【読了】「影に対して―母をめぐる物語―」遠藤 周作
ひたすら暗く、読後苦しくなる本です。
急展開もどんでん返しもなく淡々と進みますし、「そこで終わる?!」というブチッとした終わり方の話もありました。
何でこんなに苦しいのかというと、恐れ多くも、自分と重なる部分が多いからかと思います。
(私はかなり感情移入して読む方で、かつ幕末からのキリスト教の家の生まれです)
検索すると、絶賛するレビューが多く、批判する文言は全く見当たらないのが不気味です。
みんな本当に読んで良かった!感動した‼と思ってる?!
(まぁ、ネガティブな発言をするなんて水を差すのに等しいので、敢えて公に書く必要もないでしょうし、そういった発言をすることで「浅い・分かってない」と思われる可能性も大だから、なのかもしれない)
遠藤周作の読者からすると、ずっと一緒にいることのできなかった雑種の駄犬の眼差し、気になる女子に対する屈折した卑怯なふるまい、父親に対するどうしようもない嫌悪などは特に目新しいものではありません。
ただ、遠藤周作を生涯悩ませ、何とか理解しようと努めた「キリスト教」との出会いは、こんな感じだったのだと知ることが出来ました。
ずっと幼児洗礼だと勘違いしていた。
劇的でも何でもなく、真冬の寒さと厳しさがひしひしと伝わってくるような描写。
つらい。
面白くも何ともない退屈な時間を、ただ母のために、まるで理解しているかのように、いい子に振舞う子供心。
つらい。
でも、自分の心をずっと偽っているので、後ろめたい、それでも自分は正しいんだという幾重にも覆い隠す気持ち。
つらい。
それはそっくり私と重なります。
そしてそのうち、その苦痛な時間と分からない教えが毒素が回るように自分の中に取り込まれていき、アイデンティティも侵されていく。
ヴァイオリニストであるお母様、激烈でした。
・異性である
・自分が、胸を張った生き方が出来ていない頃に亡くなった
この2点が、母を永遠の女神化としてしまったんだなと思いました。
それに加えて、生まれてからずっと、必要としていた愛情が与えられなかったのだとも思った。
もちろん、子(遠藤周作)に対する愛情はあったのでしょうが、それは優しく包み込むような、ゆったりと安心できる愛情ではなかった。
(だからこそ、お母様と全く違う、普通に愛情深い女性と結婚されたのだと思う)
母に自分よりも、もっと大事なものがあると分かっている子供は、母の関心を自分に向けるためにものすごく観察しますし、絶対的に母の味方になりますし、母の心を占めるもの(芸術や神や諸々…)に憧憬を抱くものです。
もし仮に、遠藤周作が女性で、つまり娘の立場で、更にお母様がピンピンしていらしたら、恐らく自分の子供を妊娠したか生んで子育てしている段階で母の異常さに気づき、こじれて断絶していた可能性が高いと思いました。
自分に自信があり、自己評価が高いせいで他人に容赦がない人は、人間関係がうまくいかない理由を自分が強烈だからだという事は夢にも思わないため、悩み苦しむのです。
そういった性格の人に、キリスト教は危険だと私は思います。
なぜなら、キリスト教のGODは唯一の絶対神であり、とても厳しく、容赦がありません。
白黒をはっきり付けるため、そういった性格の人とうまくはまってしまうと、それはもうのめりこむのです。
そして、熱心に他人を巻き込む。
強烈な人は、一部の人にとっては華やかな魅力にも溢れているため、伝導すると割とこっち側に何人も引き込むことが出来るのです。
とめどなくなりそうなので、これ以上はやめておこう。
お母様に多大な影響を与えた、元祭司の話も苦しかった。
周りに気づかれないように、素早く十字を切る様。
その、気持ちや、至った経緯を考えると…
そして、それを息を潜ませ盗み見る自分。
遠藤周作の、どろどろした深い苦しみが淡々とつづられた短編集でした。
私小説と言って良いと思います。
だからこそ、発表しなかったのではないか。
とても薄い本なのに、頑張って頑張って、1か月以上もかけてようやく読み終わりました。
読まずに死んだら後悔しただろうし、そういう意味では読んで良かったですが、もし、発表しないという意志があって世に出なかったものであるならば、暴かれ、それを読んでしまった罪悪感のようなものも感じました。
読後は繰り返しますが、つらく、なんだか共犯者になったような心持でした。
私は紙の書籍を買いましたが、Kindle版だとキャンペーンで安くなっています。
どれだけ苦しい本か…
是非読んでみてください📚