することができますので、興味のある方は読んでみて下さい。
また、この後に続く第5王朝が始まっていく様子が河合望教授(早稲田大学高等研究所)によって研究報告書(PDFファイル)として公開されていて、こちらも以下のリンクから無料で入手できますので、興味のある方は読んでみて下さい。
公式サイトより
□(ヨコのカギ)
さて、今回は「始点」と「終点」が作り出す【ライン】の正体を書いていきますが、あらためて「ケントカウエス王妃の墓」に関する説を調べてみると、あのナポレオンが「三大ピラミッド」の調査をして以来、多くの研究者が様々な説を主張していることを知りました。
そして、それらを私なりに「系図」としてまとめてみようとしましたが、その結果は、簡単に言うと「迷路」に入って出られなくなってしまうことが分かりました。
ということで、私の場合は、いつものように少し違った角度である「三大ピラミッドのレイアウト計画図」に重ねて検証してみた結果、今まで誰も気づかなかった秘密を発見できました。
では、これをどのように解説していこうかと考えていたときに思い出したのが以下の資料でした。
それは、前半でご紹介した「河江教授の調査報告書」の中に書かれていた文章でした。
巨石建造物を建てる場所や人員・物資などを運ぶための供給路や石切場の確保から考えると、ギザ台地はもはや巨石建造物を建てるに適した場所はなく、飽和状態であったと言える。
しかし、このような制約にも関わらず、ケントカウエスがギザに墓地建設を定めた理由は、上述のように建築上の見地からではなく、彼女の名前(彼女のカー達の前にある者)が示唆するように、宗教的なものであった可能性がある。
(中略)
この岩塊は、かつて採石場の一部でありながら削られずに残されており、ケントカウエスによって墓として利用される以前は、周囲の採石場から突出するような形で存在していた。
再考察と3次元計測による記録作業」より
要するに、新たに建てる場所が残っていないのに残されていたという話です。
ところが、この不可解な話に関する明確な理由は述べられておらず、ケントカウエスに関する詳しい「系図」などが不明であるのと同様に、この理由も解明されていないのかもしれません。
ところが、「三大ピラミッドのレイアウト計画図」に重ねてみると、そこには全く違う物語が隠されていました。
□(タダのカギ)
もうお気づきかもしれませんが、分かりやすい具体例が『大スフィンクス』です。
これは一般的に知られていることですので秘密でも何でもないのですが、これは「一枚岩」から掘り出して作られていて、その際に切り出した石材を利用して東側の『スフィンクス神殿』が建てられました。
要するに、その主目的が『大スフィンクス』だったのと同じように、「ケントカウエス王妃の墓」が作られた場所には【何らかの目的】が最初から存在していたということです。
その周辺の石材は『三大ピラミッド』の建設にも使用されたらしいのですが、それでも残されたのです。
そして、その場所に建てられたのが「ケントカウエス王妃の墓」でした。
そうです、そのカギを握っていたのが【ライン】でした。
□【問題▲14】の解説
ということで、今回は【タダじゃないカギ】として、
【1】
そのことによって確保できた【ライン】とは何だったのか、「三大ピラミッドのレイアウト計画図」を見なければ絶対に気づくことができなかったその答えを初公開します。
【2】
そして、その先に繋がる「終点」の正体が何のために必要だったのかについての概要も初公開します。
ケントカウエス王妃の墓は
なぜ他の王妃よりデカいのか?
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