エッセイ✿どうぶつの森を通じて、思い出したこと
久しぶりに「あつまれどうぶつの森」を起動した。
どうやら、三か月ぶりだったらしく、ジュンからびっくりされてしまった。
ゲームを開くと、どうしても「ゲーム実況」をしなければならない、という思いがあって、中々開くことが出来なかった。
特に、どうぶつの森は自分のチャンネルの中ではいろんな方が反応を残してくれているのだ。
数年前に投稿した反応動画。
自分が観たことのない再生数とコメント数とチャンネル登録者数etc…。
それほど、あつまれどうぶつの森を大好きな人達が居て、その人達の元に私の動画がお邪魔したのだろう。
有難い気持ちと同時に「これ以上の動画を出せるのだろうか?」と自分の心にブレーキを掛けてしまったのを覚えている。
それから、数年。
少し、肩の力を抜いて、彼らに会いに行くことを決意した。
気が向いたら動画を撮る。
基本的には、のんびりとした時間を過ごして、いろんな自分の好きを取り戻そうと思ったのだ。
島中に生えてしまった雑草をむしり、ポケットいっぱいに詰めたかせきを売って、まだ浴衣姿だったから秋の装いに変えて。
がっつりプレイしようとするから、時間が無いと思ってしまうんだ。
たった数分で、島の環境音でのんびりとした気持ちになっている自分に気付いた。
のんびりスローライフ。
どうぶつの森で印象深いこのキャッチコピーは、どこで聞いたのだったか。
パッケージに書かれていた気がする。
子供の時は分からなかったけれども、今ならば分かる。
好きな住人とお話して、花に水をやって、気になる洋服を身に纏って、波打ち際を歩いてみたい。
そんな私の小さな願いを叶えてくれるゲームだ。
それを噛み締めた。
でも、まだだ。
まだ、それじゃ、私は逃げてしまう。
―収録ボタンを押した。
ハッピーホームパラダイス。
自分は家具を配置するセンスがないと思って、最近はあまり遊んでなかった追加コンテンツ。
それでも、タクミちゃん達に逢いたくて、どうにかこうにかやっていた。
ゆっくり実況で1回作った動画も「センス0でも」とか自虐してた。
今は少し違う考え方になった。
そこに住む住人が何を好きなのかとか、何を置いたら喜んでくれるのかとかを想像しながら空間をデザインする。
それが楽しくてたまらない。
気付けば40分近く遊んでいた。
満足感が凄かった。
自分にしては、とても集中して彼の部屋をデザイン出来たと思う。
この写真外の空間も「こうかな?」「これどう?」とかにこにこしながら家具を配置していた。
あつまれどうぶつの森は、とても素敵なデザインをする人たちが多い。
部屋にしろ、島全体にしろ、私には手が届かないと思っている。
負けず嫌いなのだ、私。
あんな素敵なものは創れない。
それを認めたくなくて、大好きなゲームから逃げてしまっていた。
でも…
なんだ、私、ちゃんと遊べるじゃないか。
一体、何を怖がっていたのだろう。
何と比較していたのだろう。
大好きな世界はここにずっとあったんじゃないか!
それに気付いた瞬間、本当の意味で、ようやく向き合えた気がする。
自分の世界がようやく戻ってきた。
大層な事を書いたが、これからもどうぶつの森で遊んでいきたい。
出来れば、毎日。
この前購入した本に書いてあったのだ。
これだ。
本当にこれだった。
しっかり、じっくり、時間を掛けて遊ぶべきだと思っていた。
そしたら、全く遊べなくなっていた。
これは私の好きなこと全てに通じると思う。
絵
しっかり描きたいから、時間ある時にしよ。
それか、追い込まれている時じゃないと描けないや。
…最近、絵、描いてないや。ゲーム
ちょっとだけ暇だけど、このゲームしっかり遊びたいし…。
今度の土曜日空いてるから、その時にしよ。
(大体、他のことをして向き合う時間は作れない)書くこと
noteまとめたいけど、今、ちょっとなぁ…。
シナリオも…短編小説も…設定練らないと…。
書きたいこと思いつかないし、書けるかも分からないし。
しっかり時間作って、書こう!プログラミング
あの構文書きたい…けど、動作確認する時間ないや。
明日なら出来るっしょ!
(そういう時に限って、急ぎの用事が出来る)
書いていて、苦笑いがうっすらと浮かんだ。
まったく、本当…
明日やろう!は、明日できない。
いつかやろう!は、一生できない。
そうして、いつの間にか、好きだったことも忘れてしまうのだろう。
ふとした瞬間に思い出して、胸が締め付けられるのだろうな。
そう思うと、悲しくなった。
1日、たった数分でいい。
好きなことをしよう。
そう心に決めた。
ありがとう、どうぶつの森。
これからもどうぞ、よろしくね。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?